第九話 『絶叫』 10. 正義の味方
それは時代を逆行するかのような光景だった。
かつて大空襲があったその地で、再び狂気の炎が街を焼きつくす。
人類自らが招いた過去の愚かな戦争をあざ笑うかのごとくに。
アスモデウスの一撃は都心に大ダメージをもたらした。そして在日米軍の集中砲火はその被害をさらに拡大させていく。
円周の核となる地点で無傷で居座り続ける標的の手をわずらわせることもなく。
「奴ら、何がしたいんだ」大型輸送ヘリ内の臨時司令室で悪態をつく桔平。「これじゃどっちがプログラムだかわかったもんじゃねえ」
アスモデウスの攻撃は一度きりで、それ以降はまるで動く気配もない。
その後の被害は、すべて人類の叡智である近代兵器がもたらしたものだった。
「桔平……」
木場に呼ばれ、桔平がディスプレイに目をやる。
アスモデウスが再び叫び声をあげるところだった。
二度目の攻撃のために。
凶悪なる光の放射がアスモデウスを中心に膨れるように広がる。
光の輪は一度目よりもさらに激しい輝きをともなってめくれ上がり、地上部隊だけでなく数十機もの軍用機を瞬時に消滅させていった。
残ったのは、焼け焦げた瓦礫を積み上げた廃墟だけだった。
「これ以上近寄れば俺達も彼らの二の舞になる」
「わかった」無線機を手に取り、全作戦機へ司令を送る桔平。「各機現地点でホバリングを維持。五分後に竜王を投下の後、その場で待機だ。いつでも竜王を回収できるよう各自準備を怠るな」
回線を切り、ふんと息をついた。
「どのみちこんな鈍足じゃ、あの攻撃からは逃げられねえだろうがな……」
「国防省からの通信を傍受しました。米軍はすでに撤退を始めています」
「結局街を焼き払っただけか……」通信係からの報告を受け、目を細め、深く長い憤りを吐き出した。「うっぷんたまってただろうから、それでも喜ぶ輩はいそうだがな」
「不謹慎だぞ。何千という命が失われているのに」
木場にたしなめられ桔平が目線を落とす。
「不謹慎、だよな……。みんな死んじまうかもしれないってのによ」
「……」
「わけもわからず死んでいくのはいつも俺達手駒だ。わかってる奴らは何の危険もない場所でぱぱっと反省会やって、その後ゴルフに行く相談だからな。奴らは失うことなんて怖れちゃいない。自分以外の選択肢は無限だと思ってやがるからな。自分さえ残りゃ何とかなる。自分さえ無事ならいい。これで駄目なら、次の手、次の手だ。ま、ここまできちまったらそんな悠長なこた、してらんねえだろうがな。今ごろ尻に火がついたお偉方は自分の保身で手一杯だろうよ」
「……それを今言ったところで何になる」
「別に。やっと、願いがかなったってのに、案外テンション上がんねえもんだなって思ってよ」
「おい、何を……」
木場へ振り返り、桔平は自嘲気味につないでいった。
「ガキのころからひそかに憧れだったわけだ、地球防衛軍ってやつによ。全人類の希望と願いを背負って、一丸となった正義の心が悪の宇宙人や侵略者に立ち向かうんだぜ。そりゃカッチョいいわな。だが実際はどうだ。こんな世の中だ、たてまえと必要悪さえありゃ地球は勝手に回ってく。奇麗ごとは一切役に立たねえ。それどころか、正義がどうの吠えてる奴は、いかれポンチだと思われて相手にもされねえ。言ってる自分がかなりイテえのもわかる。ま、人間が想像できるモンなんざ、わからねえ時が一番奇麗だってことなんだろうな。おまえみたいな怪獣役オンリーの奴にはわかんねえだろうが」
「だったら俺達がそれを守っていけばいいだけのことだろう」
「ああ!」不快そうに眉をゆがめる。「きたねえツラで恥ずかしげもなくぬかしやがって。恥ずかしすぎて聞いててヘドが出そうだ」
「……。おまえが必要悪なのはわかっているが、もう少したてまえを大事にできんのか」
「誰が必要悪だ! 誰が!」
「おまえしかおらんだろ」
「どこがだ! どこを切っても正義の味方やっちゅうねん! おい、キンタロー飴か、俺は! ほうらポッキン! いい加減にしとけ! ボケ、カス!」
「……。そんな鼻毛の出た正義の味方を俺は知らんぞ」
「ちょっ、待て! タンマだ!」
「何がだ……」何気なく振り返った木場の顔が青ざめる。「こんなところで抜くな、汚いだろ!」
「きたねえのはおまえのツラだ! 我慢しろ! 整形しろ!」
「いい加減にしろ! こら! その手で俺に触るな!」
「つれねえこと言うなって。そのツラで潔癖症はイテえぞ、実際」
「殺すぞ!」
「いや、殺すな、鼻毛くれえで……」
『桔平さん』
夕季からの呼び出しに応じる桔平。
基本的に無線連絡はオープンチャンネル方式で行われるが、作戦中はオビディエンサーの気を散らさないためと外部からの傍受を警戒して、必要な時以外は切断することとなっていた。空竜王からのそれは、マスター回線とは別に存在する個別回線が選択されていた。
「夕季、わかってるな」
『……うん』
「やばいと思ったらすぐに引き返して来い。いつでも礼也と接触できる位置にいろよ」
『わかってる』
「海竜王はここで降ろす。あいつが戦闘領域に入る前に全部見極めろ。おまえならできるはずだ」
『……。桔平さん』
神妙な様子で夕季が切り出す。
「何だ」
『光輔のこと、ありがとう』
「おまえなあ」あきれたように嘆息する。「こういう状況でそういうこと言ってんじゃねえよ。ビックリすんだろうが。鳳さんも言ってたぞ。タマが縮み上がるくらいビビッたって」
『……ごめん』
「だから、なんでこんな時ばっか素直なんだって、おまえは。普段はとってもクソ生意気なのになあ! むしろ常にそうあることを心がけろ」
『……』
「わかった、わかった。言い過ぎた。俺が悪かった。ケーキでも何でもおごってやるから、無線で黙るのはやめてくれ。俺のデリケートな心臓がもたねえ。そのかわりこないだの店だからな」ぼさぼさの髪をガシガシとかきまくる。「くそっ、給料前だってのに、妖怪アンテナがちっとも役に立たねえ……」
『何?』
「何でもねえ! そのうち必ずカメラ取り付けてやるからな! 覚悟しとけ!」
『……いいけど』
「いいか、クソ生意気でもなんでもいいから、絶対死ぬんじゃねえぞ」
『わかった』
桔平がふっと笑った。
『……。ねえ』
「んあ?」
『……あーみーまーってどういう意味?』
「やかましい!」
『……』
「無事帰って来たら教えてやる! 覚悟しとけ!」
『……わかった』
無線を切り、桔平が、ふう、と一息つく。
「……」心配げに桔平を見守る木場。目を細め、うかがうように口を開いた。「おい、アメマーのことじゃ……」
「アメマーじゃねえ! ボケ、カス、ハゲ!」
「……。おまえは根っからの悪党だな」
「どこがだ! そのきたねえツラで偉そうにぬかすことを心から申し訳ねえと思え! マジで!」
「マジで……」
窓の外から大地を見渡し、桔平が表情を正した。
「死ぬんじゃねえぞ、クソガキども……」