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第十話 『決戦!』 1. 安堵の中で



 病院のエレベーターから神妙な顔つきで桔平が現れる。

 足を止めた病室のプレートには穂村光輔の名が見て取れた。

 対面の壁に身を預けるようにもたれかかる夕季の姿に目線を向け、安堵の表情で桔平が、ふっと笑いかけた。

「息止まってたんだってな。ビビッたろ」

 ゆっくりと夕季が顔を上げる。疲れ果て生気のないまなざしで恨めしそうに桔平を眺めた。

「おまえが心肺蘇生しなかったら、ガチでヤバかったってよ。竜王にもAEDくらい積んどいた方がいいかもしんねえな。冷蔵庫やテレビも大事かもしんねえが。おまえらの命の方がもっと大事だ。よく頑張ったな、夕季」

 ふいに口もとをゆがませる夕季。込み上げる想いに押され、涙がじわりと滲み出した。

「どうした。おまえみたいな肝っ玉でも、知ってる奴が目の前で死ぬのは怖いか?」

「……怖いに決まってるじゃない」

「そうか……」

 桔平が夕季の頭をガシガシと撫でた。


 ノックの音に凪野守人は目線だけを向けた。

「開いている。入れ」

 ドアを開け、薄笑みを浮かべたあさみが入室する。

 厳しい表情を変えずに受け入れる凪野に対し、まるで臆することもなく、あさみは極めて事務的にそれを切り出した。

「今回の作戦について報告に来ました」

「それならば必要ない」かたわらの報告書に目をやった。「もうすべてわかっている」

「現場からの声が何より重要なのではありませんか?」

 もっともらしいあさみの言葉に凪野が顔をそむける。

「やる前からすでにわかっていたことを何故報告する必要がある」

「聞き捨てならない言葉ですね」じろりと見やる。「命懸けで戦っている彼らが聞いたらどう思うでしょうか」

 深く息を吐き出す凪野。

 わずかに眉をうごめかせ、あさみは淡々とつないでいった。

「米国の提唱で多国籍軍が編成されることが決定しました。一週間後には世界中から軍隊が押し寄せ、関東は彼らに踏み荒らされることになるでしょう。それを許せば日本は日本でなくなる。でも仕方がないことなのですね」

「……」

「もう一つ懸念があります。私達の手で解決できることですが」

「……何だ」

「プログラムが何故日本だけを標的にするのかを疑問視する声が世界中であがっています。憶測にすぎませんが、我々が彼らに何かをしたのではないか、と」

「竜王のせいでこの国が危機に陥ったとでも言いたいのか」

 凪野の目を見据えながらあさみが頷く。

「今さらどうにもならないのでしょうが、わざわざ彼らに付け入る余地を与えてしまったようなものです」

「……」

「今後メガルがこの追及からまぬがれることはないでしょう。たとえ彼らの作戦が失敗したとしても」

「……」

「お聞きにならないのですね」

「……あれのことは君に任せたはずだ」

「ええ、存じております。私の真意を知りながら博士がそれをゆだねられたことも」

「……」

「あらためて申し上げておきます。何があろうと、私はあれの封印を解くつもりは毛頭ありません」口もとから笑みが消え失せ、冷淡なまなざしで凪野を睨みつける。「あれは世界を滅ぼす。私は断固それを阻止するつもりです。それでもよろしいのですね」

「ああ」重々しく頷いた。「かまわん……」

 凪野が顔をそむける。

 激しい憎悪をぶつけ続けるあさみから逃げ出すように。


 光輔の病室に入って行く桔平と夕季を雅が出迎えた。

「夕季……」涙を浮かべ笑いかける。「ありがとう、光ちゃんを助けてくれて……」

「そんな……」バツが悪そうに顎を引く夕季。「助けられたのはあたしの方だから。光輔が来てくれなかったら、きっと……」

「辛気くせえツラしてんな!」

 桔平がバンと夕季の背中を叩く。尻込みする夕季を引っ張ってきたのは桔平だった。

「いいじゃねえか、どっちも助かったんだから。力の入れすぎで肋骨折っちまったんだからチャラだろ。肺に刺さってたらトドメ刺してたとこだったけどな」

「……」

「そうだね。ちゃらだよ」指で涙をぬぐい、嬉しそうに雅が笑う。「そうだよ。骨折るくらいの勢いで頑張ってくれたってことだもんね」

「……」

「光輔、命の恩人連れてきてやったぞ」

 桔平の声に目線だけを向ける光輔。

「ああ、ありがと、夕季。助かったよ……」起伏のない声。「やっぱりおまえすごいよ。何でもできちゃうんだな。俺なんかとは大違いだ」

「……。必死だっただけ……」

「必死んなってあばら骨何本も折られちゃありがた迷惑だけどな、がっはっは!」桔平が夕季の背中をバンバンと叩く。「隙見せりゃすぐ骨折ろうとしやがって、まったく気が抜けねえ。ポキポキポキポキ折られる方はたまったもんじゃねえぞ。ま、おまえも善意で必死こいてやってんのに、恨まれちゃ割に合わねえだろうけどな。これがほんとの骨折り損のくたびれもうけってやつか。な、夕季」

「……うるさい」

「……」光輔が想いをめぐらせる。「礼也は?」

「あいつなら自力で脱出した。たいした野郎だ」

「そうか。よかった……」

「アスモデウスもあのまま何もしないで居座り続けてやがる。多国籍軍がどうたらこうたら言ってやがったが、そんなもんじゃ奴を倒せやしねえ。最後は俺達に泣きついてくるはずだ」

「……」

「早くよくなれよ、光輔。おまえがいなきゃ始まんねえ。しっかり静養して、またリベンジだ」

「だって日本のアメマーだもんね」

「いや、アメマーじゃねえぞ、みっちゃん。あーみーまーだ」

「どういう意味?」

「……」夕季の耳がピクリと反応する。

「何だよ、みっちゃんも知んねえのか。あのな……」

「桔平さん」

 光輔の呼びかけにさえぎられ桔平が顔を向けた。

「んあ?」

 桔平から顔をそむけ、光輔が力のない声を絞り出した。

「俺、海竜王から降りようと思っています……」


 広大な部屋の入り口でその長身の男、火刈聖宜は直立の姿勢で微動だにしなかった。

 大窓から射し込む光の加減で、重厚な黒檀の机を隔てて椅子に座る男の表情がよく見えない。両脇には秘書と屈強なSPの姿が数名見てとれた。

 やがてちらと目線だけをくれ、男がぞんざいに告げる。

「わかっているな、火刈。我々の目的はあくまでもメガルの孤立化だ。そのためなら多少の犠牲はいとわない」

「多少、ですか」

 表情も変えずに火刈が合いの手を入れる。

「そうだ。周辺諸国とは常に優位な立場で外交を進めつつ、支援を仰ぎ機をうかがう。そのためならばたとえ非合法であれ、核を持ち込むことも許容範囲内だ。ただし、あくまでも国民の納得をえられる形でだがな」

「メガルさえコントロールできれば、すべてが我々の手中ということになりますからな。世界中がこの国の方角を向くことになる」

「そうだ。それでこの国は安泰だ」

「国が、ですか。それとも」眩しさにわずかに目を細める。

「どういう意味だ」

 男の顔つきに変化が浮き上がる。

 不快そうに睨みをきかせる男に対し、火刈もこの部屋に入ってから初めて表情を和らげてみせた。

「いえ、他意はありません」

「……」

 畏怖するように注目し続ける男達に不敵に笑いかけながら、火刈は眩い陽射しをさえぎろうと手を伸ばした。

「むしろこの国を正しい方向に導くためには、今が絶好の機会と言えるでしょう」

 まるで光をつかもうとせんばかりに。






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