第九話 『絶叫』 5. ……焼肉
休息所の脇の通路を夕季は歩いていた。
「!」眉を寄せ、一瞬足を止める。自販機の前に大沼透の姿を見かけ、そ知らぬ振りで通り過ぎようとした。
大沼は厳しい顔つきで夕季に注目していた。
「何飲む?」
かまえるように夕季が顎を引く。
すると穏やかに微笑みながら大沼は言った。
「遠慮するな」
ガコッ!
「謹慎処分をくらったそうだな。すまない、俺達のせいなのに」
もてあまし気味の缶から顔を上げ、夕季が上目遣いに大沼を眺める。
ほぼ同等の体格の桔平に比べ、大沼には妙な威圧感があった。スキを感じさせないいでたちと、しっかりと鍛え上げられた体躯が余計にそう思わせているようだった。
「誰のせいでもない。自分が勝手にやったことだから」
「進藤さんから相当お小言いただいたんだろ。援助金にも影響するんじゃないのか」
「……。そっちは」
「ギリギリで首はつながった。柊さんのおかげでな」
「そう。よかった……、ですね」探るような視線を投げかけたまま、心のこもらないセリフをつなぐ。
その心境を察して大沼が笑いかけた。
「心配するな。もうエスは前とは違う。間違っても君や穂村君の命を狙うような真似はしない」
「……」
「柊さんのはからいでエスは部隊として存続することになった。同じメック・トルーパーの中の、鳳隊と木場隊という位置づけだ。だから安心しろと、お姉さんに伝えておいてくれ」
「……わかりました」
夕季が頷く。一旦目線をはずし、また大沼の顔を見上げた。
「……。最近、エスの人が、お菓子とかよくくれる」
「迷惑か」
「迷惑じゃないけど……」
「みな、君のことを命の恩人だと思っているからな。何か礼がしたくて仕方がないんだろう」
「……そんなのいいのに」
「そういうわけにはいかないだろう。感謝の気持ちもあるが、君達には心から申し訳ないと思っているはずだからな」
「どうして」
「ん?」
大沼がおもしろそうに笑った。
「なるほどな。忍に聞いていたとおりの人物だ」
「……。お姉ちゃん、何て言っていたの」
「筋金入りの意地っぱりで、不器用で、そして誰よりもまっすぐな心を持っている」
赤面する夕季。
「おまけに照れ屋だそうだ」
「……」
「あの時……」
ふいに大沼の表情が曇る。遠くを見つめるようなまなざしになった。
その神妙な様子に、まばたきもせずに夕季が注目する。
「本気で尾藤を殺す気だったのか」
ピクリと眉をうごめかせる夕季。目線を落とし、思い返すようにそれを口にした。
「……わからない。桔平さんが止めてくれなかったら、ひょっとしたら……」
「あいつは最低の人間だ。殺されたとしても、それを誰もとがめたりはしないだろう。だが人殺しは人殺しだ。柊さんに感謝しなければな」
大沼は表情もなく夕季を眺めていた。自分自身の姿をそこに投影するように。
「俺達はもっとひどい過ちを犯すところだった。何を言われても仕方がない。言い逃れをするつもりもない。謝って許されるようなことではないことも承知しているが、どうか許してほしい」
「もういい。気にしてないから」
「本当にすまなかったと思っている。それなのに君は我々のために己の身を投げ出し、失いかけていた大切なものを取り戻させてくれた」
「……。大切なものって?」
大沼が柔和な表情になる。照れたような、自嘲するような素振りで、それでも夕季の視線をしっかり受け止め、はっきりとそれを口にした。
「口にすることすらためらわれるような、恥ずかしい言葉だ。勘弁してくれ。だが、俺達はみな、それを持つことを誇りにしている。この恩は生涯忘れない。借りは必ず返させてもらう」
再び夕季が顎を引いてかまえる。真摯な様子で素直に過ちを認める大沼の気持ちがくすぐったかった。その反面、メック・トルーパーのメンバーとは違う妙なよそよそしさを感じ、戸惑っていた。
「そういう他人行儀な言い方はやめろよ、大沼さん」
駒田の声に二人が振り返る。
その笑顔を確認し、夕季がほっとしたように胸を撫で下ろした。
大沼が放った缶コーヒーを受け取る駒田。
「あ、スンマセン」コーヒーを口に運びながら駒田がウインクした。「そんなふうに言われちゃ、助けた甲斐がないよな、夕季」
「……」
「そうだったな」何かに気づいた様子で大沼がにやりとする。「俺達は仲間なんだからな」
「そういうこと。な」
「……うん」
「今度メシでもおごらせてくれ」
「やった!」
「貴様じゃない」跳び上がる駒田を冷たくいなし、涼しげなまなざしで夕季に笑いかける。そこにあるのは信頼だった。「古閑さんに言ったんだ」
ようやく缶のプルタブに指をかけ、夕季も安心したように笑った。
「ゆうきでいい。みんな、そう呼んでるから」
「ああ、わかった」嬉しそうにその顔を見続ける大沼。「何か食べたいものはあるか?」
「……」ジュースをくぴくぴと流し込みながら夕季が考える。「……焼肉」
「お、いいねえ」
「貴様は自分で行け」
「冷てえぞ、仲間なのに」
大沼が駒田を視界の外へと追いやった。
「他にリクエストがあれば言ってくれ。可能な限り応じる」
「……」再び考えをめぐらせる夕季。缶に口をつけたまま、ぼそっと告げた。「桔平抜きで」
「ぶふっ!」駒田がコーヒーを噴き出す。
大沼の顔がみるみる青ざめていった。