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第九話 『絶叫』 9. 業火

 


「ついに来やがったか……」

 作戦準備でごった返すメガル基地内の片隅で、ディスプレイを凝視しつつ、桔平が辟易したように声を押し出す。

 画面の中にはこれまで対峙してきたサイズの倍以上はありそうなアスモデウスが、新東京総合駅の正面に鎮座していた。

 石像状態の個体とは違い、毒々しい色彩を帯び、両眼を一定の間隔で光らせる。動く気配がないのがかえって不気味だった。その上空をゆるやかに旋回し続ける小型のアスモデウス達もまた、その目を爛々と輝かせていた。

 遠巻きに距離を保ちながら監視を続ける国防省のヘリコプターや航空機。すでに付近住民の避難は完了し、四方を戦闘車両が包囲しつつあった。

「桔平さん!」

 礼也の声に桔平が振り返る。

 礼也を先頭に夕季、光輔が駆けつけるところだった。

「どうなってんだよ」

「……」苦虫を噛み潰したような表情を礼也へ向ける。「ガイア・カウンターがとんでもねえ勢いで反応し続けている。どうやらこいつが、ホンモノ中のホンモノらしい」

「本物って……」怪訝そうに眉をうごめかせる礼也。「俺らが戦ってきたモンは何だったんだ」

「斥候みたいなモンだろうな。様子を探るついでに軽くつついてみたくらいのモンだろうよ」

「マジかって……」

「残念ながらな」重々しく頷き、憤りを吐き出す。「ついさっき半径十キロ以内の住民の避難が終了したところだ。よりにもよってあんな場所狙い撃ちしてきやがって。一日五十万近くの人間が出入りし、しかも国家の中枢機関がごっそり集まってる場所だ。これじゃ首都機能がストップしたのも同然だな。本部が入手した情報によると、二時間後に一斉攻撃を始めるそうだ」

「俺達を差し置いてか」

「在日米軍がイニシアチブを買って出やがった。それまで静観してきたくせにな。これをきっかけに政府とメガルに食い込んでくる腹だろう」

「俺達は?」

「黙って見てろってことだ。無論そんなつもりはない。奴らの作戦が通用しなければ、すぐにこっちで手を切り替える。とは言え、それだけの規模の軍隊が通用しない相手だとしたら、メックやエスでどうこうなるとも思えん。負担はすべておまえらにかかってくるぞ」

「んなの、わかってるって」

 礼也の後ろで光輔も頷いた。それをじっと眺める桔平。

「これだけの数だ。正直どう手を打ったらいいのかわからん。メックにしてもバックアップにもならないだろうな。奴が向いている方角、わかるか?」

 一泊置き、夕季が呟く。「……メガル」

 夕季の目を見据え、桔平が頷いた。

「俺達がもっと早く対応していればよかったんだよな」

「いや、それは違う」

 礼也のためらいを平然と受け止める桔平。

「ずっと奴に試されていたんだ。俺達の力を見極めるためにな。ここですべてを見切って、ついに腰を上げたってところだろう。黙って最後まで討たせてくれたとは到底思えないからな。仮に何もしなかったとしても、おそらく結果は同じだったろう。世間じゃ俺達が突っついたせいだとバッシングしてくる輩もいるようだがな」

「桔平、ヘリの準備は完了だ」

「おう」木場へ振り返り、桔平が表情を引き締める。「出撃は二時間後だ。おっさん達にも伝えておいてくれ。気合入れていくぞ」

「了解した」

 それから桔平は、青白く覇気のない光輔の顔を眺めた。

「光輔、おまえは残れ」

「!」

「今度ばかりはシャレにならん。そんな状態じゃ一瞬でやられちまう」

「そんな、俺……」

「光輔は連れて行く」

 光輔を差し置いて礼也が前に出る。厳しいまなざしを桔平にぶつけた。

「礼也!」

「こいつの力が必要なんだ」夕季の声をさえぎり、続ける。「俺達が勝つためには」

「駄目だ」桔平が平坦に告げた。「今のこいつじゃおまえらの足手まといにしかならねえ。だったら行かない方がいい」

「そんなこと承知の上だって。それでもいないよりはましだ」

「礼也!」夕季が礼也の肩をつかむ。目をつり上げて噛みついた。「自分が何を言っているのかわかってるの! 光輔に死ねって言っているの! 礼也だって光輔に助けられたじゃない! それなのによくそんなこと言える!」

「だから何だ」冷淡なまなざしで夕季を見据え返す。「何度助けられたって、肝心な時に役に立たなければ同じことだ。ここでもし俺達が死んだなら、ただそれが先送りにされただけだろうが。それでもありがたがって涙を流せって言うのか」

「……」

「やめろよ、二人とも」

 一触即発の二人に割って入る光輔。へつらうような笑みを浮かべ、何とかその場を収めようとした。

「いいよ、俺本当に大丈夫だから。礼也が言ってることが正しいよ。今まで頑張ってきたのに、ここでやらなかったら全部おじゃんだもんな。俺が行かなかったせいでおまえらまでやられたら、どのみちこの世界はここまでってことだし。だったらやらなくちゃ」

「でも、光輔!」

「夕季、ありがと。わかってるから、だから……」

「……」

 不機嫌そうに夕季の手を払いのける礼也。

 口をへの字に曲げ、夕季も顔をそむけた。

 心配そうにそれを眺める光輔。

「やめろ、やめろ、バラバラじゃねえか、おまえら」

 桔平の声に振り返る三人。

「これからおっぱじめようってのに、何だその無様ないがみ合いは。はなから負けフラグ立ってんじゃねえか。そんなんじゃ全員死んじまうぞ。だったらやめちまえ、いっそ」

「いいのかよ、やめちまっても」

 凶悪な礼也のそれを上回る眼光で、桔平が一歩前へ出る。

「かまわねえさ。どうせ死ぬんだろ。だったらもっと気持ちよく死んでくれる奴らに命を託したいもんだ。メックもエスもこれで終わりだ。メガルもな。だがおまえらのせいじゃない。どうせ行っても行かなくても結果は同じなんだからな。もっともこの世界がなくなっちまえば、責めたくても誰もそれを責められないだろうがな」

 睨み合う二人を止める術を光輔も夕季ももたなかった。その声が聞こえるまでは。

「桔平……」

 放心したような木場の声に全員が振り返る。

 ディスプレイの中心で巨大アスモデウスが動き出そうとしていた。口を開け、不気味な咆哮を響かせる。耳を覆いたくなるような不快な叫びだった。やがて周囲を旋回し続けていたアスモデウス達が、一体、また一体と巨大アスモデウスの中に吸い込まれ、そのすべてを取り込んだ時、両眼がこれまでにないほど激しく発光しだしたのだ。

 小山のような全身から押し出され、辺り一面を白く染め上げる、画面すら正視できないほどの暴力的な光。

 それはアスモデウスを中心に、数キロメートルの範囲を焼き払っていった。

 いたる場所で巻き起こる爆発音と立ち上る豪炎。悲鳴もあげずに消滅するさまざまな車両やヘリの中には、報道機関をはじめとする民間人達も数多く含まれていた。

 桔平達の目は画面の中で繰り広げられる地獄絵図に釘づけとなっていた。






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