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死神少女  作者: 平乃ひら
Sirben
100/163

100.純粋な人達2

 伝説は伝説だ!


 子供に聞かせる御伽噺に一体どれだけの意味があるというのだ!

 そう言葉にしてはね除けようとしたところで、あの時見た強烈な恐怖と絶望は拭いきれない。一日にして二度も突き付けられた人間ではない存在の気配。心を打ち砕くには余りにも容易い程の強烈な印象。それでもなおかろうじて踏み留まっていられたのは過去の復讐心が消え残らず燻り続けていてくれたおかげである。

 もう夜明けは近い。一体どれ程の時間を部屋の隅で蹲って震えていたのだろう。青く染まってきた東の空が、普段より眩しく映ることがやたらと苦痛に思えてならなかった。心を串刺しにするような太陽の光を今すぐシャットアウトし暗闇の中に身を潜めたい衝動に駆られても、この両足は部屋の隅で折れ曲がり動こうともしない。

 燻っている怨嗟の炎を再燃させない限り、動くことは望めない。ならばまずは火を付ける紙を燃やし、薪をくべよう。徐々に燃え盛る炎によって蹲るその身と心を炙り、焼け焦げる肉の匂いで己を鼓舞しようじゃないか。彼は周囲を見回し、くべるべき薪を探す。すると部屋のちょうど対角線に当たる隅でひっそりと立て掛けられたバッグがあった。長年旅を共にしてきた忌々しきバッグとその中に収められた剣。破壊すべき対象から敵を破壊するべく形作られた不格好な鉄の塊は確かに憎くて仕方ない物だったが、それでも彼はその武器に頼らなければここまで歩いてこられなかった。

 その武器が薪となる。


「……ここまで、来たんだ」


 ようやく葬るべき幾つもの対象を特定出来たのだ。

 ようやくこの町に足を運べたのだ。

 かつて幼かった自分を己の為すがままに好き勝手してくれた連中の生き残りを全て抹殺するために、ここまで来たのだ。復讐はまだ終わってなどいない。むしろ始まったばかりだ。ここで足を止める訳にはいかない。自分を陵辱した連中を全てこの世から消し去らなければ、この泥のように粘ついた不快感は永遠に拭われない。

 ――だが、迂闊には動けない。


「どうすればいい……!」


 今まで順調だった計画が、たった一つの存在によって全て砕かれた。

 復讐の対象は、ただ殺せばいいという計画ではなかった。まずは自分の存在を仄めかせ、それから徐々に相手を陥れ、絶望しきった所を殺そうとしていたからだ。それはかつて自分が受けた行いの一端をそっくりそのまま返すという意味合いもあった。

 それも全て一人の少女によって無に帰そうとしていた。殺せば殺し返されるという意識を脳裏に埋め込まれてしまった。


「僕の手で殺せない……どうする……?」


 あくまで自分の手で、まずはあの市長の家庭を崩壊させてから、続いて全てを始末する予定だったのだ。

 自分の手で葬ることは不可能となった。そうすれば今度――いや、その前にあの死神は自分をどうにかしてしまうだろう。死神はそれ程に絶対の存在だと、怖ろしいことに一目で理解させられたのだ。


「……くそっ」


 どうしても名案が浮かばない。


「諦める……か」


 自らの手で葬るという考えを諦めるしかないのか。

 復讐そのものを諦めてしまえば、七年間それのみを糧に動いてきたこの身体だ、あっさりと死に体になってしまうことだろう。

 なら全てを諦めるのではなく、一部分だけを諦めたらどうだろうか?


「そうだな、そうか。僕が直接彼女を殺すことを諦めれば……何か思いつく筈だ。そうするべきだ」


 今まで自らの手で終わらせることだけを考えていたが、それさえ諦めてしまえば選択肢などいくらでも増える。最終目標だけぶれなければいいと妥協し、彼は初めて自らの信念を折り曲げた。

 ――そうして、一つの素晴らしく最低な案が浮かんだ。




「お客が来てるの?」


 アンジェラがそう聞き返すと、まだ年若いメイドが緊張した面持ちで「はい」と返事をする。

「そう。どなた?」


 ここ最近はどうにも食欲もなく、学校も休みがちになっている。どうしても気力が湧いてこなくて、それは彼女の綺麗な顔へと如実に表れていた。薄く影の差した表情をメイドへ向けると、向けられた少女は少しだけ目を大きく開き、すぐに先程と同じ緊張した顔へと戻る。


「ロックランド神父です」

「神父様……ですか」


 アンジェラの頬が僅かに引きつった。嬉しいのか悲しいのか分からず、直後に思ったことは「会いたくない」だった。三日前、ハンスがこの家に来てから起こった一連の流れについていけず、さらには二人が重大な隠し事をしていたことに関してかなりの衝撃を受けている今、ホマーシュに会ったら何を口走ってしまうか分からない。

 彼は自分に神の奇跡を起こさせた。自分が彼の言うとおりに祈ってしまったら、確かに奇跡が起きた。それは望んだとおりの奇跡ではないが、しかしそれをさせた彼を前にして自分が平常心で居られる自信がまったくない。あの悪夢のような一夜もまたアンジェラの心を十分に変化させるに足る出来事であった。祈りで人を殺し、父とハンスは恐ろしいことに神の製造について語る。本当にここは悪夢の中ではないかと何度身体を震わせたことだろう。もし夢の中ならばさっさと目覚めて欲しい。

 部屋の窓からちらりと窓の外を覗く。ここからなら玄関の庭を一望できるので、ついホマーシュの姿を探してしまうと、結構あっさりと見つかった。印象強い大きなバッグを背負った黒塗りの神父が庭で母と会話をしている。


「あの……お嬢様?」

「なに?」

「その……せめてスープぐらいお召しになられても……」


 本来なら今の時間は学校へ登校していなければならないのだが、アンジェラはその気力もなくこうして部屋の隅で窓の外を眺めている。それだけではなく、食事もろくに取らない彼女をメイドは小心者ながら心配してくれていた。


「ありがとう。神父様を待たせるのも良くないわ。すぐに準備するから、手伝ってください」

「は、はい」


 自分ほどではないが、メイドも今のアンジェラを前にどうしても緊張してしまった。彼女はここに来てまだ日は浅いが、歳が比較的近い上に年下ということもあり、アンジェラも場合によっては他のメイド達より結構親しく話しかけている。あまり話しているとメイド達の中で確執が起こる可能性も重々ありえるので一応控え気味にではあるが、まるで屋敷の中で友達が出来たような気がして、それはそれで嬉しかった。

 しかし今はどうだろう。

 ちらりと部屋を見回して、それからメイドに目を遣る。

 今は――そんなメイドにすら、あまり顔を合わせたいとも思えなかった。


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