第八話 『終わりなき連鎖』 13. 三本の花
仮設本部に歓喜の絶叫が鳴り響いた。
パイプ椅子にどっかと腰を落とし、桔平が大きく息を吐き出す。
「どいつもこいつも勝手なことばっかしやがって」
あさみからの呼び出しに気づき応答した。
「柊だ。こっちは全部終わったぞ」
開口一番、激しい雷撃の猛襲を予想していたものの、意外なほど穏やかな笑みをたたえているあさみに桔平は拍子抜けした。
「ま、結果オーライ……」
『説明していただこうかしら』
「……おっと、そうきたか」
桔平の耳に突き刺さる冷徹なイカズチ。
それは命令違反を犯し、勝手な行動をとった者への静かなる怒りだった。
『このままでは示しがつきません。全員処罰します』
冷淡に告げるあさみに、桔平がため息まじりの声で答える。
「それでもいいが、クルーや他の人間達の協力がなけりゃ竜王は動けない。かなりの数が荷担していることは間違いないな。それも俺らみたいな役立たずじゃなく、かわりのいない優秀なスタッフ達だ」
『それが何』
「本当に全員処罰すればメガルは崩壊するぞ。それは政府の望む結果じゃない。もう一度嘆願書でも集めさせる気か? それとも一人だけに責任を押しつけて、詰め腹切らせるのが妥当なセンか。ま、はなから俺がそのための要員なんだろうがな」
『何が言いたいの』
「副司令の引責辞任なら、満場一致で収まるんじゃねえかってことだ」
『……すべてあなたの手引きどおりと言うことね』
「バカ言え」あきれたように鼻で笑う。「俺だったらもっとうまくやる」
『なら……』
「俺の責は、手を封じられたと勝手に思い込んで、何もしなかったことだ。悪いが、俺は俺の好きにやらせてもらう。あとはつじつまが合うように適当にやっといてくれ、司令官殿」
『……それですむと思っているの』
「喜ぶ奴は多いだろ。俺も含めてだがな。ジジイどものスタンディング・オベーションが見えるようだ。思わずウェーブしちゃったりしてな」
『……』
「まだわからないか。あいつらはおまえらの思い通りにはならねえよ」
『……』
「あいつらはどんな風が吹いても折れない、しなやかで強い花だ。どんな荒地でだって枯れやしない。一本だけでも厄介なのが、三本揃っちまった。おまえの浅はかな考えで扱えるしろものじゃない」
『……。まあ、いいわ』意味ありげににやりと笑った。『浅はかかどうか、試してみるといい。取り返しがつかなくなってから後悔しても遅いけれど』
「それは自分のことじゃないのか」
『……』
あさみが一方的に通信を打ち切る。
届くことのない言葉を桔平がつないだ。
「そんなことは、俺に言われるまでもない、か……」
メガル基地内の滑走路で、陸竜王から無言の礼也が降り立つ。
光輔の姿を認め、鋭い眼光を放ちながら近づいて行く。
礼也を睨みつけ、夕季が二人の間に割って入ろうとした。
それを制する光輔。
「夕季、いいよ」
光輔の正面に立ち、礼也が血走った眼光を叩きつける。が、そこに険は見られなかった。
「わけもわからずに死ななければならなかった奴らがいる。何もできずにそれを受け入れるしかなかった奴らが。俺はそいつらが何故死ななければならなかったのか、答えを見つけてやりたい。そいつらの死に意味があったことを証明してやりたい。そいつらの死が、決して無駄じゃなかったってことを。俺に居場所をくれた人のためにも」
「礼也……」
頭を垂れ、礼也が光輔の肩をガシッとつかんだ。
「おまえの力を貸してくれ、光輔。俺にも、おまえ達と同じ傷を背負わせてくれ……」
夕季と顔を見合わせ、静かに光輔が頷いた。
「礼也君」
聞き覚えのある呼びかけに礼也が振り返る。
淡々と発せられたその声の主を間違えるはずがなかった。
「……雅」
表情もなく、そして厳しく、雅が礼也を直視する。
「わかってるよね」
すると礼也は観念したようにふっと笑い、目を閉じてみせた。
「ああ、覚悟はできてる」
「思いっきり、いくから」
「好きにしろって」
「ちょっと、何……」
腕をつかまれ、光輔が踏み止まる。
光輔の目をじっと見つめ、夕季が首を振った。
「ごめんね、約束だから。しっかり歯を食いしばって!」
雅が振りかぶる。
斜め四十五度から力任せに振り下ろされたそれは、礼也の頭のてっぺんで大きく弾け、ベシッ、と軽快な音色を奏でた。
「!」
「……。ハリセンだねえ……」
夕季と光輔の目が点になる。
「……」
「……まあ、オチは読めてたんだけどね」
雅を指さし、間の抜けた顔で光輔が振り返った。
「あれ、自分で買ったんだって。ひゃっ均かな」
夕季が困ったような表情をしてみせた。
やりきれない様子で礼也がゆっくりと目を開く。
雅の楽しそうな笑顔が飛び込んできた。
「心配かけたバツだから」
「……ってえな。ちった、手加減しろって」
「自業自得でしょ」にんまり笑う。「次やったら、みんなの前でお尻ペシペシいくから」
「……勘弁しろっての」
礼也も嬉しそうに笑った。
「ナマでね」
「ナマかよ……」
「ナマだって。えげつな!」目を見開いて光輔が夕季を返り見る。「あいつやっぱ、小悪魔だよ。笑顔なのに目が笑ってないし!」
夕季はすっかり困りはてた様子でそのマヌケヅラを見続けていた。
「次、光ちゃんの番だったね」
「ええっ! 何故!」
「だって約束だもの」
「したっけ! いつしたっけ!」
「わかってよ、そこのところ」
「もしもし……」
「大丈夫、なるべく苦しまないように頑張るから。痛いのは一瞬だから」
「いや、痛いの嫌だから!」
「うん、わかってる。じゃあ、ひっひっふーで」
「ちょっと!」
雅を凝視し、光輔が思わず退く。のけぞった頭が何かに当たり、ゴチンと音を立てた。
後頭部を痛そうにさすりながら振り返る光輔の目に飛び込んできたのは、額を押さえ涙目で睨みつける夕季の顔だった。
真っ赤に熟したその額に、光輔の目が釘づけとなる。
「あ、すごいたんこぶだね。いや、実を言うと昨日から気にはなってたんだけどね。いったいどうしたんだろうなって。ずっと心配してたんだけど、マジで。いや、でも結構似合ってると思うよ!」
「……」
「夕季、そこツッコムところだから、大事にね」
「何が! なんの話!」
「はい」にゅっ、と口の両端をつり上げる。
雅から託されたハリセンを握りしめ、夕季は光輔の頭上目がけて振り下ろした。
バシッ!
光輔のボサボサモッサリヘアーが真っ二つに割れた。
「でっ!」目を剥いて抗議する。「さっきと音が違うじゃん!」
「違うねえ」
「違うって」
「いてーよ、マジで! 耳かすったよ! あーもー、なんかひりひりするって! 熱い、もー、熱い!」
「惜しかったね、光ちゃん。鼻からいくと星が見えたのに」
「何が! 確実におかしいよね、それ!」
申し訳なさそうに夕季が呟く。「手もとが狂った」
「そんだけ気持ちよく振り下ろせば狂うに決まってるだろ! おまえ、持つなよ! もう武器だよ、それ」
「光ちゃん、よくわかったね。それ新兵器なんだよ。東ドイツの」
「どこだよ、それ! いい加減にしろよ! なんか、テニスのサーブみたいになってたし! もう、めっちゃ破れてるしさ」
「ごめん、弁償するから」
「いいよ、ひゃっ均でまた買ってくるから」
「あ、やっぱりひゃっ均なんだ。て、何、また握り込んでんの!」
「今度ははずさないでね」
「うん」
「あの、ちょっと……」
口をへの字に結び、伸び上がった姿勢から今度は渾身の力で撃ち放った。
バッシ!
了