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第十話 『決戦!』 5. 決意



 夕季は教室の窓際の席で同級生達の他愛のない会話に耳を傾けていた。

「それってメモリ足りないんじゃないか?」

「メモリ? それで処理が速くなるのか?」

「ああ、たぶんな」

「いくらくらいするの」

「三、四千円くらいで買えると思うよ。明日買いに行く? 着いてってやろうか」

「今、金ないんだよな。今度小遣い入ってからにするか……」

 夕季が空を見上げる。澄み渡る青空が彼方で海と融けあっていた。

 明日から夏休みだというのに一向に心は晴れなかった。

「アスモデウスのせいで物価上がったら値上がりするかもよ」

「げげ、マジか? アスモデウスうぜえな」

「うぜえよな。昨日ビデオ予約してたのに、夜中に急に特番入りやがってさ。ショックだよ。あのアニメ、コンプ中だったのに」

「一週遅らせてやるんじゃねえ?」

「だといいけどさ。時間ずらしてこっそりやられたらたまんないって。例の文化祭のとこだぜ」

「ありがちだな。どっちみち地震速報とか台風とか平気で乱入してくるしな」

「あれも勘弁してくれ!」

「あのチャンネルだったら大丈夫なのにな」

「アニメ全部あそこに引っ越せって」

 夕季が彼らに顔を向ける。どこにでもいる十六歳の少年が二人、楽しそうに会話を交わしていた。

 彼らの脳内のアスモデウスは単なるテレビの中の事象にすぎなかった。ついこの間までほぼ同じ脅威に追われ逃げ惑っていたというのに、自分達に関係ないと知ればよその国の戦争のように感じているのだろう。ましてやこの世が滅びるかもしれないという憂慮などは、微塵もうかがえなかった。明日があるという保証すらないのに。

 政府から用無し認定されたとはいえ、今こうして普通に学校に来ているのも夕季は妙な感じだった。

「明日から夏休みだしさ。今度一緒にアキバとかおダイバとか行ってみないか?」

「お、いいねえ。でもさ、アスモデウスが片づかないと正直ヤバイだろ。ものっそ近所みたいだし。てか、駅とかなくなっちゃって、行く手段ないじゃんか」

「だよな。迷惑な話だ。夏休み中になんとかならないかな」

「無理ぽいだろ」

「無理ぽいか、やっぱ」

「そう言えばさ、あのロボットってさ、乗ってるのって、やっぱ自衛隊かな」

 何気ない一言に夕季の心が呼び戻される。

 黙って二人に注目した。

「昨日の特番?」

「うん。画像ガビガビだったし少ししか映ってなかったけどさ、あれじゃ駄目だろ」

「アメリカ軍かもしれないぜ」

「無人かもな」

「どうだろな。サイズからしたらそんな感じだよな。十メートルくらいか?」

「もっとないだろ。細いから機械詰め込んだら人乗るとこない感じだな。パワード・スーツにしちゃデカいような」

「遠隔操作だからあんな無茶苦茶できるのかもな。実際乗ってたら怖くてあんな突っ込めないって」

「いかにもアメリカ軍のオッサンぽいよな」

「たぶんな」

「じゃあさ、案外日本のカリスマゲーマーが操縦した方がうまかったりしてな」

「それ俺も考えた。パターンとかいろいろ知ってそうだし」

「なんか単調なんだよな。あれじゃ、やられるって。モンスター、スキだらけなのに」

「しょうがねえじゃん。アメリカ人おおざっぱなんだから」

「いや、あっちのゲーマーって、シャレにならないらしいぞ」

「何にしても、もっと研究しろっての」

「やり込みが足りないって」

「おい……」

 夕季が見ているのに気づき、二人が目をそらせる。

 こそこそと小声で続けた。

「なんでこっち睨んでんの」

「ヒマなんだろ。誰もかまってくれないから」

「なんで相手にされないかわかんないのかな」

「空気読めないからだろ。浮いてるのわかってないよ、絶対」

「絶対だな。なんか俺ら見下されてる感じだし」

「無意識だと痛いな」

「痛いな」

 ため息をもらし、夕季がまた空を見上げる。遠くに入道雲が見えた。

「古閑さん」

 同級生に名前を呼ばれ、夕季が振り向く。

 その女生徒は遠慮がちに様子をうかがいながら夕季に告げた。

「あの人が用があるって」

 指さす方角に目をやる。

 篠原みずきの顔が見えた。

「何?」

 みずきに近寄って行く夕季。無言の圧力にみずきが一歩退いた。やがて意を決したように切り出す。

「穂村君のこと知らない? ずっと学校休んでるの。何だか最近休みがちだったし、下宿先に電話してもいないって言うだけだし……」

 じっとみずきの顔を眺める夕季。

「……。さあ」

 みずきが目を伏せた。

「そう……」はああ、と息を吐き出すみずき。ツーテールの先端が力なく垂れ下がった。「古閑さん、穂村君と仲良さそうだから知ってるかなって思って……。ありがとう……」

 背中を向けたみずきを夕季が呼び止めた。

「ねえ」

 期待もせずに振り返るみずき。

「光輔、今、体調崩して入院してる」

「! ほんとに?」

 夕季が頷いた。

「わけありであまり大ごとにしたくないみたいだから、他の人には言わないで」

 こくんと頷くみずき。

「……。今日、一緒に行く?」

「いいの?」

「うん。じゃ、病院で待ち合わせして」

「うん」嬉しそうに笑った。


 桐嶋楓は目の前に差し出された五千円札を見て目を丸くした。

「それ、どういうこと、加藤君」

 バツが悪そうに笑みを浮かべる同級生。媚びるような調子でそれを告げた。

「だから、これ霧崎君に返しておいてほしいんだ。ラケットの代金、先生が霧崎君から預かってたみたいでさ」

「……」

「霧崎君からこれ受け取ったの、桐嶋さんだろ。俺頼んでないよね? だから頼むよ」

 あきれたように加藤を眺める楓。ふと切なそうに眉を揺らした。

 階段を上っていく楓。その途中で何人もの生徒達とすれ違う。ある者は逃げるように、またある者達は後ろを振り返りながらこそこそと何ごとかを囁き合っていた。

 屋上への扉を開く楓。

 清掃時間なのにそこには誰もいなかった。一人の生徒を除いては。

 うん、と自分に言い聞かせ、楓が近づいて行く。

「霧崎君」

 それに答えることなく、礼也は空を見続けていた。どっかりと腰を下ろし壁にもたれかかる。

 気を取り直して楓が要件を進めようとした。

「これ、返すから」

 加藤から受け取った五千円札を礼也の目の前に突き出す。

「池田先生が加藤君にお金を渡し忘れていたらしいの。だから、これ返します」

「……なんだそりゃ」

「……。疑ってごめんなさい。悪かったと思っているから」

「なんで加藤が来ないんだよ」

 ぼそりと礼也が呟く。

 口もとを結び、楓がぎゅっと拳を握りしめた。

「……勝手なことをしたのは私だから。加藤君に頼まれたわけでもないし」

「そうか……」気のない返事を繰り返した。「ま、いいけどよ、どうでも……」

「……」持っていた紙袋の中に札を入れ、礼也のそばに置く。「じゃあ、そういうことで」

「おい」

 逃げるように立ち去ろうとしたところを礼也に呼びかけられ、足を止める楓。

「……何」

「なんで、俺にカラんできやがんだって」

「……。別にからんでいるわけじゃない。私は生徒会長として少しでも学校の雰囲気をよくしようと努めているだけです」

「ほんとはいなくなればいいと思ってるのにな」

「……。そんなこと、思って……、あ……」かつて礼也に口走った己のセリフが鮮明に蘇る。「……ごめんなさい」

「なんで謝んだ」

「……ひどいこと言ったから」

「なんか言われたっけか。覚えてねえって」

「……」

「おまえ、いい加減にしとけって」

「……。何が」

「そういうガラでもねえくせによ」

「何……」

 ふいをつかれたようにドキッとなる楓。心臓の鼓動が高まっていた。

 それさえ知らず、礼也は静かなトーンで続けた。

「あんなの予測できねえって。ビックリすんじゃねえか。普通おまえみたいなのはシマシマとかが妥当なんじゃねえのか? ま、正直結構似合ってたのが一番不本意なわけだがよ」

 それが下着のことだと気づき赤面する楓。キッとなって振り返った。

「最低! 謝って損した!」

 捨てゼリフを残し楓が駆け去って行く。

 ふう、と深く息を吐き出す礼也。自分に言い聞かせるように呟いた。

「わかってるって、んなこた……」

 楓が置いていった袋に目をやる。フレールと書かれたパン屋のものだった。ごそごそと中をさばくるとメロンパンを一つ取り出し、パクリと食いついた。

「……。うめーじゃねえか……」

 その時、校内に緊急放送が響き渡った。





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