第九話 『絶叫』 7. ごめん
「駄目だろ、勝手にこんなとこに来ちゃあよ」
談話室で夕季にジュースを手渡しながら桔平が言う。
「なんか話でもあるのか?」
思いつめたような表情でジュースの缶を見つめ、夕季が静かにそれを切り出した。
「光輔のことで……」
「光輔がどうした」
「光輔、海竜王から降ろした方がいいかもしれない」
缶コーヒーのプルタブを開け、夕季の顔を眺めながらぐびっとやる。「何故だ」
「海竜王が光輔の命を吸いつくそうとしているかもしれない」
「は?」
「根拠はない。でもあたしはそんな気がした。健康な時や気力が充実している時はきっとよくわからない。だけど、少しでも弱い部分をさらけ出すと、待ちかまえていたように一気に食らいつこうとする。そんな気がする。信じてもらえないかもしれないけれど……」
「信じるも信じないも」空き缶をダストボックスに放った。「実際に乗ってるのはおまえらなんだから、おまえがそうだって言うんならそうなんだろう。俺達が口出せるところじゃねえよ」
「……」
「あいつはなんて言ってる」
「何も。たぶんよくわかってないと思う。こっちがそう言っても否定していたくらいだから。でも光輔はあたしや礼也みたいに特別な訓練を受けてるわけでもない。気が張っている時は気づかなかったのかもしれないけど、少しずつ疲れが蓄積していって、急激に今の状態になったはず」
腕組みをする桔平。
夕季が右腕の包帯をちらりと見た。
「そりゃまた、あさみが喜びそうな話だな」
「え」
「いや、何でもない。わかった」ふうん、と大きく鼻から息を噴き出す。「前に朴さんに聞いたことがある。あくまでも仮説にすぎないが、竜王を動かすのにおまえらの精神力はかかせないものらしい。だが、それ自体が動力源になっているわけじゃなくて、それによって吸い上げられた地球のエネルギーによって動いているんだってよ」
「地球のエネルギー?」
「ああ。何てったかな。霊エネルギー、ってったか。とにかく地球上に存在する、目に見えない力なんだそうだ。精神力はあくまでもポンプの役割にすぎないらしい。燃料は無限だから、電池切れはおまえらのポンプ切れ、まあ、疲労次第ってとこだ」
「……」
「おまえらが精神力を上げることができれば、理論上はいくらでもパワーアップ可能ということになる。だがポンプの力が弱ければ、逆に吸い取られちまうのかもしれん。すでに個々の能力で栓は抜かれちまってるわけだから、理屈はあってることになるな」
「……。当たってるかもしれない」
「魔獣やインプも同じ原理らしい。おまえらオビィに相当するものが、おそらくはコアと呼ばれている部分だろう。系統は違うがな。自律型ロボットとマニュピレータ程の隔たりがある。どっかにスイッチが存在するんだろうが、操縦者がいなけりゃ動けない竜王より、単体で兵器として活動できる奴らの方が完成度が高いのはわかるよな。本当に自分の意志で動いているかはあやしいところだが」
桔平の目を真っ直ぐに見つめ、夕季が頷いた。
「魔獣に対抗するために作られたレプリカ。そんな気がする。技術が違いすぎるけれど。次元の異なる文明はきっと生物や人間すらも簡単に創造する。神の領域に近づこうとして踏み入れてはならない場所へ踏み込んでしまったのが竜王。でもそれはプログラムを仕組んだ文明からすれば、不完全なレプリカでしかない。子供の粘土細工と同じ。私達はその彼らが作った粘土細工すら満足に動かせない」
「いいとこついてんじゃねえか?」
「……」
「理解できねえモンを受け入れずに否定するだけなら誰にでもできる。ありえない現実に仮説を立て、真実に近づこうとしてこそ科学者だ。ここのぼんくらどもも、おまえくらい頭やわらかきゃ苦労しねえんだがな」
夕季が睨むように桔平を見据える。かすかに頬を赤らめた。
「まあ、俺達からすれば、竜王を作った文明も充分神の領域なんだがな」
「……」
「竜王一体で、大国の軍事力に匹敵するほどのパフォーマンスがある。海竜王単体で陸海の部隊を全滅させることも可能だろう。攻撃力だけなら陸竜王はそれ以上だ。空竜王が本気で飛びゃ、日本の端から端まで三十分とかからねえはずだし、最新のステルス機だって、チョウチョが群れなして飛んでるくらいのモンだろうよ。俺達はそんなえげつねえモンを当たり前のように扱っている。感覚が麻痺しちまってるのは否定できねえ」
言葉を失う夕季。確かに桔平の言うとおりだと思った。竜王のコクピット内にはシートや感圧式のスティック等、どこかで見たことのあるようなものがいくつも存在する。だが、それらを除けば得体の知れない物だらけであるのも確かだった。
内壁に外部の景色が映るメカニズムなら想像できないこともない。しかしすべての軸をカバーするカメラが取り付けられているわけでもない状態で、見たい物に瞬時に反応するそのシンクロ性は異常ですらある。カメラが操縦者の視線に追従するというよりは、内部から見た本体全周囲が、透明な材質で構築されているといった方がイメージに近い。
造ることはできる。だが誰もその理屈を説明できない。それは傲慢なテクノロジーの下請けを未開の部族に押しつけるようなものだろう。ただ造るだけ。理由など知る必要もないと言わんばかりに。
「何かを得るにはそれ相応の対価を払わなければならない。望む望まないはともかくとして、おまえ達は一夜にして一国の軍事力をも覆すほどの力を持っちまった。どこぞの大統領だって、一人じゃミサイルのボタンすら押せねえってのにな。それがどういうことなのか、おまえならわかるよな」
夕季が小さく頷く。
「陸をたいらげ、海を割り、空を引き裂く三体の竜王。まるで世界を破滅に導くために差し向けられた使者のよう」
「おまえらがか?」
「!」
「冗談だ。真に受けるな」
「……」
「ま、それを阻止するためのプログラムだってな考えは、なしにしてくれよ」
「……わかってる」
「所詮道具なんざ、使う奴次第だ。ほら、昔からよくあるだろ。悪の組織が作ったロボットを正義の味方が乗っ取って立ち向かうってやつ。ああいうパターンだと思っときゃ問題ない」
「……よくわからない」
ふっ、と桔平が笑う。
「突然宇宙人がやって来て、いじめられっ子がスーパーヒーローになれるような都合のいい話じゃない。何もかも持ってかれたとしても、ちっとも不思議じゃねえな」
「……」
「ま、おまえはとっくにその覚悟ができてるようだがな。どうせなら、生きる方にしておけ」
「? 生きる方……」
「何があっても生き抜く覚悟だ。自分が死んだら悲しむ人間がいることをよく肝に銘じておけよ」
「……」
「ちったあ、もったいないとか思っとけってことだ」
「……」
「まあ、いい。また何かわかったら教えてくれ。もし本当にヤバそうだったら何とかする」
「うん」眉を寄せ、上目遣いに桔平を眺める。「……それ、ごめん」
「?」右腕のことだと気づいた。「いや、いい。気にしてない。悪かったな、おまえの肉取っちまって」
「そんなのいい」
「また今度埋め合わせするからよ」
「いい。あたしも大人気なかったし」
「……あ、……まあ、なんだ……」
夕季が顔をそむける。
「今度、エスの人が焼肉おごってくれるって」
「そうか。よかったな」
「……。来れば……」