第九話 『絶叫』 1. 止まった時計
遠征から戻り司令室に足を踏み入れた桔平を、波野しぶきが出迎えた。
「おめでとうございます」にっこり笑う。「今月に入ってもう五体目ですね」
「ん、ああ……。五体っつっても、そのうち二体は何の反応もないただのダミーだったけどな」
気のない桔平を不思議そうに眺めつつも、しぶきは笑顔を崩さずに続けた。
「ようやくうまくまわり始めた感じですね。これからも頑張ってください。応援していますから」
「応援してくれるのはありがたいが、俺はなんもしてねえよ。頑張ってるのはあいつらの方だからな」
ガラス越しに外を見やる桔平。
輸送ヘリから搬出された竜王のそばで、光輔達がメック隊員達に迎え入れられていた。その様子を複雑そうに眺める。
「淋しいんですか?」いたずらっぽく笑う。「本当はこんなところじゃなくて、メックの人達と暴れ回っていたいのではありません?」
「いや、別に。この服も慣れたら悪くない。偉そうな奴がペコペコしてくるのも快感になってきたしな」
「それはおめでとうございます」
「鳳さんと木場がいりゃ、俺の居場所もないしな」ふん、と息をついた。「だが、こんなこと、いつまで続けられるのかって思って」
「……」
「おかしいよな。俺達が出向くまで、奴さん黙って待ってるだけなんて。今はストンストンいってるけど、これが終わった時、また何かあるんじゃねえかって心配になってくる」
「意外と心配性なんですね」
「ん、ああ……」部屋の後方を見上げる。中二階のその位置には凪野とあさみがいるはずだった。
「大丈夫ですよ」
しぶきの声に振り返る桔平。
「柊さんがいればどんな敵が来たって大丈夫です。信じていますから」
「……敵がアスモデウスだけならよかったのにな」
「は?」
「いや、何でもない。波野ちゃんだけだよ、俺のことそんなふうに言ってくれるのは」
「はい。私、柊さんのファンですから」
「すげえ、リップサービスだな。やっぱり口先だけ?」
「はい。口先だけです」
「ふ〜ん……。ま、学校は財団の系列だから何とかなるが、他の人間達にいつまで隠しとおせるかと思ってな。表向きガキどもは、メック・トルーパーの補欠要員ということにしてある。オビディエンサーってのも、あくまでも実用化に至らないセクションの補助的な人員って位置づけだし」
「巷じゃ竜王は遠隔操作で動いていることになっているらしいですね」
「ああ。実際、竜王に関わる部所以外で奴らが最前線で戦っていることを知っているのは、この司令室の人間と限られた特権階層だけだ。ま、知られたくないところには当然筒抜けだろうがな」
「お約束ですね」
「この部屋の中だけでもスパイがうじゃうじゃいやがるからな」百名を超えるスタッフが就労する広大なフロアを見渡す。それぞれが秘守義務のもと無表情に淡々と従事する光景は、異様な雰囲気をかもしていた。「プログラムを契機によそからわけわかんねえ連中がごっそり流れ込んできやがった」
「古株のスパイとしてはやりづらい限りですね」
「ああ、実にやりづれえ。いっそ適当な情報バラまいて、何が本当なのかわからなくしちまうのもおもしれえかもな」
「私達がガセ情報の提供者になるわけですね」
「そうだ。俺達でフェイクのネットワークを構築してな」
「匿名で嫌な上司に迷惑メールをうつこともできますね」
「そいつはイケてやがんな。俺はあさみにうつ」
「私はそれをみんなにバラします」
「よし、試しにやってみるか。えと、波野ちゃん、メアドは……」
「すみません。私のケイタイ、大きくて邪魔なので解約してきたばかりなんです。テレビのリモコンと見まごうばかりのサイズなのに液晶画面は二桁しかありませんし」
「ええ! 今時!」
「すみません。いちいち入力するのが面倒で。せめてメモリー機能さえあれば」
「……。ま、それじゃ仕方ないけどな……」
ダイマオー! ヴァアアアアアーッ!
「あれ? 今の着信じゃないの?」
「いいえ」
「でも今、波野ちゃんの服からさ……」
「おなかの音です」
「おなか……」
「ダイエット中なので空腹時は常にこんな感じです」
「怪獣が叫んでる感じ?」
「はい」
「……ふ〜ん。ダイエットってのも結構過酷なんだな……」
ダイマオー! ヴァアアアアアーッ!
「……。それ、なんて着信音?」
艶やかに微笑む。「ダコラーです」
「ダコラー……。あのさ、メアド……」
「残念です。昨日言っていただければ間に合ったのですが」
マッシ! カシン! カシン! カシン……
「……それもダコラー?」
「いいえ」桔平を真っ直ぐに見つめる。「ロボです」
「ロボ……」
「はい、ロボです」
「へええ……」
真っ赤なウルフレイヤーが妖しく揺れた。
「その髪型カッコいいね。似合ってるわ。爆発的な感じで」
「恐縮です」
「なんて言うの?」
「赤い彗星です」
「赤い!……」
「はい」
「んじゃ、やっぱ値段も三……」
「はい、三割増しです」
「ああ、割の方ね……」
「柊さんも今日はカッコいいですね。アンテナが立っていて、やっちゃった感じです」
「まあな。やっちゃってるだろ」
「ええ、かなりやっちゃってますね。なんて名前ですか」
「ボサボサもっさりヘアー、妖怪アンテナバージョンだ!」
「妖怪ですか」
「ああ、この時期は特にヤバいからな」
「ネコ娘対策ですね」
「いや、アヒル娘の方だ」
「雅ちゃんのことですか」
「ピンポン」正解、と指さす。「かわいい顔してとんでもねえ小悪魔だ」
「そんなにたちが悪いんですか」
「ああ。最悪だ。給料前でも平気で甘えてきやがる。気がつきゃ財布がすっからかんだ。あのアヒル口には男は逆らえねえ。うわさじゃ礼也の野郎もかなりやられてるらしい」
「でも甘えてこなくなると、それはそれで淋しいんじゃないですか?」
「ああ、ちょっぴり淋しいな」
「複雑ですね」
「複雑なんだよ、これが」
「そうですか。やっちゃってますね、男ってやつは」
「実にやっちゃってる感じの生き物なわけだ、男ってやつはよ」
「まるで共感できないところが逆にすごいと思います」
「まあな。やっちゃってるだけにな。で、今日は何色」
「赤です」
「赤!」
「はい。そろえてみました」
「あ、髪とね。アリだけど……」桔平が異変に気づく。「あれっ! チョコは?」
「すみません。ダイエット中なので」
「あ、そう。……赤い彗星なのに」
「はい、赤い彗星なのにです」
「へええ……」桔平が淋しそうに笑った。ちらと腕時計に目をやる。「ち、止まっちまった……」