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第十話 『決戦!』 6. 進軍



 全世界に激震が走った。

 人類の未知なる敵が進軍を始めたのだ。

 高層ビルをなぎ倒し、路面を切り裂き、橋を叩き折り、触れるものすべてを砕き、消し去り、低空を浮遊しながら一直線にアスモデウスが前進する。その頭上には空を覆いつくさんばかりの白インプの大群が続き、地面から無限に湧き出る黒インプの軍勢が絨毯のように波うち捲れあがり大地を席巻した。海をかすめれば白波と同化した青インプの連なりが海平線を押し上げつつ追従する。見渡す限りの空間を埋めつくした三色のコア。その妖しげな光が通り過ぎた跡には塵芥すら残さず、魔獣達の白昼の行軍は深い暗闇を伴い、見る者に恐怖と悪夢を刻みつけていった。

 対策本部では気象予報図のような進行予想シミュレーションがただちに作成され、わずかでもその可能性が憂慮された地域には速やかに避難勧告が発令された。

 山凌市も例外ではなかった。

 公の発表こそ控えられたものの、その進路はほぼ確定されていた。山凌市、さらに細かく計算すれば、メガルを目標とするものと。

 否、メガルこそが彼らの敵と特定されたのだと。

 山凌学園高校の地下には約二万人の人間が収容できるシェルターがあった。メガルの要請で作られたものである。同様に市内の各所に小中規模の地下避難所が設置されていた。

 夕季の前でのん気な会話を続けていた生徒らも、先を争うようにその場所にすべり込む。

 だが今度ばかりは、それすらも安全とは言えなかった。

 到達まで約三時間。同時にそれが人類に残された最後の時間だということを理解できた人間は今はまだいない。


 基地内の更衣室でダークレッドのバトルスーツに着替え、礼也が竜王の格納庫へ向かう。

 辺りには他の人影は見あたらなかった。

 胸のポケットから一枚の写真を取り出し眺める。

 陵太郎や雅と一緒に撮ったもの。礼也のお守りだった。

 写真の中の陵太郎に語りかける。

「待っててくれってのも今さら虫がよすぎんだろ……」自嘲気味に笑った。「ま、いいけどよ。一人のが気楽だって……。うっし!」

 覚悟を決め礼也が歩き出す。

「!」

 通路の奥に見知った姿があった。

 夕季だった。

 夕季はすでに白色のバトルスーツを着込み、何か想いふけるように壁にもたれかかっていた。礼也の顔を認めるや、そっぽを向く。

「てめえ、何やってんだ、こんなところで」ぶっきらぼうに吐き捨てる。

 夕季がかすかに眉を動かした。

「……別に」

「ったくよ。無理してついて来んなって」

「ついて行くわけじゃない。勝手に行くだけ」夕季もぶっきらぼうに返した。「礼也とは絶対に一緒に行かない。絶対別々……」

「絶対って何だ、絶対ってなぁよ!」

「うるさい……」

 夕季を見下ろし、鼻で笑ってみせる礼也。

「へっ、別にあんたのためについてくんじゃないからね、ってか」

「……」切なそうに礼也を見上げた。「バカなの?」

「はあああっ! ふざけんな、てめえ!」

「……うるさい」

 礼也がふっと表情を和らげる。

「素直じゃねえな、おまえも」

「……。礼也に言われたくない」

「わかってるって、んなこたあ」

 二人が並んで歩き出した。


 病室で光輔が振り返る。

 穏やかに見つめる雅の姿があった。

「雅……」

 すでに外出着をまとい、光輔は部屋を出る直前だった。

「用意できた?」

「……」

「他の人達、もうほとんど避難しちゃったよ」

「……ん、ああ」

「ニュース、観た?」

「……うん」

「そっか」悲しそうに目を伏せ、笑う。「……やっぱり行くんだよね」

 光輔が頷く。

「ねえ」瞳がなくなるほどの笑みを作り、ほがらかな口調で雅が問いかける。「もし光ちゃんが行かなかったら、この世界はなくなっちゃうのかな」

 眉一つ揺らすことなく、光輔は雅の顔を真っ直ぐに見つめ返した。

「きっと何も変わらないと思う。今までどおり、困る人と何も関係なくすごしていく人達にわかれるだけで。でもひょっとしたら夕季や礼也がいなくなるかもしれない。しぃちゃんも桔平さんも木場さんも、俺が知っている人達がみんないなくなるかもしれない。雅も。だったら、そんな世界なら俺はいらない。おまえと同じだよ。俺にとってみんなの命は何よりも大切だから」

「そっか……」

 雅がふっと笑った。じわりと涙を滲ませる。

「わかってたけどね。何だか光ちゃん、あたしよりお兄ちゃんの血が濃いみたい。光ちゃんだけじゃなくて、礼也君も夕季もしぃちゃんも、ひかるちゃんも……」

 口には出さないものの常に雅が孤独を感じていたことは、光輔にもひしひしと伝わってきた。

「いつもそうだったんだ。あたしだけ、みんなと違うなって思ってた……」

「そんなことない」

 光輔の声にはっとなる雅。

 光輔の顔にはすでに迷いはなかった。何をすべきかを知り、誰を守るのかをはっきりと心に刻みつけていた。

「俺、ちゃんとわかってるから、雅のこと。みんなだってきっとそうだ。きっとわかってる……」

 雅が嬉しそうに笑った。

「頑張ってね」

 頷く光輔。

「光ちゃん、花火大会あさってだからね。あたし浴衣出したんだ。だから、必ず帰ってきてね……」


 夕季と礼也が足を止める。

 格納庫の前でメック・トルーパーのメンバーが勢ぞろいしていた。

 口火を切ったのは鳳だった。

「遅いぞ、おまえら。いつまで待たせる気だ!」

 呆然となる二人。

 駒田と南沢がつないだ。

「夕季、絶対に帰って来いよ」

「おまえがいなくなると鳳さんが実の娘を失うより悲しむからな」

 厳しい顔つきで二人を睨みつける鳳。口の両端を泡で一杯にしながらぶちまけた。

「同じだ。悦子と夕季は顔も形もうり二つだ! どっちが上だとか決められるわけがないだろう」

「おまえの体重八十キロもあるのか?」

 駒田を見据えたまま、夕季がぶんぶんと首を振った。

「礼也」

 礼也が顔を向ける。

 木場の真剣なまなざしがあった。

「きっとこれが最後の戦いになるだろう。メックもエスも総力戦だ。行くな、とは言えん。だが身の危険を感じたら迷わずに離脱しろ。我々が必ずおまえ達を生かす」

「今さら何言ってんだって」

「む!……」

「俺達が逃げる時はメガルが消滅する時だろ。だったら逃げたって意味ねえし」

「それでも俺達はおまえらを逃がす!」

 鳳の声に振り返る礼也と木場。

「明日全員死のうが、地球がなくなろうが、今日はおまえらを逃がす! それが俺達の意地だ!」

「どんな意地だ、そりゃ……」

 あきれたように礼也が笑う。

 木場も同じように笑った。

「わからん。とにかく今日はそうする」

「おまえらガキが俺達より先に死ぬのは許さん。一日でも多く生きろ。その後は知らん。好きにしろ」

「おっさんキャラ変わったよな」いわく駒田。

「すでに酔っ払ってんじゃないか」いわく南沢。

 鳳が二人を睨みつけた。

「おまえらは俺より先に死ね!」

「死ねって何だ! 命令なのか!」

「そんな命令聞くか! 俺にはかわいい子供がいる! それに口やかましい奥さんもいる!」

「知ったことか! 俺達はアーミーマーだ!」

「知らねえって。ふざけんな、オッサン」

「何だよ、アーミーマーって」

「なんだ、知りてえのか、おまえら」

「いや、別に知りたくねえし」

「どうせ昭和のギャグかなんかだろ」

「黙って聞け! いいか、アーミーマーってのはなあ……」

 夕季の耳がピクリと反応する。

「おい、アメマーの……」

「バカ野郎! アメマーじゃねえ、木場!」

 これから死地へ向かおうとする集団であるはずなのに、悲壮感はまるで感じられなかった。弛緩ではない。己が運命をしっかりと受け止め、一歩でも前進しようとする姿勢がそうさせたのだ。

 桔平はずっとその様子を陰から見守っていた。

 それぞれのうちに秘めた決意に気づき眉を寄せる。

 つかつかと歩み寄り、笑顔で出迎える面々の一人一人と目を合わせた。

「てめえら、一人も死ぬんじゃねえぞ。死んだら俺が半殺しの目にあわせるからな。それと死ぬまでねちねち悪口攻撃だ」

 通路をちらと気にし、振り返ることなく桔平はその場から去って行った。

 南沢に顔を向ける駒田。

「……今のつっこんだ方がよかったのか?」

「……なんか中途半端すぎて正解がわからなかったな。キレがなかったってのか」

「んじゃ、いつもどおりだな……」

「そうだな。いつもどおりだ……」

「あいつがこんな祭りごとに参加しないなんておかしいな」鳳がいぶかしげに眉を寄せる。「腹でもこわしたのか?」

「変わってしまったのかな、お偉いさんになって」

 南沢の何気ない呟きに反応したのは木場だった。

「そんなわけあるか。あいつはどんな華やかな場所にいても、堂々と胸を張って雑草でいられる男だ」厳しい表情でその背中を見送り続ける。少しだけ口もとをゆるめた。「また何か悪いことでもたくらんでいるんだろう……」


 雅は一人、静まり返った病院の待合室にいた。

 表情を曇らせ携帯電話に語りかける。

「桔平さん。……雅です。……うん、私にも協力させてほしいの。うん、わかってる……」

 そのまなざしは、窓の外、遠く空の彼方へと導かれていた。






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