表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/104

第十話 『決戦!』 7. 従属者



 アスモデウスは地上からわずか数十メートルの高度を保ったまま、山凌市目ざして死の行軍を続けていた。触れるものすべてをなぎ倒し、焼き払い、率いる地獄の軍勢が支配するエリアに接近した軍や報道関連の航空機及び車両は、グンタイアリの襲撃をうけた獲物のように瞬時に食いつくされていった。

 そこに集う無力な人々は、畏れ、哀しみ、祈りの中、互いを抱きしめることしかできない。

 時を同じくして、アメリカ軍を中心とする多国籍軍が山凌市に集結しつつあった。

 彼らのオペレーションは当初遠距離爆撃や長距離ミサイルでターゲットを陽動し、本土から約三千キロメートルの海洋上で核攻撃を施す算段だった。がしかし、雪だるま式に膨れ上がったインプの大群を掌握するに至り、日本を含む主要各国による特殊回線を通じての首脳会議が臨時に執り行われ、大量殺戮兵器の利用が満場一致の採択をもって承認されたのである。

 その責任は彼らによって特定された危険思想国家にすべて押しつけられる。

 そしてそれがもたらす結果は、アスモデウスの消滅の有無に関わらず、メガルと山凌市の壊滅、並びに特定国家の排除を意味していた。


「そろそろだな……」敵を正面から臨む海岸道路で礼也が呟く。

 並んで立つ竜王の胸部のハッチを開け、礼也と夕季が来たるべき時を待つ。

「俺がリクリュウで引きつけてやっから、おまえはスキ見て攻撃したらすぐに逃げろ」

「わかってる」

 礼也の顔に注目しながら夕季が頷いた。

「前みたくビビッてフリーズしてんじゃねえって」

「……わかってる。……自分だってビビッてたくせに」

「はあっ!」

 着信に気づき、夕季が携帯電話を取り出す。

 忍からだった。

「もしもし……」

 忍が退院してからは、二人は宿舎の同じ部屋で一緒に暮らしていた。

 カーテンに手をかけ、窓からどんよりと曇った空を見上げながら、忍が涼しげに笑う。

「何か食べたいものある? うん……。そんなものでいいの。わかった、いっぱい作っとくね。……うん。行ってきな。……。しっかりね、夕季。待ってるから……」


 司令室で波野しぶきのスタンドマイクを取り上げ、桔平がメックの尻を蹴り上げる。

「いいか、一発でも核を使わせちまったらおしまいだ。これから化け物が来るたびにカジュアル感覚でぶっ放す流れになるだろう。世界中至るところで、核保有国のすべてがだ。これじゃ核戦争となんら変わらねえ。人類滅んでしかるべし、だ。もう一度おさらいしとくぞ。奴らは現在陸地から一旦海上に出て、ここへ一直線に向かっている。メガルまでの到達時間は約二十分てとこだ。多国籍軍の先陣を切るアメリカ軍の到着までおおよそ一時間弱。それまでにケリをつけるぞ。沿岸から二キロの距離まで奴を引きつけ、九十六箇所に割り振ったポイントから特装車の遠距離コイルガンで順次攻撃し、奴をその場で足止めする。攻撃後は速やかに離脱して次のポイントへ移動だ。勝手にルート変えんじゃねえぞ。ダブったら即アウトだ。とにかく安全に確実にスキをつくことを心がけろ。一人のミスは全員の失敗につながる。スタンドプレイは他の奴らの足を引っ張るだけだということをよく肝に銘じとけ。あとのことは現場の判断にゆだねる。頼んだぞ、鳳さん、木場。以上!」

 マイクを置き、ふうと深く長い息を吐き出す。

「最後は竜王次第、か……」

 無人の特設スペースを見上げた。

 しぶきにちらりと目をやる。金髪の坊主頭がきらめいていた。

「ねえ、その頭……」

「似合いませんか?」

「いや……」正面の海岸線を見据える。「……俺も一度それやってみたいと思ってた」

「恐縮です」

「なんて言うの?」

「ゴールデン・ボールです」

「ゴールデン……。日本語にしない方がいいね」

「そうですか? サッカーボールにたとえてヴィクトリーを呼び込もうという願いが込められているのですが」

「あ、そうなんだ」

「ではゴールデン・エッグにします」

「ああ、そっちのがいいかも」

「日本語で言うと、金玉子になりますね」

「いや、金の玉子だろ」

「金玉子です」

「……あ、そう。どうしてもゆずれないわけだ」

「はい。ジャックと豆の木に出てきたあれにたとえて、お金持ちになりたいという願いが込められています」

「あ、そうなんだ……。そういや俺も、昔はゴールデン・キックの柊って恐れられたもんだけどな」

 桔平がエア・シュートを放つ。

「日本語で言うと金蹴りですね」

「いや、直訳にもほどがあんだろ、波野ちゃん……」

「サッカー部だったんですか?」

「うんにゃ。中高と野球部だった」

「ではやっぱり金蹴りですね」

「いや、まあ、結果的にそうなったことはあったけどさ……。ま、普通の野郎ならドン引きするところだが、この柊桔平さんはそんじょそこらのおぼこいイケメンとは一味も二味も違うからな。ビクともしねえ。そんなところも全部ひっくるめて女心をガッツリ受け止めるだけの度量がある」

「そうですか。さすがですね。男前です」

「おうよ。男前だ」

「これでイケメンだったら完璧ですね」

「……。うん……」

「……」

「……」

 場内アナウンスの乱入中、無言で見つめ合う二人。

「……」

「……」

「キンタマ!」

「ひいいっ!」

「……ゴ」

「……。今のはちょっぴりやばかった。かなりやばかった。いやいや、明らかにフェイントかけるとこ間違ってんだろ、波野ちゃん」

「恐縮です」

「なんちゅうフリーダムな……」

 ヘケケケケケケケ!

「気持ち悪! 何、その着信!」

 艶やかに笑い、頷く。「サタンローズです」

「……。……ロボ?」

「サターン、ローズー、です」

「いや、言い方は別にいいから……」

「恐縮です」

 ヘケケケケケケケ!

「……。あのさ、今日の……」

「秘密です」

「え!」

「勝負ですから」

「……あ、勝負なんだ」

「はい、勝負です」

「あそ。ふうん……」

「どこへ行かれるのですか?」

「ん?」しぶきに呼び止められ、意味ありげに笑う。「俺も勝負パンツに履きかえてくる」

「ああ」ポンと手を叩く。「わかりました。例の赤いやつですね」

「いや、そういうの俺、持ってねえから……」

「それでキンタ……」ヘケケケケケケ!「マをぎゅっと引き締めようというわけですね!」

「……。今普通に言っちゃったよね……」

「恐縮です」


 携帯電話をしまう夕季を眺め、礼也がおもしろそうに笑った。

「おまえ、そんなものが好きだったのか?」

「……」むっとした表情で礼也を見上げる。

「案外、ガキっぽいんだな」

「うるさい」じろりと睨みつけた。

「俺ゃ、てっきりおまえのことだからババンビとか言い出すんじゃねえかと思ってたぜ」

「!」くわと目を見開き、礼也を睨みつける。「誰に聞いた!」

「誰って、おまえよ……」

「わかった! あいつだ、絶対!」眉間にしわを寄せ、ギリリと奥歯を噛みしめた。「桔平めっ!」

「いや、雅だろ、普通よ……」

「……」バツが悪そうに顔をそむけ小声を出す。「自分だってメロンパンが好きなくせに」

「ああんだあ!」

 突然礼也の表情が険しくゆがむ。目をつり上げ、マシンガンのように吐き出した。

「ありゃ別格だろうが。トーナメントで言やあシードみてえなモンだっての。ここ一番って時にあれ食うと爆発的な力が湧いてくんの知らねえか!」

「知らない」

「ハンパねーぞ! マジで。さっきも食ったばかりだって。おかげでメッチャクチャみなぎってんだっての。試しにおまえもやってみな、悪いこた言わねえから」

「いい。あれあまり好きじゃないから」

「んだと! このクソガキ!」

「どっちが」

「やってらんねえわ、もうよ」壁パンチ。「ってえなっ!」

「……」横を向き、照れ臭そうに夕季がぼそりと告げる。「暇なら礼也もくれば」

「いや、やめとく」ぶすっと答え、それからにやりと口もとをつり上げた。「おまえら姉妹は凶悪だからな。二人がかりで関節キメられたらたまんねえ」

 再び不機嫌な顔になる夕季。

「……。もう二度と誘わない」

「あっはっはっ!」おもしろそうに礼也が笑った。「何わけわかんねえこと言ってんだかな、俺たちゃよ。死ぬ確率のがたけえだろ、実際」

「……かもしれない」

「おいこら、普通、こんな時に縁起悪いこと言うな、とか言うんじゃねえのか」

「……。何言ってるの、さっきから一人で」

「はあっ! つまんねえ野郎だな。てめえはもう黙ってろ!」

「……」無表情にぶすりと夕季。「みやちゃんに言えば」

「あのな。あいつがいじわるなの知ってんだろが」

「だから言った」

「てめえもたいがいだな。知ってたけどよ」

「……。ひねくれ者」

「んだと、てめえ!」

「礼也……」

「なんだ?」心配そうに自分を見つめている夕季に礼也が気づく。「わかってるって。死んでたまるか。そうそう思い通りにはならねえよ」

「礼也!」

「本気にすんなって。あっはっは!」

 気分を害し、夕季が口をへの字に曲げた。

「やっぱり折っとけばよかった……」

「え、何だって?」

「何でもない。行く」

「おう」

 ハッチを閉じる二体。

 空竜王が空高く舞い上がった。

 スクリーンを隔て、邪悪な影が次第に形を整え近づきつつある。

 全高六十メートルの異形が暗闇を従え、猛り狂う黒き海を割って礼也の視界に飛び込んできた。

 雲のごとく立ちのぼり、波を起こし、土を掘り返すように、無数のインプの群がぼこぼこと湧き上がる。その身の丈は以前にも増して高く、大きく、それぞれが竜王と同サイズか上回るものばかりだった。

 まなざしを正し、口もとをキッと結んで礼也が頷く。スクリーンに貼りつけた陵太郎の写真に目をやった。

「すぐそっち行くって……」


 竜王の格納庫に向かう光輔の前に一人の男が立ちはだかる。

 大沼透だった。

「どこへ行くつもりだ?」

 冷たい口調で大沼がたずねる。それに答えることもなく、光輔は先を急いだ。

 大沼の声が後ろから追いかけてきた。

「柊さんから止められている。君を一人で行かせるな、とな。君は何をしに行く気だ。死ぬためか。それとも自分ならばあの化け物を倒せるとでも思っているのか」

 立ち止まる光輔。振り向きもせずに大沼に告げた。

「そんな力、俺にはありませんよ」

「なら何故行く」

「夕季達の手助けをしたいだけです。何もできないかもしれない。でも少しでもみんなのために何かしたいんです」

「怖くないのか」

「怖いに決まってるでしょう。あいつらだって、きっとそうだ……」

「そうか……」重々しく頷き、表情を正した。「残念だがこのまま君を行かせるわけにはいかない」

「……」

「今トレーラーを用意させる。少しだけ待ってくれ」

 大沼が笑った。

「心配するな。俺は柊さんの言ったことを守るだけだ。君を一人で行かせるな、そう聞いただけだからな。俺と一緒に行くのなら文句あるまい……」

 海竜王のコクピットの中で精神統一を始める光輔。

 活目するや、炎を宿したまなざしで海竜王の心魂を睨みつけた。

「今から俺がおまえを従える。無理やりにでも従わせてみせる。あの化け物を倒すために。みんなを守るために……」

 海竜王の内部が眩いばかりの光につつまれた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ