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死神少女  作者: 平乃ひら
Sirben
111/163

111.純粋を疑問に思う彼ら2

 道の途中を塞ぐのは、相も変わらず人の集団だった。

 学校の帰り道で人に囲まれながら、アンジェラは皆に手を振って歩いていく。人々の期待を一身に受けることはこれほど辛いことなのかと思いながらも、アンジェラは決して挫けようとしなかった。あの時の言葉を期待してはいけないと自制しつつも、オットーの言葉が彼女を励ましていたのだ。

 期待してもし叶わなかった時の恐怖を思えば、できるだけ期待せずにいようと決めてしまうのは仕方ない。だが、そうしようとすればするほど、アンジェラの心は自然と弾んでいく。どこまでも期待が膨らんでいく。

 ――ハンスと会ったら何を話せばいい?


(あの時のことかな……あの時のことかも?)


 ハンスとは色々話したいことがある。

 今まで何をやっていたのか。数日前の夜、どうしてあそこにいたのか。今どうやって暮らしているのか。もう一度学校に通えないのか。彼が隠している事とは一体何なのか。そもそも学校に来られなくなった理由こそ、全ての原因ではないのか。

 そして――


(テースとの関係も気になる……一体どういう仲なんだろう……って、ええ! わ、私そんな……テースを疑うわけじゃなくって、ええっとその!)


「聖女様、顔が紅いようですが?」


 もはや信者と呼んでも差し支えない集団の一人が、七変化を遂げる表情を不思議がっている。


「な、な、なんでもありません。ええっと、ちょっとその考え事でして」


 なんとか愛想笑いで誤魔化すが、そう尋ねてきた男はなんとなく眉を潜めて不思議そうな表情を消そうとしない。

 兎にも角にもハンスやオットー達のことを考えるだけで一日が潰れていく。聖女になると決めた日からオットーと出会うまで憂鬱な日々が続いていたが、今はどうだろう。心に希望が満ちている。期待してはいけないと頭で理解しているのに、心がまったく従ってくれない。


「聖女様、いい顔をされてますね」


 ふと隣に現れたホマーシュに、アンジェラは振り返る。いつも神出鬼没の神父だったが、今はさほど気にしなかった。


「そうですか?」

「ええ、とてもいい顔です。何か良いことがありましたか?」


 この神父はいつも人の心を見抜いてくる。よく居なくなる時はあるが、それでもこうして突然現れては自分を支えてくれたりアドバイスをくれたり、何かと助けてくれるのだ。そんなホマーシュにもアンジェラは感謝していた。


「ありがとうございます。神父様」

「どうしました、突然」


 いきなり感謝の言葉にホマーシュも虚を突かれたように、さっきの男と同じく不思議そうな顔をする。


「神父様にはいつも助けてもらっています。だから」


 ああそんなことですか、とホマーシュは囁いた。


「些細なことです。僕としても聖女を助けることに喜びを感じているのです。だから気にしなくてもいいですよ」


 微笑む神父に、アンジェラも笑みを反す。

 その時だった。二人の視界の端で、誰かが勢いよく駆け込んでくるのが見えた。


「――この、偽物が!」


 そういう怒声が、このごった返す集団を引き裂いて耳をつんざく。その勢いのまま、人影がアンジェラとホマーシュの前に転がってきた。


「偽物だ! お前は……! 願いなんて叶わないじゃないか! みんな騙されるな! 彼女は偽物だ!」

「何を言っているのです」


 ホマーシュがアンジェラの前に出る。


「偽物? 彼女がですか? 何を以てそう断言できるのです?」

「こいつがやってるのは、あくまで誰でも出来ることじゃないか……裏から誰かが手を回してるんだろ? 違うか? ええ?」

「馬鹿な。そんなことがあるわけないでしょう」


 ホマーシュが笑う。しかしなぜかその笑みには余裕がない。アンジェラが突然のことについていけないでいると、今度は別の場所から声が聞こえてきた。


「……お、俺は見たぞ!」

「何をです?」


 嘆息しながらホマーシュがそちらへと向き直る。


「そいつが、そいつが人を使ってるところをな!」


 男がアンジェラを指差してそう怒鳴った。

 人を使う、という所で異様なざわめきが発生する。


「な、なにを……?」


 この中で只一人混乱しているのはアンジェラだ。一体彼らが何を言っているのか、まるで理解できないのだ。偽物、と断言されるのは確かにそうかもしれない。この祈りが神に届いている保障はないのだ。それでもアンジェラはすぐに受け入れられない。さらには人を使っている、という言葉が余計な混乱を産み出していた。

 ――そんな記憶なんてない。


「こう言いたいのですか?」


 いつもの笑みを消して、ホマーシュは彼らに言う。


「今までの望みを叶えることは、全部叶っていなかった。なぜならそれはアンジェラ様が人を使って『人が叶えられる範囲』の願い事を実行していたからだ、と?」

「……し、神父様?」


 驚いてホマーシュに振り返る。


「仮の話です。真実ではありませんよ」

「そ、そうだ! 実際そうだろう、なぁ! 思い返してみろよ!」


 最初に叫んだ男が両手を広げて集団に訴えかける。


「みんな、実際大したこと叶ってないんだよ! 怪我を治してくれたわけじゃない! 病気だって薬だろう! 金持ちになれたか! 不幸は消えたか! よく考えてみろって!」


 ざわめきはより一層強くなっていく。


「なるほど。貴方の言うことも一理ある」

「え……?」


 アンジェラにとっては非常に理不尽な物言いを、よりにもよってホマーシュが認めてしまったことに愕然とする。しかし神父はアンジェラの肩を叩いて、


「アンジェラさん、ここは一度戻りましょう。それと貴方達二人の言葉は実際に検証する価値があります。これは神教官府に持ち帰っての出来事となるでしょう。――今はこれしかこの場を収める方法はありません。」


 最後の部分のみアンジェラだけに届く声だった。ホマーシュはその場を収めるのに十分なほど説得力のある言葉を選んだと、アンジェラは思い、とりあえずは納得することにする。今はただこの場を抑えて後ほどどうするか考えた方が良いということだ。


「皆様ももう一度、じっくりと考えてください」


 ――その時、ホマーシュは僅かに笑わなかっただろうか。先程まで溢れていた希望に一点、どす黒い不安が塗られた気がした。


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