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死神少女  作者: 平乃ひら
Acht
134/163

134.疑いの始まり4

 とにかく行政官府から離れて裏通りへと隠れる。

 本来なら足を踏み入れるべきではない場所だったが、とにかく一刻でも人の波から離れて一息吐きたいという気持ちからここまで来てしまったのだ。

 裏通りには独特の冷たい空気が漂っている。今は走って火照った身体を冷やすにはちょうどいいのかもしれない。


「ひぃ、はぁ……う、運動不足が祟った……はぁ……」


 大きく息を吸っているフォルカーはいいとして、ハンスも額の汗を拭った。アンナはぺたんと地面に座り込んでフォルカーと同じく息を整えている。


「はぁ……」


 さすがのテースも少々服が乱れたのか、手で軽く直しているようだった。心なしか顔にも疲れの色が滲んでいる。


「テース、寝てないんじゃないか?」

「面白いことを言いますね、ハンスさん」


 にこりとテースが笑う。


「私は、二度と寝ないのですよ」


 昼は人間、夜は死神。

 だからこそ寝ない。

 そんなことがあり得るのかという常識を当てはめてはならなかった。今まで死神を否定しようとしてきたハンスだが、やはり認めるしかないのだ。認めた上で、彼女を救う方法を導き出すのだ。


「これからどうするんだい?」


 フォルカーの質問にハンスは俯く。

 知りたかったことは知ってしまったのだ。というよりも、ハンスはこれ以上の事実を知りたいと思わなかった。テースの抱えている大きさの一部でも味わったのなら十分だった。


「これから……」


 だからこそ行き先を失ってしまった。

 テースを二度と死神として魂を狩らせない為に一番いいのは――


「……いっそ、この街を出てくか?」


 このケープ市は色々とありすぎた。

 テースの為にもここから離れて一度記憶と気持ちを切り替えた方が良いのだろう。それだけで彼女が背負った地獄を軽減出来るのか、夜の闇に呑まれた漆黒の姿に二度とさせないことが出来るだろうか。


「それもいいですね。ハンスさんとなら、きっとどこに行っても楽しいんでしょう」

「……テース」

「でも、私の肉体と精神はこの土地に縛られています。いえ、例えここを出て行ったとしてもその地で同じ願いがあれば、私は同じ事をしてしまうでしょう」

「だったら、また旅をすればいい。落ち着ける場所なんてないかもしれないが、それだったらずっと旅をしよう。大丈夫だ、俺はそういうのに慣れてるから、任せてくれればいい!」

「弟さんと妹さんを捨ててでも?」

「……それは」

「ケープを捨てるとは、思い出を捨てるとは、そういうことです。ハンスさんは弟妹を預けただけで、決して捨て切れていません。私は弟妹から兄を、家族を引き裂くなんてこと、したくないのです」

「……じゃあ、この町で暮らしていけっていうのか」

「……」


 テースは応えない、ただ薄く笑みを浮かべるだけだった。


「行きましょう、ハンスさん。せめて孤児院に戻って弟妹に顔を見せて上げてください」

「……ああ、そうだな」


 そう言うテースにハンスは笑みを返そうとして、しかし笑顔を作れなかった。

 何故かそうしたくないと、心が笑顔を作ることを拒否した。顔の筋肉が引き攣り、もしかしたら一見笑顔になったかもしれないが、その程度ではテースに見抜かれる。

 テースはすぐに先を歩いていた。そんな彼女に追いつこうとして、足が止まる。


(なんだ?)


 何故拒否をしたのか。

 テースに笑顔を向けることをどうして拒否したのか。


 ――結局のところアンジェラを殺したのは誰だ!


 ドクン、と大きく心臓が跳ねた。


(……やめろ。考えるな)


 あの時残したホマーシュの言葉は、確実にハンスの心へ突き刺さっていた。ホマーシュはあの時にハンスの深層心理を突く言葉を的確に言い放っていた。

 アンジェラを追い込んだのは間違いなくホマーシュだ。あるいは自分に恋心を抱いていると知りながら突き放したハンス自身も関与しているだろう。それが彼女の心を苦しめ、結局最期には死を望んだ。

 だが、死を望んだだけで、彼女は『自殺をした』のではない。窓から飛び降りたのでも刃を喉に突き刺したのでもなく、最終的に彼女へ死をもたらした最大の原因が存在するではないか。


(考えるな! 考えるんじゃない! ハンス・ハルトヴィッツ!)


 ――お願いします、神様。私を楽にしてください。


 アンジェラの魂を奪ったのは、誰だ。

 彼女の魂を狩り取ったのは何だ。

 あの巨大な鎌ではないか。持ち主の身体には似合わぬ巨大な鎌が、アンジェラの魂に突き刺さったのだ。

 ではその鎌の持ち主は誰だ。


(やめろ、やめろ! やめろ!)


 ――それは死神ではないか。


 冷や汗が頬を伝う。


「……結局、アンジェラを殺したのは……」


 ハンスの両手が震える。


(テース……に、なる?)


 前を往く少女がアンジェラを殺したことになる。

 守ろうとした少女が、自分の友達を殺した存在だ。

 ――そんなことは分かっていた筈だ。

 何故今更になってそんなことを冷静に考える。どうしてテースがアンジェラの命を奪ったことに、今更こうしてショックを受けている。


「……テース……」

「はい、何ですか?」


 振り返った金髪の少女に、ハンスは無理矢理にでも笑顔を浮かべた。


「い、いや、何でもないんだ」


 動揺している、と自覚する。

 ホマーシュの一言はハンスが真正面から受け入れようとしていなかった事実を、強制的に振り向かせる力があったのだ。

 目を逸らして別の事実に押しつけようとして、あるいは隠そうとして、テースは悪くないと思い込もうとした。

 テースが行政官府に隠された地下の部屋で百人余りの人間を殺してしまったとしても、その責任はテースにないと思い込んでいた。――テースが散々自分に責任があるという言葉すら、ハンスは受け入れていなかったのだ。


(テースの……抱えている……もの……)


 アンジェラの魂を狩ったテースが、あの時叫んでいた言葉すら受け入れられていなかったのではないか。


(俺は……テースは……アンジェラを……殺して……それで……それで!)


 では、自分はどうすればいい。

 アンジェラを殺したテースを恨むのか。または復讐するのか。それとも人間らしく罪を償わせるのか。罪を償うとは、具体的にどうやって? 警察に出頭する?


(自分の……考えが分からない……)


 本当にテースの前に居て良いのか?


「どうしました? 顔色が悪いようですが……」


 そっとテースの手が近付いてくる。


「……何でもないよ」


 そう言うのだけが精一杯だった。

 隠しているつもりだが、もしかしたらテースには知られてしまったかもしれない。彼女の洞察力は本当に些細なことから真実を見抜く。その能力があったからこそ、彼女は死神という最悪の運命を迎えてしまったのだから。


「……すみません、ハンスさん。孤児院には行けないかもしれません」


 だから、その一言は自分の心に気付かれてしまったと思い、ハンスは僅かに震えた。


「フォルカーさん、そしてアンナ」


 テースの表情から笑みが消えていた。そのテースの肩に何かが舞い降りてくる。――黒い雀だった。


「ファイリーが教えてくれました」


 テースは無表情になるが、しかしそこでその奥に厳しい感情を押し隠しているのを察したのは恐らくハンスだけだった。


「今、この町には大変な事が起こっています。これは私にも予想し得なかった、そしてこれから何が起こるか誰にも予想の付かない――」


 じわりと、恐怖が三人の心に滲んでくる。


「――ケープ市に、最悪の地獄が来る気がします」


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