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第九話 『絶叫』 4. 悲しい記憶



 格納庫に光輔ら三人のオビディエンサーが集合していた。

 竜王を背に、技術者達の先頭に立って桔平が説明を始める。

「おまえらにはもう不要なものだという判断で、補助具のマウントパーツはすべて取りはずすことにした。計器類も必要なもの以外はとっぱらっておいた。もともと胴体部分はスカスカだったから、かなり広くなったはずだ。パッと見、感圧式の操縦桿にヘルス・チェッカーくらいだな。これで中でシェイクされてもケガする確率はぐっと減るはずだ。いずれ連絡用のサポート・ディスプレイなんかも追加する予定だ。データによると竜王の操縦は、その時の健康状態に左右されたり、精神疲労も激しいらしいんで、今までどおり武器の携行も併用していく方がいいだろう。インプ程度ならコイルガンやマシンガンでも充分だろうから、少しでも力のセーブになればというところだな」

「そんなもの持っていくと、邪魔になるだけだよ」

 夕季がぶすりと突き刺す。

 右手の包帯を隠しながら桔平が顔をそむけた。

「……まあ、そこら辺はおまえらの判断に任せる」

 礼也が不思議そうな顔をする。光輔が困ったような様子で二人を眺めているのに気づいた。

「どうした、光輔」

 恨めしそうに目線を向ける光輔。

「いや、別に……」

「?」

「他に何かあったら言ってくれ」

 周囲を見回し、おそるおそる礼也が挙手した。

「なんだ、礼也」

「何でもいいのかよ」

「おお、言ってみろ」

「んじゃ、あのよ、ジュースホルダ付けてくんねえかな……」

「却下だ」

「何!」

「あってもいいと思う」

 夕季の提唱に全員が注目する。

「乗ってみればわかるけど、冗談抜きで体力の消耗とか著しいものがある。水分補給だけでもできる時にする必要があると思う」

「……。わかった。前向きに検討する」

 流れが沈静化したことを確認し、礼也が一拍おいて仕切り直す。

「あのよ、空いたスペースに音楽用のスピーカーとか……」

「却下だ」

「何!」

「あってもいいと思う」

「……」

「邪魔なものは極力ない方がいい。たとえヘッドフォン一つにしても、異物があれば精神集中の妨げになるし、できれば音声でオンオフができるシステムに切りかえてもらった方がいい」

「……それは考えている。精神状態を落ち着かせるためのBGMとかもアリかもな」

「……」

「……」

「……」二人を交互に見比べ、礼也が顎を引く。慎重にタイミングをはかるように切り出した。「あのよ……」

「却下だ!」

「何!」

「どうせテレビが観たいとか言い出すんだろうが。お見通しだ、てめえらの考えそうなことは!」

「そんな言い方しなくてもいいじゃねえか! 勝手に決めつけやがって!」ナイフのようなまなざしで桔平を睨みつけた。「当たってるけどよ!」

「てめえらって、俺も含まれてるのかな……」への字口の夕季を横目で眺め、光輔がぼそりと呟いた。

「そんな居心地よくしてどうするつもりだ。竜王の中でお泊りでもする気か!」

「わかんねえだろうが! ミッション中に戻れなくなることだってある!」牙を剥き出し、真っ向から立ち向かう。「続き見のがしちまったらどうすんだ! あと女子アナの番組とか!」

「んなもん、ビデオに録っとけ!」

「ああ! ぜってえ帰れるって自信あんのに、わざわざビデオ予約してくるアホがいるかって!」

「木場がそのアホだってんだ!」

「アホの話はどうでもいいって!」

「アホのくせにこまけえんだ、あいつは!」

「知るか! 娯楽は必要だろうが!」

「てめえの意見は娯楽オンリーじゃねえか! いい加減にしろ!」

「娯楽オンリーじゃねえ! もっと大事なもんが……」

「冷蔵庫だろ、てめえ!」

「なんで俺の考え全部わかんだ! 超能力か!」

「俺だって不思議だ! むしろ不本意だ!」

「何!」

 似た者同士の潰し合いを冷やかな視線達が静かに見守る。

「だいたい、なんだ、てめえは。すっかりキャラ変わってんじゃねえか!」

「変わってねって! 俺はもともとこんなキャラだったのが、人間不信で心がすさんでただけだ」

「信じられるか! なんだ、その後付け設定みたいな説明は」

「ウゼえこと言ってんなって。雅に聞いてみろ」

「あの子がまともなこと言うわけねえだろ!」

「そりゃそうだけどよお!」

「必要だと思う」

 夕季の横入りに、げんなりしたように桔平が顔をそむけた。

「……ああ、そうだな。テレビがありゃ最新のニュースとか即座に観れるもんな。気になる選挙速報とかよ。不測の事態で身動き取れなくなっても、お泊りしながらアニメとか観てりゃ元気も出てくるだろうし。腹減ったら冷蔵庫の中から……」

「そんなのどうでもいい」

「……」

「何!」

「細かい指示が必要な時、声だけじゃ伝わりにくいから。実際、判断に迷ったことも一度や二度じゃない。意思疎通のためだけにまたゴーグルをするのも無駄だし。それにあれ、目が疲れるから」

「……て言うか、ディスプレイならさっき付けるって言ったんだけどな……」桔平が悲しげに空を見上げた。「それに、おまえらの顔色をうかがうこともできるか……」

「……」

「あとのことはチーフクルーの朴さんに聞いてくれ。俺はもうドロンする……」

 夕季と目が合い、桔平は逃げるようにその場を立ち去って行った。

「……」

「なんだよ、あの野郎。俺ばっか狙い撃ちしやがってよ」夕季をちらと見る。「なんでおまえの意見ばっか通んだ。ヒイキだろ。おまえ、あのオッサンの弱みでも握ってんじゃねえのか。ひょっとしてあのケガ、おまえがやったんじゃねえだろうな」

 夕季が礼也を睨みつける。怒ったような顔が上気し始めた。

「マジか……」

「……」

「狂犬か、おまえは」

「うるさい。礼也に言われたくない」

「おまえ、マジで俺の腕も折るつもりだったな」

「……」

 光輔一人がハラハラし続けていた。


「本当かよ、それ……」

 格納庫と事務所を結ぶ通路の一角にある休息所で、清涼飲料水を飲みながら桔平が苦虫を潰したような顔になる。

 向かい側で光輔が神妙な様子でそれに頷いた。

「覚えてないんすか。ババンビが食いたいって叫んでましたよ」

「なんだあ、ババンビって」戦慄の表情を光輔に向ける。「そんな食いモン存在するのか?」 

「夕季が頼んだら普通にビビンバがきてましたけど」

「マジか。……あいつもたいがいモノ知らねえ奴だな。イタいな、そりゃ」

「その後泣きそうな顔で、ずっと下向いてましたよ」

「まあ、いた仕方ねえとこだな」

「桔平さんに恥かかされたって憤慨してましたよ、あいつ」

「なんだ、そりゃ。言いがかりじゃねえか。逆恨みもいいとこだろ」

「……。あ~み~ま~ってどういう意味すか」

「何! 鳳さんの得意技じゃねえか。なんでおまえが知ってんだ。酔っ払って連発して夕季に白い目で見られたって、オッサンへこんでたぞ」

「確かに白い目で見てましたね。みんな」

「……」

 苦々しげに首を傾げる桔平。

「記憶がねえんだよ。特等和牛ステーキ頼んだとこまでは覚えてるんだけどな」真剣な顔。「食った記憶がない。なんでだかわかんねえんだが、夕季に関節キメられてたのは覚えてる」

「その後すねて、わめき散らしながらトイレ行って、便器抱えて寝てるとこ店員さんが教えてくれて、木場さんが車まで運んでったんです」

「……なんだそりゃ。そんなみっともねえ酔っ払い、そうそういねえぞ。俺の知る限りじゃ、鳳さんくらいだ」

「そんならいいわ! もういいわ! とか言ってましたよ」

「俺がか?」

「はい」

「……。くそっ、言いそうだな……」

「ええ」

「朝起きたら、なんか腕が痛くてよ……。なあ、はたから見て俺の負けっぽかったのか」

「ええ。て言うか、完敗ぽかったす。衝撃的な光景でしたよ。『ぎゃあー!』って叫んでましたから」

「マジか……」

「店の人達、固まってましたよ。俺トラウマになりそうす」

「バカ野郎」ドスのきいた声。淋しそうに天を仰いだ。「こっちはすでにトラウマなんだってばよ……」

「大丈夫すか」

「大丈夫じゃねえ。まるで勝つ以外すべてが終わるダブルヘッダーの最終回に点が取れなくて、優勝の望みを絶たれた状況で最後の守りにつく野球チームみたいだ」

「……なんか共感しづらい例えすね」

「当然俺は反対のチームを応援していたわけだが」

「それは言わなくてもわかります」

「……」

「夕季の奴、かなり根に持ってますよ」

「……なんでだって。たかが肉のことくれえでよ。……ヤベ、涙が出てきそうだ……」口をへの字に結び、泣きそうな顔になる。「酔っ払って女子高生に関節キメられて筋やっちまったなんて、メックの奴らに知れたら、何言われるか。駒田や南沢の嬉しそうな顔が鮮明に浮かんできやがる。くそ、想像しただけで憎たらしい! ジジイどもにもハッタリきかなくなるじゃねえか。やっと足場固まったとこだってのによお。あいつ、言いふらさねえだろうな」

「夕季は大丈夫だと思いますけど。……木場さんに相当ひどいこと言ってましたからね、桔平さん」

「……。恨んでると思うか?」

「さあ……。でも俺だったら、もうゲームとか貸さないと思います」

「そりゃかなりだな……」

「ええ。あと、雅も結構口軽いすよ」

「みっちゃんな。軽いな、ありゃ。……ぷかぷかだな」

「ええ。ぷかぷかです」

 はあ、とため息をつく二人。

「くそ、わかってたのによお。あいつはヤベえ匂いがしてたんだ、もともと。わかってたのに、やっちまった。あああ、上向いてねえと、泣きそうだ……」

「しっかりしてください」

「……。なんでおまえ、そんなに俺に優しいんだ」

「気持ち、わかりますから。……俺もあいつに勝った記憶がないす」

「そうか」自嘲気味に笑う。「いつかは勝てそうか?」

「無理すね。勝てる気しないす」

「そうか。無理か」

「ええ。ひょっとしたら、なんて、こないだまで思ってたんすけど、やっぱ無理す。あいつ、握力両方とも五十キロ以上あるんすよ」

「あの体型でか?」

「はい」

「……。……おまえは?」

「四十七、八くらい。左はたぶん四十ないす……」

「そうか……」淋しそうに笑った。「そういや、すげえ力だったな。腹筋とかもっこり割れてたりしてな」

「それ、笑えないすね……」

「野郎、どんだけ連勝記録伸ばすつもりだ。おそらく次の獲物はおまえで決まりだ。首洗って待っといた方がいい」

「いや、俺はやらないす」

「いいのか、それで。おまえ、悔しくないのか」

「ええ、今の桔平さんほどは」

「言っちゃったな~……」

「すみません」

「くそ、偉そうなジジイどもならまとめて蹴散らせるのに、なんであんな小娘一人に勝てねえんだ」

「……相性ですかね」

「いや、そいつを認めちまったら、一生あいつの子分でいなきゃならねえ。したら、しの坊にも頭が上がらなくなる。俺はあいつらの奴隷だ。哀れな愛の奴隷だ。いや、この際愛は関係ねえだろ」

「その考えにいきついた時点で、すでに負けている感じがぷんぷんしてるんすけど」

「みっちゃんは素直でいい子なのによお。同じ女子高生で、なんであんなに違うんだろうな」

「……」

「むしろひそかに俺に憧れを抱いているふしさえうかがえるしな」

「……。気づいてないんすか」

「何がだ」

「相当いじわるされてますよ、雅に」

「……」桔平の表情が凍りつく。記念撮影前のトランプタワーをくしゃみ一つで吹き飛ばされたような顔だった。

「……」

「……。……なんか気持ち悪くなってきたな……」

「……あ、俺の気のせいかもしれないす」

「……。いや、大丈夫だ。……薄々わかってたことだ。気を遣わないでくれ。今は逆につらい」

「そうすか」

「ああ。俺ならもう大丈夫だ」

「強いんすね」

「まあな……」

「なんてったらいいのかわかんないんすけど、……頑張ってください」

「ああ……。おまえもな」

「はい……」

 二人そろって、くぴっとジュースを飲み干した。






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