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死神少女  作者: 平乃ひら
Acht
130/163

130.憎しみの始まり6

「人が望むのは死ではなく、死の恐怖から逃れる方法だ」


 アンドレアフがペンを回しながら眠そうに欠伸をする。


「いやー、別にそういう哲学的な話を伺いたいわけじゃないんですがねぇ」


 社内は騒然としているということで急遽近くの喫茶店に入りコーヒーを頼んだのだが、それでもこのベルンホルト・ベックの話は十分に眠気を誘うものだった。

 ベルンホルト・ベック――驚いたことにハンスもこの男について調べて欲しいと頼んできたことがある。ハンスとスティーブの奇妙な繋がりに意図的なものを感じたアンドレアフはこうして彼を連れ出してきたのだが、どうしても話しづらい相手だった。


「すまんな、眠い話をしてしまって」

「いいええ、別に」


 実際眠かった。

 何度口の中で欠伸を噛み殺したか知れない。特に机の上で寝るというのは思ったより眠気がとれないものだ。そんなときに訳の分からない話を聞かされでもしたものだから、いつこのまま夢の中へ入り込んでしまってもおかしくない。


「けど、もう隠すのは無理なのだ」

「隠す、ねぇ。いいネタなんでしょうなぁ」


 アンドレアフとしてはあのスティーブという刑事と繋がりがあるからこそ、目の前のベルンホルト・ベックに付き合っているのだ。

 そうでなければただの売れない作家の話など聞こうとは思わない。それほど暇では無いのだ。


「あんたは優秀な記者らしいな」

「いやぁ、其程でも」


 褒められたところで嬉しくはない。それよりもこの無駄に過ぎていく時間が苛立たしい。


「そんなアンタにちょっとしたクイズを試したい」

「……遊びでもするつもりですかい。もうちょっと有意義な話を聞けたらいいんですがねぇ」

「この私は、何歳に見える?」

「ん? 人の年齢に口出す無粋な性格はしとりませんよ。……それでも敢えて言うのなら、せいぜい六十といったところですかねぇ」

「四十二だ」

「……ん?」

「四十二。記者さん、下手するとあんたより若いんじゃないか」

「……そりゃ驚いた。随分と、その、老けた顔をしてらっしゃるもんだ」


 てっきり老人だと思い込んでいたのだが、本当に自分より若いとは思わなかった。なるほどそれはクイズになると、変なところで感心してしまう。


「ああ、そうだ」


 アンドレアフはコーヒーを啜ってから、そっぽを向くように通りへ目を遣った。


「ところで、騒がしいようだが。何かあったのかね」

「あ、ああ……いやぁ」


 まだ一晩で百人以上が突然死したというニュースは流れていない筈だ。政府が口封じを行う前に報道してしまおうかと企んでいるが、それでもまだタイミングを計っているというのが実情だ。何しろ新種のウイルスで、最悪なのがその対処法が無かった場合、この街の人間がパニックを起こし危険な事態に陥ってしまう可能性もあるからだ。

 しかしのんびりともしていられない。いつ他の新聞社が出し抜くか知れたモノじゃないからだ。

 今、このケープ市は酷く穏やかだ。この街の人口を考えれば百人同時に亡くなったとしても人が減ったという感覚は皆無だろう。葬式屋は休む間もなく忙しくなるだろうが。


「何が起きた?」


 誤魔化そうと愛想笑いを浮かべているアンドレアフに、その男は強く言葉を発してきた。その両目は真剣であり、先程まで無駄な話をしていた男とはまるで別人だった。


「答えろ、何が起こった?」

「……なんでもありませんよ、ベックさん」

「そうか」


 ベックは少しの間黙り込んで、何かを考えているようだったが。


「で、本題に入りましょうか。スティーブさんはどこにいるんです?」

「……スティーブ、あの刑事のことか。彼はここへ向かっているよ。捕まっていなければな」

「つ、捕まる? どういうことだ? 刑事が捕まるって……」

「だが、彼は勇敢だ。その一端とはいえ恐怖に触れたことがあるというのに、それを克服しているようにも思えた。いや、隠しているのかもしれんな」

「……いや、だから捕まるって」


 目の前の男はどうやら勝手に話を進めて、こちらの話をまるで聞かないようだった。この手のタイプは本当にやりにくく、出来るなら色々聞き出すなんてしたくはない。


「だから、スティーブさんが来るんですね、ここに!」

「ああ、来る。恐怖を知ってここまで老いた私と違うあれは――案外ああいう男がこの街を救うのかもしれん」

「だから、何を……」

「くっく」


 だが、その男は卑屈な声で笑い出す。


「馬鹿なことを考えた。誰が救えるというのだ。あの子からこの街を、世界を、救える訳がないというのに。くっく、はは、ははは」


 その笑い声はアンドレアフの背筋を寒くした。

 どうやら何かを勘違いしていたようだと、太った記者は舌打ちする。目の前の男は最初からアンドレアフなど見ていなかった。記者としての長年の勘が目の前の男を分析していく。この男の深の底にある感情は泥臭く濁っていて、沼のように覆い隠す泥のさらに深くで眠る感情は掴めない。少なくともここで笑う男の腹の中は街の心配ではないのかもしれない。表面上ではこの街を心配する素振りを見せながら、違う感情が見え隠れしている。


「俺にゃぁどうも分からないことみたいだな」


 だからアンドレアフはインタビューを止めた。

 このベルンホルト・ベックに何かを尋ねようとしても無駄だと悟ったからだ。


「どうせ気付いてるんだろう、アンタも。ここがどうなってるかなんてな」

「いいや、分からんね。分かろう筈もない」


 ベックは完全にコーヒーを飲み干してから、


「彼女のやることなど、到底想像もつかんのでな」


 アンドレアフは片時もベックから目を離さなかったが、その言葉に嘘と取れる部分を見抜くことはできなかった。



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