第二話 『風に折れない花』 OP
穂村光輔は何も言わず、ただ樹神雅の背中を見つめていた。
二人は薄暗い霊安室の中、雅の兄、陵太郎の亡骸の前で立ちつくしていた。
抑揚のない声で振り返りもせずに雅が告げる。
「財団が一生あたしの面倒みてくれるって。光ちゃんと同じだね。あたし、得しちゃったのかな……」
光輔はそれに答えず、遠い記憶に想いを巡らせていた。
『穂村』と刻まれた墓の前で幼い日の光輔が立ちつくす。拳をぎゅっと握りしめ、小さな体を震わせた。
後ろから肩を叩かれ、涙でくしゃくしゃになった顔を向けると、そこには陵太郎の姿があった。
「光輔、これからは俺達がおまえの兄弟だ。嫌がっても無駄だぞ。そう決まったんだ」白い歯を見せて笑う。それから顔を横へ向けた。「な」
「なんでも言ってね。遠慮しないで」一点の曇りもない雅の笑顔。光輔を気遣い、つつみ込むように笑いかけた。「あたしが光ちゃんのお姉さんになってあげるね」
「心配するな、光輔。おまえのことは……」
「あたしが守ったげるよ」
雅にセリフを奪われ、陵太郎が口をつぐむ。
「あたしが守ってあげる。お兄ちゃんじゃ頼りないから」
「おまっ、調子にのるな、ガキんちょが」
「ガキんちょじゃないよ。お姉さんだもん」
楽しそうに笑う雅をつかまえ、陵太郎も笑った。
いつしか光輔の涙は止まっていた。
ひたすら二人の存在が聡明で眩しかった。
陵太郎の優しく強いまなざしが、いつまでも光輔の脳裏から離れなかった。
『これからはいつでも一緒だからな……』
「……うっく、ううっ……」
雅の嗚咽に気づき、光輔が目線を落とす。
「りょうちゃん……」
光輔の頬を涙が流れ落ちていった。




