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第十話 『決戦!』 8. やってきた男



 大空を斜めに切りつける疾風が、銀色のコアを持つ人形の群を大気ごと引き裂く。空竜王が駆け抜けた跡には、消滅した魔物達がとどまった空間だけが残った。鋭角に軌道を変え、点と点を結ぶように空竜王が空間を断裂させていく。暗雲立ち込める暗き天空のキャンバスは、見る見るうちに太陽の輝きと蒼穹によって光を取り戻していった。

 返す刀で海を目ざす。

 海面すれすれで上体を起こし、白銀の翼を大きく広げ加速を重ねた。衝撃波と巻き上げた水しぶきで荒れ狂う海流を真っ二つ割りながら、空竜王が青くゆらめく群体目がけて突進する。うねるように水面を切りつけると、数え切れないコアが弾け飛び、邪悪な光の消え失せた表層には、また鮮やかなマリンブルーが蘇った。

 手当たり次第に繰り出される拳撃で周囲の敵を一蹴し、陸竜王が両足で大地に根を張る。地球を砕かんばかりの勢いで拳を突き立てると、地表からの衝撃により、陸竜王を中心に並べられたドミノが円を押し広げるがごとく、黒インプの集団は消滅していった。

 我先と土へ還る赤き一つ目の異形達。

 密集する群塊目がけてナックル・ガードを撃ち放つや、その軌跡上に存在するモノらは跡形もなく消えてなくなった。

 もう片方の拳も繰り出し、両腕を引き戻すタイミングでワイヤーに導かれた炎の塊が周辺の魔物達をなぎ払う。距離を縮め、時には交差し、時には接触し、激しく火花を散らしながら触れる物すべてを消滅させるその一連の攻撃は、さながらアメリカン・クラッカーのようでもあった。

 大地を覆いつくした黒き絨毯は、またたく間に陸竜王の視界から消え去り、再び緑と土が陽の光に照らし出される。

 水面を覆った油の層を器の外へと追いやるように、アルコールがスチロールを溶かすように、それらは人類の支配するエリアから次々と押し戻されていった。


 桔平は無人の通路を足早に通り抜けようとしていた。このまま進めば進藤あさみのいる別室へ到達する。

 光の射し込まぬ通路で物陰からじっと息をひそめ、その様子をうかがう人影があった。

 桔平の位置からは確認できない。

 が、ふいに足を止め、桔平はその人影に向かって投げかけたのである。

「出てこいよ。丸見えだぜ」

 通路の反対側の角で待ち受ける影の主が戸惑いを見せる。そっと下ろした拳銃の存在を、桔平は見抜いていたのだ。その銃口が己の背中に向けられていたことも。

「もうそろそろいいんじゃねえか」振り返り、にやりとする。「ミスター」

 すると影の正体、ウラジミル・カラシニコフがのそっと巨躯を露にした。


 二体の竜王に負けじとメックとエスも総攻撃を開始した。トレーラーに懸架されたロングレンジのコイルガンを遠方から撃っては退く。陸や空のインプ達が穴を穿つようにその空間から消滅していった。

 それでもアスモデウスの外皮には傷一つつけることすらかなわず、竜王の援護目的で撹乱するのが精一杯だった。

 その時、海上に浮遊しながらとどまり続けるアスモデウスの、全身から浮き上がる数百にものぼる目が一斉に光を放つ。

 爆発でも発光でもない光の照射は、触れるものを容赦なく蝕んでいった。

 太陽のような輝きに、木場が特殊サングラスの上から手をかざす。

「……何だ、これは」顔をしかめ、こめかみから汗が流れ落ちた。「話にならん……」

 地獄の劫火が周辺数キロメートルを瞬時に炎上させた。木々を、民家を、放置された車両を、打ち上げられた船舶を、そこに配置されたものすべてを否応なく紅蓮の炎に巻き込んでいく。

 豪炎の合間を縫うように、陸竜王が踊り出た。

 雑魚を蹴散らし、アスモデウスへの道を一直線に切り開く。

 数百メートルの距離を隔てても、その腐臭と熱気は顔をそむけたくなるほど生々しく伝わってきた。生物としての動、無機物としての静、兵器としての圧、この世にあるものの虚と実をすべてあわせ持ち、また無であるかのようにそこにただ存在し続ける。言葉を交えなくとも触れずとも、向かい合うだけでうかがい得る怒り。己への怒り。他者への怒り。それを創り上げてしまったことへの怒り。

 そのわずかな対峙で理解し合えたのは、互いが相容れぬモノ同士であるということだけだった。

「どう崩す……」

 両足を開き正拳突きのかまえで陸竜王がナックル・ガードを撃ち放つ。

 鼻先をかすめ即座に引き戻されたそれを宣戦布告として受け入れた悪意の塊は、陸竜王へ怒りの咆哮を叩きつけた。

 空から舞い降りる一陣の風がアスモデウスの視界の隅から斜めに切り抜ける。

 いくつかの目と口が潰れ、歯車が激しく軋むような悲鳴とともにどす黒い体液を放出した。

 追いすがる弾幕を空竜王が全速力で振り切る。

 降りかかる影にアスモデウスが数知れぬ視線を向けた。

 太陽を背に、陸竜王が空高く跳び上がっていた。

 拳を肩の後ろまで振りかぶり、勢いもろとも股間でうごめく竜の側頭部を打ちつけると、その片側の目玉が砕けて弾け飛ぶ。

 悶絶する竜にはたかれるベクトルで後方へ跳び、空中で一回転しながら陸竜王が再び正面へ降り立った。

 同じくして、赤く黒くそして毒々しい巨大なコウモリの羽を広げ、狂ったようにアスモデウスが突進を開始した。

 全身のダクトから圧縮空気を吐き出し、決して退路を選ばず、陸竜王は砂地を蹴ってそれを迎え撃つ。

 波打ち際で二つの激しい憎悪がぶつかり合った。

 グガガガガ!

 大口を開き陸竜王を噛み砕こうとする竜の顎。それよりも一歩早く、陸竜王はその口内へと滑り抜けていた。

「礼也ーっ!」夕季の絶叫。

 陸竜王を丸飲みし、口を閉ざす竜の頭。

 しかし礼也の心に焦りはなかった。すべてが計算どおりだったのだから。

「思った以上にあっちいな……」竜の舌の上で踏みとどまり、顔中あぶら汗にまみれ、歯を食いしばりながらも笑い続ける礼也。不安を認めたくないためか、誰にも届かない言葉をせわしくつなぐ。「ま、これっくらい、まだまだ序の口だがな!」

 膝をつき左腕で上顎を支えながら、礼也が右の拳を喉の奥目がけて渾身の力で撃ち放つ。それを引き戻すことなく、陸竜王は全身を真紅へと変貌させた。

 竜の口内で小爆発が起き、喉の内側が沸き立つ熱気とともに焼かれる。百を超えるアスモデウスの口が一斉に悲鳴をあげた。

 ギラリと光る牛と羊の両眼。仮面の咆哮とともにそれまで以上の膂力で陸竜王を噛み砕こうとした。

「礼也っ、逃げて!」

「どうやって、逃げろっての……」

 夕季の叫び声を冷静に受け止める礼也。かすかに焦りの色が浮かび上がる。それでも今にも押しつぶされようとするその時まで、取り憑かれたように笑い続けた。

「真っ赤なカブトムシ、なめんじゃねえって!」

「くっ!」空竜王のコクピットの中、感応スティックを握りしめ、夕季が歯がみする。無限のシャワーの前にアスモデウスに近づくことすらできない。

 遠方ではメック・トルーパーの車両もすべて足止めされていた。それ以上近づけば確実に死の領域に足を踏み入れることになるためだった。

『木場』

 鳳からの無線を木場が受ける。

「わかっている……」車内ディスプレイを凝視し、ごくりと生唾を飲み込んだ。「俺が行く」

『待て、木場!』

「俺が駄目なら、次は頼む」

『おい、こら、木場! 待て!……』

 通話を終え、覚悟を決めた表情で木場が特殊ゴーグルを装着した。

 その時、竜の眼前に水柱が立ちはだかる。

 海面を突き抜けて飛び上がった黒きシルエットは、陽の光にきらめく飛沫を従えながら、銀色のクローで竜の隻眼を貫いた。

「……」

 絶句し立ちつくす木場へ、鳳が問いかける。

『おい、木場、あれは……』

 その勇姿を見据え、木場が頷いた。

「海竜王だ……」


 司令部別室へと続く通路で桔平とカラシニコフが対峙する。

 サングラス越しに読み取れるほどの驚きを露呈するカラシニコフへ、桔平は意味ありげな笑みを投げかけた。

「いいのかよ、こんなところで油売ってて」

 するとカラシニコフは平静を装いながらサングラスを黒スーツの胸ポケットへと収納した。桔平よりも十以上は歳が上であろうか。落ち着いた表情で目の前の若き日本人を見据える。

「あなたは司令室から出るなという命令を受けていたはずではないのか」

 流ちょうな日本語で告げる。そのトーンも落ち着き払っていた。歳相応と言うよりは、修羅場をくぐり抜けてきた歴戦のつわもののみが持ちうる深みと表現した方がしっくりくる。

「司令官殿に急用があってな」

「どんな用件だ。私が伝えておこう」

「いや、いい。直接交渉する」腕時計を差し向ける。「電池の交換で千円も取られちまった。経費で落としたいんだが、あんたじゃ無理だろ、そんな高度なかけひき」

 憮然と自分を見続けるカラシニコフに桔平はふっと笑ってみせた。

「そんなくだらん理由でここを通すわけにはいかん」

「理由なんざどうでもいいだろ。あんたにとって問題なのは、俺が予定より早くここに来ちまったってことだろうからな」

「……」

「進藤あさみはいるか?」

「……」

「いや、まだ生きているかって聞いた方がいいのか?」

「……」

 突然カラシニコフが桔平につかみかかる。その体格からは想像もできない素早い動きだった。

 間一髪でかわし、桔平が命からがら口笛を吹き鳴らす。

「おっと! いきなりかよ」

「私は何人だろうとここを通すなと司令から命令を受けている。たとえ副司令の君でもだ」

「だからってそのタックルはまずいだろ。確実に人死にが出るぜ」

 ぐるりと体を返し、右手で桔平の右手首をつかむ。左腕を蛇のように這わせ、肩まで一気に絡みついた。

「く!」

 不敵なカラシニコフの顔がかすかに笑ったように見えた。


「ち、あと少しだってのに」

 すさまじい熱気の中、朦朧とした意識の渦にのまれかけた礼也が無理やり笑みを浮かべる。

「やっぱ、見積もり甘かったか……」

 その時、背後から射し込む光の眩しさに目を細め振り返った。

「……んだ?」

『礼也!』

 夕季の叫びがつかの間の炎を呼び戻す。

「どうした、夕季。何があった」

『光輔……』

「何!」

 両腕で竜の口を押し広げる、妖しく輝く琥珀色の光が礼也の視線をとらえる。

 礼也は見た。

 太陽の光を背負った漆黒の巨人のシルエットを。

 礼也は聞いた。

 大地を、空を、海を揺るがす王者の雄叫びを。

「礼也ーっ! 大丈夫かーっ!」

 闇を照らす一対の輝きが、今混沌たるこの世界に光をもたらそうとしていた。






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