114.ああ、闇が来る
そうして見えない糸が一本へと紡がれていく感触を、彼女は遠くから眺めていた。
「もうすぐ、夜が訪れるね」
教会の屋根に座り、白き少女はそう呟く。ここはケープ市でもとても高い場所で、これよりも高い場所となると行政官府と神教官府、二つの棟しか存在しない。町のほぼ全てを一望できる場所で、少女はその町よりも遠い場所にいる少年の気配と、そこよりもずっと近い、しかし今や遠くに離れようとしている少女の気配を感じ取っていた。
「アンジェラさん……駄目、なのですか」
――駄目に決まってらぁ。あの子はなぁ、あんだけ追い詰められちまったんだよ。追い詰められた人間が最期に何を願うか、お前さんが一番知ってる筈だぜ。
「そうだね。私が一番理解している」
もはや西の空は紅く、東の空には闇を含んだ濃い紫が広がり星が瞬き始めていた。こうして人が生きる一日が終わり、やがてもう一つの顔がもっそりと起き上がってくるのだ。
「助かりたいと望んだなら、私は私のまま、アンジェラさんを助けに行ったかもしれない」
――そんなこたぁくだらない妄想だね。
「くだらなくなんか、ないんだよ。だけど人はどうして最期の最期に『私』を求めてしまうんだろう」
不思議だね、と呟く少女の顔を、その肩の上で首を動かす黒雀のファイリーがつまらなさそうに見上げていた。
「もうすぐ訪れる。私は覚悟を決めなきゃならない」
自分の語る預言は絶対だった。最早これは預言といった類のものではない。彼女が死を唱えれば、それは絶対なのだ。何人たりとも彼女の死から逃れることはできず、宣告された者は死を受け入れる以外の選択肢など存在しない。それもその筈だ。彼女は多くの人が望んだ神であり、自らが望んだ存在を否定できるだろうか。
「ああ、闇が来る。――さぁ、いこうか」
少女の両手が持ち上げられた。
囁くような歌が紡がれ、形を為していく。
命を狩る大鎌は少女の身体より大きいが、しかし少女はまるでその重さを感じさせず、羽でも掴むように片手でそれを手に取っていた。月の灯りに鈍く輝く刃は、なるほど確かに命を狩り取る死神の道具に相応しい。曲線を描く刃に当たらぬようにファイリーが首を引っ込めた。
「誰かを救えればいいと、私はあの人の前に姿を現したのに、あの人は聞いてくれなかった。でも私はあの人に何も出来ない。あの人も私に何も出来ない。――どうしてこうなっちゃうのかな。なんで私は大切な人達を誰も救えないのかな」
――命を救ってやってんじゃねぇか。
「命を狩る事は、本当に救いかな。私でも人の魂に耳を傾けられない。死後の人が私に感謝をしているかなんて、知らない。もしかしたら生者と違って死者は私を恨んでる可能性もあるんだよ。――それでも」
大鎌を頭の上で一回転させる。
「私は、死神だから」
本当は悲痛に歪んでもいい声が、それでもいつも通り静かに淡々と、それでいて澄み切った色を失わずにいた。
その声が消えて、死神は闇夜に熔けていく。