137.地獄の始まり3
……目を覚ます。
「ここは?」
起き上がって、自分に巻かれている包帯を不思議に思う。なんでだろうかと手を動かそうとしたら、全身が強烈に痛んだ。
「う、ぐっ……!」
身体は鍛えていたつもりだったが、それでもどうしてこれだけの傷を負ったのだろう。まるで誰かに傷付けられたかのような、そんな痛みだ。
(いやまさか、僕にこんな怪我を負わす奴なんて……)
このケープ市で自分を知らぬ人間はおよそいやしないだろう。決して驕りではなく、そういう自負があった。それだけ彼は有名人なのだ。自分を襲ったとしたのなら、決して自分の家が黙ってはいないだろう。
それでもこの全身の傷は転んだなどという生やさしいものではない。階段から転げ落ちてもこういう怪我にはならないだろう。
「起きましたか。オットーさん」
覚えの無い声がして、顔を上げる。
「丸一日寝ていましたよ。気分はどうですか?」
「え、も、もしかして……セーラ様ですか!」
自分以上の有名人が目の前にいたことを驚き、彼は寝転がっているという失礼な態度を改めるべくせめて身体を起こそうとした。
「いつっ、つぅ……!」
「無茶はいけません。相当な怪我です。下手をすれば死んでいました」
「……死んで? そ、そうか……」
どうして死にそうな怪我を負ったのだろうか。
「分からない――覚えてない。どうしてだ」
「何も覚えてないのでしょうか。それは思い出したくない、ということですから、そのまま忘れているのもいいかもしれません」
「け、けど、セーラ様……」
「ふふ、今はただの孤児院でお母さん役をやってるただのお婆ちゃんですよ。様なんて要りません」
「そ、そういうわけには!」
噂通りの聖人だった。彼女ほど信心深い人間もおらず、彼女ほどこの教会だった孤児院を大切に想う人はいないのだろうと、彼は勝手に納得した。
――どうして思い出さないのだろう。
そもそも、どうしてこんな怪我を負ったのだろう。
「自分から喧嘩なんてしないし……なんで、こんな」
……自分だけの為に行動しないというのなら、誰かの為に行動を起こしたということになる。
「誰か……」
セーラを見て、それから自分の手を見る。何か大切なことを忘れている。大切な――聖人の姿が目の前に、聖人がいて、そして――
――聖女。
「……アンジェラ!」
思い出した。好きだった少女の事を。自分がその少女を助ける為に何をしたのかも。そうして怪我を負った理由も。
助けようとしたのに、結局助けられなかった結末も。
そう、アンジェラは『殺された』のだ。
「あの時の……あの時の、黒い影に……!」
突如として現れた存在の鎌が、アンジェラの胸に突き刺さった。その殺意は本物で、あのハンスですら何かを叫ぶだけしか出来なかったのだ。
「……あいつが、アンジェラを殺したッ……!」
どす黒い感情が胸の奥で沸騰する。今まで感じたことのない、凄まじい衝動だった。
3年も放置したままですみませんでした……!
なろう向けに新しい小説も書きつつ、それと併せてこちらの更新も復活します!
よろしくお願いします!