119.罪の記憶
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死神に関われば不幸になると、彼は語った。
静かに語られる罪の記憶を、スティーブは黙ったまま聞いている。子供達を全て追い出した部屋の中央で、二人は向かい合っていた。アウグストは決してスティーブから目を逸らさず、スティーブもまた眼前の男が行った最悪の罪を聞き届けなければならない覚悟を決めている。この男ほど、七年前の実験を知る人物は他にいないのだ。
薄暗い部屋はカーテンを閉じているからだ。
万が一でも外から中を覗かれては困る。互いに訳ありであり、あまりこの場面を他者に見せるものではない。スティーブが昼間、危険を冒してまでここに来たのはその価値を十二分に見出したからだが、それでもできればもっと隠密に行動をしたかったというのが本音だ。なにしろ組織の集団や神父に殺されかけてからまだ数日と経っていないのだから。
「この私に訊きたいことは、まぁ、色々とあるだろうな」
「語ったら長そうだな」
「ああ、長い。非常に長い。何しろ私の半生を語らなければこの計画全てを語るには至らない」
外では子供達が遊んでいる。
「……その半生で、俺達は人生を狂わされたわけか。貴様の半生は俺達七人の人生を狂わす価値があったのか?」
眼前の男はまた子供を使って何かをしようとしているのか、とスティーブは苦々しく思う。この男に子供を近寄らせてはならない。あの悲劇を繰り返してはならないのだ。
「それこそ神にしかわからんよ。それに勘違いされても困るが、実験はたった七人だけではない。最終的に残ったのは七名というだけで、実際はもっと大量にいる」
どれだけの子供が巻き込まれたのか想像も及ばず、スティーブは舌打ちをする。
「悪魔だな。一体何十人を廃棄した」
「わからんさ。資料を見なければ私とて全てを把握しきってはいない。この計画は本来、それだけの規模のものだった」
「よく国に隠れてやっていたものだ」
呆れるように呟く。
これだけの計画を誰にも見つからずにこなしてきたというのだから、一体どれだけの組織だったのだろう。
「それも勘違いだ」
だが、スティーブのその考えをあっさりとアウグストは否定してくる。
「国に見つからなかったのではない」
そうして答えを語る。
「国が、この計画を進めていたのだよ」
「……なんだと」
「国が積極的にこの計画を進めていた。だからこそケープ市で何が起ころうと、政府が直に干渉してくることはほぼないだろう」
「三年前の暴動事件か。あれは教会を潰そうとしたからだろう」
「ああ、まだ私がアウグストを名乗っていた時だ。――一つ確認するが、私にこれ以上を語らせるつもりはあるのだな」
「……何が言いたい。そもそもその問いは無意味だろう。俺があそこを脱走してから今までの間、何を考えて生きてきたか知っているか?」
「……さぁな、私は彼女と違って人の心を見抜く術には劣る。もとより、あの母子ほど悟れる人間は他におらんがな」
ふと出てきた母子という言葉にスティーブは眉を潜める。母と子、ということは、子はもしかしたら自分達七人の内誰かだろうか。では母というのは?
「お前が教えているあの子供達、あいつらをどうするつもりだ?」
「何もせん。信じて貰えるかはわからんが、もう私はあの計画に関わりたくないのだ。――お前には決して分からんだろう。あの時の恐怖を」
「だからもう実験のような事はしない、と。ただ学問を教えてるだけだと。……誰が信じる、それを?」
「ああ、お前ならそう言うだろうさ」
余計な事を語りすぎたと、スティーブは煙草を取り出した。
「ここに灰皿はない」
「そうか。子供の前では吸わないのか」
「元々煙草は趣味ではない」
「……ふん」
鼻を鳴らして、煙草をしまった。
「俺は七年間、俺達が受けてきた教育の真実と、俺達兄弟が何人も死ななければならなかった訳を知りたかった。いうなれば復讐を果たしたかったんだよ。俺だけならまだしも、何人も巻き込んだんだ。到底許せることじゃない」
「だから偽名まで使って刑事になったわけだ」
「ケープ市で刑事になるのは骨が折れた」
わざとらしく肩を鳴らしながら、ホマーシュは言葉を続ける。
「だから、語れ。聞いてやるよ」
「ああ、わかった」
そしてアウグストは語り出す。
死神少女の原点を――
──死神少女・Sieben
.....To be continued.