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死神少女  作者: 平乃ひら
Neun
142/163

142.テース4

 店にアウグストは居なかった。

 事前に落ち合うと決めていた幾つもの店を回ったものの、スティーブはアウグストを見つけることが出来なかった。

 聞き回りたいところではあったが、そもそもケープ市は現在昼間から濃い霧に覆われ、ろくに人の姿を見かけない。最後の店にも居ないことを確認したスティーブは舌打ちをしてそこを出て、少しだけどうするか迷った後にアウグストの家へと向かう。もしや戻ったのかもしれないという僅かな希望にかけなければ心当たりが無くなってしまうからだ。


「勝手に動き回りやがって」


 急ぎ足でアウグストの家に向かう。郊外にあるせいで普通に歩いていけばそれなりの時間を食うために、とにかく走るようにして向かっていった。

 家にまで着くと、それなりに体力に自信があるスティーブでも肩で息を切っていた。袖で汗を拭いながら家の扉を強く叩く。

 何も反応はない。


「……ここにもいないのか?」


 扉をさらに強く叩いても現れる様子は無かった。

 その時、森の方からガサリという音が聞こえて身体が強張る。慌てて身を低くして音のした方を睨み、その音が獣か――人間かを見定める。獣も場合によっては命の危険もあるが、真に恐ろしいのは人間だ。知恵を持つ動物こそがこの世で一番恐ろしく、一番凶悪だというのをスティーブはよく知っていた。

 だからこそ見極める。相手は何なのか。


「――あ」


 そして、その声と共に現れたのは人間だった。

 大人にしては軽い足音にその正体が何かを知ったが、その姿を見てやっと警戒心を解く。


「君達は……アウグストの教え子か」


 三人の少年少女がそこに並んでいた。年齢にして十に達していない様だが、よくこんな郊外にまで来られたものだと少しだけ感心し、そして子供には危険な距離だと思い直す。しかしアウグストは様々な事情によってまともな教育を受けられない子供相手に確かにここで自分なりの教室を開いていたのだ。


「いないの……」


 その内の少女がポツリと呟く。


「いないの、いなくなったの!」

「それは君達の先生のことか?」

「ううん! ベルンホルト先生じゃないよ!」


 てっきりアウグストのことかと思ったのだが、少女と少年達は否定する。


「メイがいないんだよ!」

「メイ?」


 異国の名前のように思えたが、よく観察すれば目の前の少年少女もそれぞれ出身国が違うようだ。そこまで思い至ってメイが誰なのかをはっとして気付いた。アウグストとここで会話をしている時に見かけたことのあるあの黒髪の少女のことだろう。


「……まさか」


 スティーブは子供達に背を向けて扉の取っ手に手を掛けて戸を開く。何の抵抗もなく開く戸と、鍵が掛かっていない事実がスティーブの悪い方向に向かっている推理をより堅実なものへとさせた。

「お前達はここで待っていろ。物音がしたら逃げるんだ。いや、すぐにここから帰れ。今日はアウ――ベルンホルト先生は居ない」

 そう言い捨てて中へと踏み込み、書斎へと向かう。

 以前来たときと特に差異は無い。――一冊の本が落ちていた以外は。ついその本をかがんで拾ったところ、机の下に靴が落ちているのに気付く。あまり大きくない、少なくとも大人の靴ではないだろう。かといって外の子供達が履く靴よりも少し大きめだ。


(メイという少女のものか?)


 だとしたら辻褄は合いそうだった。もちろん良くない方向という意味でだ。靴を拾い上げたものの、持ち主がいなければ持っていてもさほど意味はないだろう。とりあえず靴はその場に置いて本に目を落とす。著者はベルンホルト・ベックとあるから、アウグスト本人が書いた本であるのは間違いなく、何を思ってこの部屋でこの本だけが落ちていたのかが気になったのだ。そして片方だけの靴というのも奇妙な話だ。普通は両方履く物だが、それが片方だけとなれば、彼女にとって不慮の事故に遭った、とでもいうべきだろう。

 メイの行方は気になるものの肝心のアウグストがいない。ここまで行方不明だとさすがのスティーブも足を止めざるを得なかった。


(いや……多分奴のところだ。右腕が何かしたな)


 メイは攫われた可能性が高いと判断する。メイ自身に用はなくとも彼女の先生であるアウグストにとってはそうもいかない。つまり彼を揺さぶる、あるいは炙り出す餌として利用するつもりなのだろう。


「どうする……?」


 ここで下手に踏み込めば自分も捕まる。かといって何も関係のない少女が巻き込まれたこの事態を放置しておいていいのか、と彼の刑事としての正義感が判断を惑わせていた。理屈と心がどうしても一致しない。どちらかの方向へ傾けば何かしらの手を打つ【答え】が浮かぶだろうが、そもそも進む方向を間違えてしまえば意味が無いのだ。


「……どうすればいい?」


 迷いながら、彼はページをめくる。

 そこに書かれている内容にヒントがあるとも思えなかったがとにかく冷静になろうとした結果がそれだった。


「……なんだ、この本は」


 そして本の内容に驚愕する。


「悪魔を作る……だと? 待て、作るとはどういう意味だ。アウグストが『悪魔を作る』だと?」


 スティーブの中においてそれは矛盾となった。――彼が、アウグストが生み出したのは【神】であり【悪魔】ではない。しかし本に記載されている内容は悪魔こそ人間が作り出す奇跡だという。そう、神と悪魔は相反するのだ。


「どういうことだ……?」


 では、アウグストとは何を生み出したというのか。

 彼は【神】ではなく、一体【何】を作り出し、そして後悔しているというのだろうか。

 もしここに書かれているとおりに悪魔を生み出したというのなら、アウグストが話した一連の事件に度々出てくる【神様】とは一体何になるというのか。


「奴にまた訊くことが出来たか」


 スティーブはまず一つ目の回答を得る。

 メイが捕まっているというのなら、アウグストは決して右腕に逆らうことはないだろう。そして捕まり、奴の言いなりとなってしまう。それは非常に困る事態だった。奴に一度でも捕まれば二度とアウグストと話すことは疎か、その姿も消え去ってしまうだろう。

 ならばやることは一つだ。


「久しぶりだな、熱血刑事らしいことをするなんて」


 ここ最近は逃亡ばかりしていたが、本来彼は逃亡する犯罪者を捕まえる立場にあった。そして罪状こそ確立していない(しかし疑いは星の数ほどもある)ものの犯罪者として扱われてもおかしくない右腕を追い詰めることこそ、スティーブが本領発揮できる状況だともいえる。

 外に出たスティーブはまだそこに三人の子供達が並んで待っていることに気付き、溜息を吐いた。


「何をしているんだ、帰れといっただろう」

「だって……」


 少年が一人、泣きそうな顔で見上げてくる。


「先生は言ったんだ! いつでもこいって! いつでもいるって! それにメイだって!」

「観たのか?」


 それだけを問いかけると、今度は別の子供が頷く。


「こいつだけ、何か見たみたいで」

「大きな男がメイを連れてったんだ!」


 やはり、と呟こうとしたのを飲み込む。


「どういう奴だった? 特徴を教えてくれ、頼む」

「え、えっと、慎重は高くて身体が大きくて、それに――」


 特徴を聞き、スティーブはしっかりと頭に刻み込む。


「わかった。じゃあ君達は今度こそ家に帰れ。いいな」

「でも……」

「任せろ」


 心配そうな三人の子供に、スティーブは力強く応える。


「俺に任せろ。メイも先生も俺が助ける。君達は安心して待っているだけでいい」


 そこには一切の疑問を挟ませない強い瞳があり、子供達は自然と頷いていた。


「約束だ。そう、刑事が約束を破るわけにもいかないからな。必ず無事に送り届けることを誓おう」


 その誓いの言葉にはどことなく懐かしさがあった。


(……そうか、そうだったな)


 かつての彼もそうやって自分達より年下の――弟妹と同じような彼らに力強く語っていたものだった。年長者だからという気持ちもあったが、何より不安そうな彼らを前に何もしないなんてことが出来なかったのだ。

 それが彼の強さであり、優しさだ。

 スティーブは今度こそ答えを間違えないように決心を固め、子供達の頭を撫でてからその家を後にした。


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