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死神少女  作者: 平乃ひら
Neun
145/163

145.テース7

「私は人間になりたいのです」




 そしてその望みは、少女からしたら本当に当たり前の、しかし当たり前というにはどうしようもない願いであり。

 それ以外の者にとっては到底理解し難いものだった。

 ただ、人間になりたい。

 それを彼女は望んでいたというのだろうか。


「叶わないことなど承知しています。こうしてここへ呼び出されたこと自体、そもそも私が人間ではないことを示していて、そして私は望んだ者の魂を狩るのでしょう」


 彼女の手にはまだ何も握られていない。

 本来ならば右手にはその体躯に似付かわしくない、死神の証明である巨大な鎌が存在する。


「深い深い森の奥でじっとしていれば良かった私が――もう帰る処も無い、命を吸い取るだけの私が、人間になりたい?」


 自嘲でもしたのだろうか、しかし死神の表情は無のまま変わらずに視線だけを彷徨わせている。


「――それでも私に死神として魂を狩らせてほしいと願うのですか?」

「……」


 一様にして全員が黙りこくってしまった。死神はそんな彼らを見回した後、ペシェルに人質として抱えられている少女へ向けて、こう言った。


「メイさんと言いましたか。貴女は私に死を望みますか? それとも別のことを望みますか?」


 薬によって意識のないメイへの問いに意味など無い、懐かしい面影のある死神の行為に疑問を抱いたスティーブだったが……。


「……そん、な……」


 メイが、言葉を発した。

 意識もないというのに、間違い無く死神の言葉に反応したのだ。


「さぁ、応えてください。貴女は死を望みますか?」

「死……」


 その場にいる者達が理解したことといえば、それが――彼女の返答次第でその場にいる者達の運命が決するということだ。もしメイが死神の圧力に負けて死を望めば、死神は躊躇いもなく魂を狩るだろう。


「……望みません」


 しかし、メイは否定した。


「悪魔に魂を……あげません……」


 死神という存在そのものを否定した。


「先生の本にありました……先生は、悪魔を生み出したのだと。神様は命を狩らないと思います……命を狩ることで存在を証明するなら……貴女は、悪魔です」

「なら、死神はいないと?」

「死神なんて……いません。いないんです」

「……ああ、そう、そうですね」


 ここまではっきりと否定され、ようやく少女は人間らしい表情を見せる。――悲しいのか嬉しいのか判別不可能な笑みを。


「だからここには死神なんて」

「メイ!」


 全員が場に呑まれていたのだが、たった一人だけ声を張り上げて名を叫ぶ。


「もういい! ……喋るな、喋るんじゃない。私はここにいる、お前はもう私の本に誑かされることなんかない。考えなくても良い。それ以上喋らなくても良い。もう、もう黙っていてくれ……!」


 動けなくなっているペシェルを片手でどかし、呆然と見上げる少女をアウグストは優しく抱き締めた。


「……もういいだろう、死神。これ以上私を責めるつもりなのか。いや、確かにその権利はあるだろう。お前は全ての人間を恨む権利が存在する。だが、しかし!」

「恨んでなどいません。私は誰も恨みません。望みがあるだけなのに、どうして人を恨まなければならないのでしょう。私がこうしてココにいるのは偶然ではありません。いえ、私は決して偶然のままに存在するのではなく、必然の上で成り立っています。その子が私をそう呼んだのも、また必然です」

「……やめろ、お前ももういいんだ。もうこれ以上苦しむ必要が無いんだ」

「――それは、貴方が言える台詞でしょうか」

「……そ、れは……ッ!」


 死神がこうも悠長に語らうにもまた必然たる理由があるのだろうが、それをどうして人が問えるだろう。スティーブもホマーシュも先ほどから一歩も動けていないのだ。

 この場で動けたのは死神から質問をされたメイと。


 ――アウグストだけだ。


「貴方は自らの子供ですら実験に捧げました。いえ、貴方の立場ならそうせざるを得なかったのかもしれませんが、本当にそうでしょうか」

「……やめろ」

「伴侶を被験者として利用したのは同意の上でしょうが、本当に同意してまでそれをする価値があったのでしょうか。そしてその子供は同意すら無く利用し、その人生を閉ざしました。果たしてあの実験にはその価値があったのでしょうか」

「やめろ……やめてくれ……」

「実験というのは何でしょう。生み出される子供は無限にいると錯覚し、しかし死に逝く子らを前にして酒に溺れては実験を繰り返した日々は、結果として何をもたらしましたか?」

「……あっ……あ……!」


 手足が震え出す。その震えは懐かしく、そしておぞましいものだった。


「酒による禁断症状は身体の自由を奪っていきましたが、しかし思考と感情が回るのを誤魔化してはくれませんでした」


 その内面すら見抜き、彼女は淡々と語る。


「貴方の子供は何を考えていたか知っていますか? 貴方を観ていた子供達の目は何を訴えていましたか? それらの視線に脅えて呑むワインの味はどうでしたか?」

「……!」

「そして今また、止めたはずのそれを呑んでいましたね」


 死神の蒼い瞳が赤い液体へと向けられた。


「――子供には何も残りませんでした」

「やめろ……やめるんだ!」


 とうとう我慢が出来ず、アウグストははち切れんばかりにその名を叫ぶ。


「テース!」


 叫び終わった後、一瞬の静寂が場を包む。

 穏やかな空気が流れたかと勘違いもすぐに終わり、地の底より這いずり昇ってくるのは怒りとも悲しみとも違う、しかし圧倒的な負の感情だった。それらが関係ないはずのスティーブやホマーシュの足に絡み付く。闇が喉元を食い破ろうとしたところで彼らは全く動けず、一切の抵抗が許されなかった。


「はい」


 そして死神はそう返事をする。


「はい、テースはここにいます。お父さん」


 そして。

 アウグストはとうとう耐えきれなくなった。






 長い絶叫が神教官府に鳴り響く。


次回は5/3 20:00に更新予定です!

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