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死神少女  作者: 平乃ひら
Neun
143/163

143.テース5

 暗い部屋の中には蝋燭が一つ灯っている。

 その揺らめく様をじっと眺めながら、老人のような見た目の男は黙り込む。


「さて」


 その火を挟んだ向こう側には小柄な男がニタニタと笑みを浮かべて椅子に座り、テーブルの上にグラスを置く。その中にはまだ僅かばかり赤ワインの名残が残っていた。


「お久しぶりです、先生」

「……」


 そう呼ばれ、アウグストはその小柄な男――右腕ことペシェルを睨む。


「お前は私の生徒ではない。二度とそう呼ぶな」

「では偉大なる成功者、アウグスト・メルゲンブルグ博士。貴方の偉大なる成功には尊敬をしますよ」

「……何が言いたい」

「この町を使った実験は、これで終了でしょう? ああ、彼にもワインを注いで差し上げろ。もちろん僕にもだ。貴方の実験によって僕に下された命令のほとんどは達成可能だという結論が出た。そう、人の手による最高の人間を生み出すというね」


 差し出されたワイングラスに目を向けることなく、しかし組んだ手に力を込めつつアウグストは口を開く。


「緊張が高まっている周辺国との戦争に備え、軍備増強の一環として盛り込まれた計画の一つ、それが突き詰めた人材教育か。そんな廃れた計画など捨て去ればいいだろうに」

「廃れた? 何を言っているのかわかりませんねぇ。むしろ貴方はとんでもない化け物を生み出したじゃないか。まさにこの世の人間を全て殺してしまいかねないような、そんな神様を」

「だからあの子を手に入れようとしているのか?」

「神様とて人間が生み出したものならば、人間が制御できると考えられる。その為には施設の生き残りであるアインズ、ツヴァイ、ゼクスが必要となる。特にゼクスがね。彼を手元に置けばズィペンこと死神少女を我々が手にすることも可能。そして施設の子供四人をさらに研究すればそれ以上の人材も――」

「無駄だ」


 沈んだ双眸でペシェルを睨みながら、彼はそう告げる。


「この私が何故研究を離れ、いや、辞めた理由まで調べなかったのか?」

「罪悪感からでしょう。神を造り出す大胆な理論を打ち立て研究し成果を上げた者にしては随分と小心者だった。いや、だからこそ成功したのかもしれない。そう、戦争で生き残るのは勇猛果敢な猛者ではない、常に臆病者であるように」

「そうだ、その通りだ。臆病者だからこそ二度と関わらないようにした。だから名前のみココへ残し、私はベルンホルト・ベックとなった。『その理由をお前は調べなかったのか』と訊いている」

「く――ははは、なるほどね。しかしそれを調べる意味がない。やることは同じですからねぇ。さて、それではアウグスト博士にはその膨大な知識を我々に貸していただきましょうか」

「断ろう」


 簡単に断言したアウグストに、ペシェルは笑い声を止める。


「下劣な計画にはもう関われん。私は二度と『悪魔』を生み出さんと決めたのだ」


 その途端、アウグストの顔面に水が勢いよく掛けられた。口から滲む僅かに痺れる味をペッと吐き出して、それでも怯まずに「断る」と二度言う。


「代わりを」


 空になったグラスを下げるように告げ、ペシェルは酷く冷淡な表情で両手の指を絡める。


「言い方が悪かった。協力ではない。これは命令だ」

「断る」

「その選択肢は無い。断れば君の大事な教え子達が死ぬだけだ」


 もはや遠回しに言うことすらない。

 そこにペシェルの焦りが見え隠れしているのだが、アウグストは敢えて気付かぬ振りをしているのか、あるいはそれすら些末なことだと捨て置いているのか、ペシェルにおいて今の彼の弱点を突いたつもりであろうとも全く動揺している様子は無かった。


「そう、さっきやっと気付いたんだが――今、昼なのに霧が出ているだろう」

「あ?」

「あの霧による死者は二百名を超えた。今日中に四百名を超えるだろう。――この数字の意味が分からんとは言わさん。ケープ市というかつて神を降臨したこの地は、その清浄さと神聖さによりとうとう人の住める地ではなくなったのだよ。特に神を信じる者達にとってそれは確実に致死量へと達する毒薬だ。今生き残っているのは信心深くない者達だが、しかしそれも時間の問題だ。ここに居る以上やがては死ぬ」

「……」

「私の教え子も、もう助からん。覚悟は決めている」

「だが! 霧はこの棟高くにまでは届かない!」


 現在、霧は一般的な家屋の二階程度にまでしか達していない。それよりも遙かに高い建造物であるここならば安全だと宣言する。


「アウグスト、協力するならば君の教え子をここに連れてこようではないか。そうすれば助かるだろう」

「……そうか」


 そして何かを諦めたかのように大きく溜息を吐いたアウグストは、手元のワインを一気に飲み干した。


「美味いな。上等なワインだ。酒そのものを飲んだのが久しぶりだよ」

「……」

「逃がすと思うのか、本当に」

「……何を」

「我々を、今のあの子が、逃がすと思うのか?」


 その時、強くドアを叩く音がする。


「なんだ?」

「見つかりました、スティーブです!」

「なに?」


 ペシェルの腰が浮く。アウグストをこうやって確保し、そしてアインズ――スティーブが見つかったというのは実に幸運だ。


「そしてホマーシュも! 二人でこの棟の下にいます!」

「なんだって?」


 ペシェルは思わず席を立ち上がった。

 あのスティーブとホマーシュが一緒に居る、というのは驚くべき報告だ。スティーブはともかくホマーシュが誰かと手を組むなどそうそうあり得ない。

 そしてそれは、ペシェルに強い緊張感を抱かせる。


「念のために武装をしておけ。それと下手に手を出すな。必ず三人以上、いや、四人以上で奴らを出迎えろ。あとこの部屋には六人以上の護衛をつけろ。あとは……そう、まずは受付で用件を聞け。話はそれからです」


 そう言い放ち、再び席へと着く。


「終わったな」

「彼らの自由がですね」

「いや――我々がだ。ここが死に場所となるか」

「確かに彼ら個人が有す能力は優秀だ。でもですね、それは時と場合に寄るのです。彼らの能力は然るべきところで使用してこそ本領が発揮される。ましてや彼らにとって敵地であるここに踏み込んだ時点で」

「欠陥だがな。最終的に正しい答えを導き出せぬ探偵と、最終的に計算が狂う計算機。彼らはそう調整されている」

「……それは初耳ですが」

「彼らは欠陥が存在する。故に、彼らは人間だ」


 そしてアウグストは最期の酒だとばかりに、ワインのおかわりを要求した。


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