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噂の酒乱女

噂の酒乱女

作者: こたつにみかん

どうしてうまくいかないんだ!


やりきれない思いを手にしたビールジョッキへ向けると一息で飲み下し、空になったジョッキを勢い良く机に叩きつけた。

ダンッ!っと派手に音が響き渡ったが、飲み会はすでに酔っ払い共がくだを巻くカオスな状態になっており、その音を気を留める者は誰もいない。


酔いに任せて今だけでも忘れたいのに、無駄に酒に強い自分の頭は何時まで経っても通常運転で、意に反して昨日振られた女のことばかり思い出す。


いい女だった。

匂い立つような色気。男の理想そのままに艶めかしい曲線を描く体のライン。化粧映えのする美人顔。頭のてっぺんから足の先まで隙のない、素晴らしい女だった。

ちょっと我儘で金遣いが荒かったが、これだけの高嶺の花にはそれだけの要求が出来る権利がある。それを満たせる男でなければ彼女の隣に立つことは出来ないだろう。


そんな訳で、俺はそれはそれは献身的に女の我儘に付き合い、惜しまずに時間も金も注ぎ込んだ。


しかし、付き合って半年。あっさり捨てられた。


「あなたじゃ物足りないの。」


親と同じ位の年齢じゃなかろうかと思うようなナイスミドルな髭のおじ様に腕をからめ、彼女はヒールの音を響かせながら去って行った。


俺は自分の出来る限りの事をした。どこが悪かったのか考えても考えてもわからない。




その前の女の時はどうだっただろう?


その前の女もいい女だった。

砂糖菓子のようなふわふわのレースの似合う可愛い女。ぽってりとした物欲しそうな唇を尖らせ上目遣いでおねだりをするのが得意だった。背は低いが胸はDカップ。くびれた腰から尻までのラインで、モンローウォークのような尻を振る歩き方は後ろから思わず飛びつきたくなるほどだ。

ちょっと飽きっぽくて、何を買い与えてもすぐに新しい物を欲しがる我儘な所もあったが、それも可愛い彼女の甘えかと思うとなんでもしてあげたくなった。


しかしその女も「もう飽きちゃった。」の一言で終わる。




その前はどうだろう。


やっぱりいい女だった。

顔はキツメな美人顔。モデルのように手足が長くスラリとした体型で、どんな洋服も自分なりに着こなしてしまう。なんでもない普通の道でも彼女が颯爽と歩けば、まるでステージの上のランウェイのように見えたものだ。

しかしちょっと潔癖な所があり、肌の触れ合いはあまり好まない傾向があった。

もちろん俺は過剰な触れ合いを希望したのだが、そこは大切な彼女の為ぐっと堪えて手を握るだけに止め、終始プラトニックなお付き合いに徹底した。


そうしたら、さっさと別の男に寝とられた。



その前は・・・・・。


・・・・やめよう。考えれば考える程深みにはまっていく。

気分を落ち着かせるようにふうーっっと腹の底から息を吐き出した。



「いやー先輩。いい飲みっぷりですね。」


突然左隣から、底抜けに明るい声が掛けられた。


うげっ!


声がした方を見ると先ほどまで空席だったそこには、一升瓶を持った総務の水沢が座っていた。


水沢と言えば、ある方面で有名な女だった。


見た目だけで簡単に言ってしまうと冴えない地味な女。

顔はそばかすだらけで、細い目、低い鼻、度の強そうな分厚い眼鏡と長すぎる前髪が野暮ったさを増長している。いつもおどおどとした自信のなさそうな態度で、ぼそぼそと話し、うつむきがちで誰とも目を合わせない。俺の一番嫌いなタイプだ。


そして、そんな地味な女について回る噂、それは『酒乱』。

「相手を落とすまでとことん飲ませる」と有名だったのだ。


今まで水沢に接点もなければ興味もなかった俺はそんな噂は気にも留めていなかったが、ロックオンされてしまった今、助けを求めて挙動不審に周囲を見回す。

しかし、周囲には酔いつぶれ机に突っ伏したり床に転がる同僚達の屍があるだけで、起き上がっているのは自分一人だった。


なっ! もうすでに皆、水沢に潰されたのか!?


驚愕の事実に今頃気付いたが、時すでに遅し。


水沢は普段のおどおどとした態度はどこにいったのかと思うくらい底抜けに明るい表情で、まるで親戚の叔父さんの如く「まあまあ暗い顔しないで、飲んで飲んで!」とか言いながら空のグラスを押し付け一升瓶を傾けてきた。

俺は今までの酔いが突然回ってきたかのように背筋を走る寒気に震えた。

さながらライオンに食らいつかれる前のガゼル。蛇に睨まれたカエル。猫にいたぶられるネズミ。

俺は今日、生きて帰れるのだろうか。そんなことを考えながら、水沢の言葉に応えるように日本酒を煽った。






「先輩、強いですね~!!」


水沢はご機嫌で赤ワインをグラスに注ぐ。先程水沢が持参した日本酒の瓶はすでに空になり、足元に転がっていた。

『ちゃんぽん』なんて言葉自体知らないんじゃないだろうか・・・。

まるで水の様にすいすいなくなっていくアルコールを思わずもったいないと思いながら空き瓶を見つめ、ぼんやり考えた。

まあ、それは俺も同じなんだけど・・・。


「で、どうしたんですか?」


水沢は手酌で自分のグラスに赤い液体を並々と注ぐとグイっと煽り、俺に視線を向けてきた。

ワインは一息で飲むものじゃありませんよ、水沢さん。とは言えない。

でも、自分も水沢に勧めらたおかげでだいぶ酔いが回ってきていて、さっきまで頭の大半を占めていた元カノの事も余裕を持って考えられるようになっていた。

失恋話など他の誰かに話す気などこれっぽっちもなかったが、水沢とは会社でもほとんど接点はないし、今はお互い酔っ払いだ。ちょっとくらい愚痴っても問題はないだろう。と判断し、俺は元カノにされた手酷い仕打ちを掻い摘んで水沢に話した。


粗方話終わると、水沢はちょっと困った顔で俺を見る。


「あーー。。。もしかして、先輩ってメンクイ?」

「ああ、そうだ。」


間髪入れずに答える。そう、俺は自他共に認めるメンクイだ。

だって考えてもみろ。こんなに顔良し、スポーツ万能、仕事もトップクラスと、非の打ちどころのないパーフェクトな俺の隣にブスが並んでいたら変だろう。


「顔は良い方がいいに決まってる。はっきり言ってブスは嫌いだ。」


言った後に、水沢が「ブス」に分類される女だと思いだした。

しまった・・・と思ったが、水沢は気にした様子もなくケラケラと笑った。


「先輩、きびしいっすね~。」


自分はブスではないと思っているのか、それとも言われ慣れているのか・・・。

本人が気にしていないことに安心したが、それでも・・・と、とりあえずフォローを入れる。


「水沢とは今日初めて話したが、なんか話しやすいな。お前のことは嫌いじゃないぞ。」


裏を返せば「ブス」って明言しているのに気が付かず、言葉を繋ぐ。

水沢はその言葉に受けるとにっこり笑って、


「ありがとうございます!私も先輩の表裏のない物言い、嫌いじゃないですよ。」


続けて「そこまではっきり言ってくれる人、なかなかいないですからね~。」と誰に言うでもなく呟くと

俺のグラスにワインを注ぎ促した


それから半刻もすると、聞き上手、勧め上手な水沢に上手い具合に乗せられて、俺は涙なしには語れない歴代彼女とのあれこれ話や自分のメンクイ至上主義について語りつくし、あっと言う間に心は丸裸。もう隠すものは何もない状態になっていた。


「なぁ、水沢。お前は自分がブスで嫌になったりしないのか?」


後で考えればなんて酷い言いようだ。と思うが、今の自分にはオブラート包むと言う考えはなかった。


あまりにも直球で切り込まれたせいかちょっと驚いた様子の水沢だったが、少し考えるように下を向くと、ふっと表情を崩してからゆっくりと語り出した。


「私、産まれた時から不細工だったんですよ。色が黒くて、目が細くて、団子鼻で。

水沢の家は皆、パッチリ二重の鼻筋の通った色白の家系だったので、祖母は私の顔を見る度に「なんでうちにこんな不細工な子供が・・・」っていつも言ってました。

水沢の家だけでなく母方の家系の誰にも似ていなくて、どうして私ばっかりこんななんだろうって、不細工に産んだ親を恨んだりもしたんです。

でもある日、母が私に言ったんです。『あなたはブスよ。でも女は顔じゃない。女は笑顔よ!』って。

なんか単純なことですけれど、その一言で、私吹っ切れたんです。」


そこまで言った時点で、水沢は喉を潤すためか目の前にあったグラスのワインをすいーっと飲み干し、空になったグラスは、カタンッ!っと澄んだ音を立てて机に立てられた。

そしてそのまま空になったグラスから目を逸らさずに続ける。


「それに・・考えてみたら、不細工な私を産んで家族から色々言われて、一番辛い思いをしたのは母じゃないかって気づいたんです。

なのに私、自分のことしか考えられなくて、いつも母親に酷いことばかり言ってて・・・。

だから私、思ったんです。私は母の為にもいつでも笑っていようって。

ブスなのは生まれつきなのでしょうがないんです。でもブスだからこそ、大切なことに気づけたと思うんです。

だからブスなのは嫌じゃないですよ。」


先輩みたいなカッコいい人からみたら言い訳みたいに聞こえるかもしれませんけどね。と、そう言って、水沢はふんわりと笑った。

俺はその言葉を聞いて、自分の迂闊さを反省した。

水沢にとって「ブス」と言う言葉は、思っていた以上に重みのある言葉だったのではないのだろうか。


「・・・・なんか、ごめん。」


「えっ?なんで謝るんですか??」


キョトンとした瞳で水沢は俺を見る。眼鏡越しの細い眼が少し見開かれていた。


「俺、考えなしだった。水沢に対して、酷いこと言ったよな・・・。」


水沢は少し視線を上げ考えてからふっと微笑み、空になったワインの瓶を倒し、近くにあったウイスキーの瓶を引き寄せると、手慣れた様子で空のグラスに氷を2つ放り込み、琥珀色の液体を注ぐと俺に差し出した。


「私に謝らなくてもいいですよ。気にしてないですから。

でも、本当に悪かったと思うならば、次こそは幸せになって下さいね。」



次こそは・・・か・・・。



「そんで、たまには私とも飲んで下さいね。これだけ飲める人ってなかなか居なくて・・・。」


水沢はいたずらが見つかった子供のようにバツが悪そうに笑う。

眼鏡越しの細い眼はさらに細くなり糸のようになったが、それもまた可愛いな。と思えた。


俺は今まで、顔だけで人を判断していたような気がする。

でも、見た目はブスでも水沢は良いヤツで、今まで美人で可愛くて妖艶だけれどもツンケンしてロクに笑いもしない女達と比べると、ブスで冴えない水沢と一緒にいるこの空間は非常に居心地が良かった。

飲み始めた時に感じていたギスギスした気持ちはいつの間にか薄れ、俺は温かな気持ちと共にほのかな浮遊感を感じてはじめていた。


こんな楽しい飲みは久々だな・・・。

俺は幸せな気分に包まれながら、優しく忍び寄る睡魔に意識を預けた。





こうして、また一人、水沢に落とされた。





※※※※

 


酒豪である俺が生まれて初めて潰れてから、早一週間。


俺は、用のない総務の部屋の前を挙動不審にうろついていた。


別に、やましい気持ちはなにもない。

ただ、水沢を飲みに誘おうと思っているだけである。


しかし、俺の部署の総務と連絡を取らなければいけないような雑務は同じ部署の事務員がやってくれるので、俺は今まで通り総務に全く用事がない。従って、部屋に入る理由も見つからない。

出勤・退勤を狙って声を掛けようにも、おどおどしている割に隙のない水沢は、声をかける間もなく通り過ぎてしまう。

連絡先はわからない・・・どうしたら良いものかと暇をみては水沢の様子を見に総務に通っていると、俺はあることに気付いた。


それは、俺のように水沢の動向を見守り、声をかけようとしている男たちが複数いるということだ。


今朝、水沢の出勤を狙って声をかけていた男、あいつは確か『水沢は酒乱だから気を付けた方がいい』と噂していた経理課の切れ者で俺の同期の柳じゃないか。


大した用もないのに総務の部屋に入り浸って、水沢指名であれこれ嫌みたらしく頼みごとをしているのは、『総務の水沢ほどブスはいない』って休憩室で笑っていた営業部のエース、内野だ。


実はこの会社の社長の息子ではないかと噂されている超絶美形の総務の高野課長も、気のせいだろうか水沢に熱い視線を送っている。噂によると、上司であることを笠に着て、理由をつけて水沢を飲みに誘っているらしい。それってパワハラじゃないか?


あの廊下の柱の陰に隠れて、水沢の姿をこっそり見つめているのは、ハーフで青い目とふわふわの栗毛がトレードマークの広報課のプリンス(と女どもが呼んでいる)宮澤だ。確か前の飲み会でグロッキーになって、水沢に介抱されていたような気がする。



・・・なんか、仕事しづらそうな職場環境だな・・・。

いつでも笑顔でいたい。と言っていた彼女が職場ではいつもオドオドと下を向いて小声で話す理由がわかったような気がする。

これじゃ、出来るだけ人との接触を避けたい訳だ。


人の恋愛にまで口を出す気はさらさらないが、そのために相手を怯えさせたり、悪い虫が付かないようにする為なのかなんなのか相手の評判を落としたりするやり方は、良くも悪くも表裏を作ることが出来ない俺の性格からは到底理解出来ない。



俺は意を決して総務の扉を勢い良く開けた。


「水沢! 今日、飲みに行くぞ! 夜、空けとけよ!!」


総務の部屋中に聞こえる大きな声で堂々と放った。

音に気が付いて目を向けた水沢は、驚いた、と言わんばかりに細い目を見開いてから一拍置いて


「ハイ、先輩。ありがとうございます!」


と、目を細め、にっこり笑って答えた。



「おい!なんだ、誰だお前!!」と最初に言ったのは柳。俺はお前の同期だ、忘れたのか?

「抜け駆けはなしだぞ!」は内野。そんな協定知らん。

「何!? 水沢、今日は俺と残業だ。」と高野課長。だからそれパワハラだろ。

「あぁ・・僕のプリンセスが・・・。」と宮澤。とりあえずお前は柱の陰から出てこい。



言うことが言えた俺はすっきりとした気分で、自分の部署に戻る。

さて、今日はノー残業だぞ。久々に仕事にも身が入るな。



俺はやる気を漲らせると、机の上の書類をさばき始めた。







まさかの主人公、名前なしです(爆)


何も始まらなければ終わりもしないぼんやりとした話でしたが、最後までお目を通していただきまして、本当にありがとうございました。


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