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死神少女  作者: 平乃ひら
Neun
147/163

147.ハンス1

 カラン、と音が鳴り、客が入ってきたことを知る。

 朝食を食べ終わってから三時間は経過しただろうか、昼に近くなっているというのに霧が一向に晴れる様子もなく「商売上がったりだ」と愚痴を繰り返しながらカウンター席に腰を下ろした。


「おや、もう飲むのかい?」


 マスターが汚れのないタオルで水滴を吸い取ったグラスを置きながらそう問いを投げると、今し方入ってきた男は大げさに溜息を吐いた。


「どう仕事しろって? こんなんじゃやってけねぇよ。今日は駄目だこりゃ」

「昨日から霧が晴れないからねぇ。ほら、今日はいつもより客が少ない。ランチともなれば人がごった返すというのに」

「みんな家に引き籠もってやがるんだよ。あーぁ、雨でもないのになんで外に出られないかね。霧は夜だけって相場が決まってるだろう」

「異常気象というべきかもね」


 注文は? と訊くと男は「今日の日替わりとビールをくれ」と返事をする。


「異常気象ねぇ……、マスター、あんただって知ってんだろ? ここ最近人が死にすぎてるってよ」

「新聞にあったねぇ。昨日百人以上死んだって」

「それでビビっちまってるのさ、この霧にな」


 まずは差し出された水を一気に飲み干す。


「ランチタイムの時に飲む水ってのは、どうしてこうも美味いかね」

「働いてると存外水分を失っているもんだよ。さて、それじゃその言いぐさだと霧が人を殺してるってことになるがね」

「そう思ってる連中がいてもしょうがねぇってことだ。阿呆らしいだろうけどよ、霧の発生と人死にのタイミングがドンピシャなんだからよ」

「事実はさておき、説得力としてはそれなりのものを有しているということかね。ふむ、ならば客足が少ないのも納得できるわざわざ店を二階に作っているっていうのに、ほら、霧がこうして足下にまで来ているのだから」

「そうだよ、濃すぎるんだよこの霧は」


 注文の品であるビールがジョッキで目の前にドンと置かれる。男は豪快に掴んでそれを一気に半分ほど喉の奥へと流し込んだ。


「くぅ、美味い! いやー、昼から飲むビールはいいねぇ。今日は仕事を切り上げて正解だ!」


 やれやれと軽く笑いながら、マスターはランチを作り始める。ランチタイムに用意してあるメニューは比較的手軽に作れるものばかりだ。


「まったく、神様にでもお祈りするかね。霧を払ってくれってよ」


 男は冗談でそう言ったつもりだった。

 ――だが。


「む、無理だ……!」


 店の隅のテーブル席に座っている青年が一人、ぽつりと、しかし二人にまで届くようにそう言ってくる。


「神様は誰も救ってくれないんだ……俺達は霧で殺されるんだよ!」

「あん? おいあんちゃん、何言って――」

「どうすればいい!」

「おっと」


 青年が急に立ち上がるものだから男の続けようとした言葉が中断されてしまう。


「俺達も霧に殺されるんだよ! 殺されてしまうんだ!」

「何を言ってんだ、お前は」

「あんたがそう言ったんだろう……霧に殺されるって! だから百人も、二百人以上も死ぬんだ! 終わりだよ……この街は、もう終わりだ……」


 どういう経緯かは男とマスターには察せなかったが、今この街は確かに異常事態が起こりつつある。そう思い込む人間が現れたところで別段不思議ではない。


「なぁあんた」


 男は青年のところまで歩み寄って、その肩を叩く。


「落ち着けよ、何も俺らが死ぬって決まったわけじゃないだろう。突然の異常気象に身体がついてこれずにポックリ逝っちまったのもいるだろうが、若い俺達は大丈夫だ。気にすることじゃねぇよ」

「――俺の妻が死んだ」

「え?」

「病気でも何でもなかった。突然死んだんだ。部屋は窓が開いていた。彼女は起きたらまず十字架を手に持って祈りを捧げる。妻は、祈りを捧げた姿のまま――」


 青年の血走った目が男に向けられる。


「――死んでいたんだ」

「……!」


 言葉を失った男はその肩から手を離してしまう。


「みんな死ぬ……妻だけじゃないんだ。死ぬんだよ! そうだよ、アイツだってみんな死ぬっていってた。死ぬから、死ぬ前に、死なせようとしてる奴が街にいるんだって。霧に毒を混ぜてるんだって。何気なく街にいるから、そいつを見つけろって」

「はぁ? 一体何を」

「そいつは!」


 青年は叫んだ後、それを男へと突き付ける。

 黒い鉄の塊。火薬によって殺意の弾を撃ち出す凶器を。店に残っていた数名の客が悲鳴を上げて逃げだそうとするものの、すかさず天井を撃って青年はその足を釘付けにする。


「誰かが霧の中に毒を混ぜて! 殺そうとして! 妻は殺されたんだって! そいつはどこに毒を混ぜたか知ってるから人がいそうな場所にくればいるって!」

「ま、待て、落ち着け!」


 男は後ずさりしながらも青年を落ち着かせようと両手を前に出すのだが、効果は無い。むしろ青年は勝手にエスカレートしていくばかりだ。


「だからこの店にいる人間は……!」


 ギリ、と指に力が込められる。


「やめろ……!」

「や、やめるんだ! その銃を降ろすんだ!」


 マスターも叫ぶものの。


「降ろすものか! お前達の誰かなんだろう、誰かが俺の妻を殺したんだろう! あいつは妊娠していたんだ……子供がいたんだ! だが死んだ! 死んだんだ!」


 銃が男の眉間に突き付けられる。異常な霧の発生する異常気象の中、特に異常な状況と化している店の中、出入り口に近いところで女性が逃げだそうと動く。


「お前が殺したのかァ!」


 その女性に向け、引き金が引かれた。

 タァンという音は重くもあり、軽くもある。そんな単純な音が通り過ぎた後、女性の身体の中心から赤い液体が滲み出し――目を大きく開いたまま、彼女は床を転がった。


「うあああああぁぁああ!」


 一人殺したことによって箍が外れたのか、銃口を眼前の男へと向けて。


「や、やめろぉ!」


 銃弾が男の頭を撃ち貫いた。

 何重もの悲鳴が響き渡る。

 後は、惨劇が待つだけだった。


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