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第八話 『終わりなき連鎖』 11. 終わりなき連鎖



「くっ!」

 コクピット内で礼也が歯がみする。

 全弾を撃ちつくすや、絶妙のタイミングでアスモデウスが動き始めたのだ。罠を張っていたかのように。

 信じられない光景だった。灰色の石の塊が突然生身の肉体のように脈打ち、動き出す。それは鉱石状の皮膚を持つ巨大な生物のようだった。

 石像の風体を保ったまま、軋んだ歯車のような咆哮を引きずり、アスモデウスは陸竜王に狙いを定めた。

「……これが、アスモデウス」

 槍を頭上高く掲げられ、蛇に睨まれた蛙のごとく動きを奪われる礼也。

 眼前の敵を光輔や夕季が倒したことを思い出し、心を引きしめた。


「何やってる! 礼也! 早く離脱しろ!」

 無線機をブンブンと振り回し、桔平ががなりたてる。しかし返答は予想しえないものだった。

『ふざけんな』

「な!……」

『今逃げたら、あいつらに負けたことになる。だったら死んだ方がましだ……』

「バカ言ってんじゃねえ! あいつらって誰だ! いいか、命令だ、撤退しろ! 撤退……」声が届いていないことに気づき、無線機を力任せに叩きつけた。「あの大馬鹿野郎!」


 強烈なアスモデウスの一撃を受け、吹き飛ぶ陸竜王。

 前後左右に何度も全身を打ちつけ、礼也の脳が揺さぶられた。

「がああっ!」

 夕季から受けた左腕のダメージが気つけとなり、かろうじて正気を保つ。

 闇雲に操縦桿を引き続けるが、動力ユニットを破壊されてしまった竜王はそれ以上動くことはなかった。

 棺おけのような薄暗いコクピットに身を沈め、独立電源を持つカメラの映像越しに、迫り来る怪物の姿だけを睨みつける礼也。

 愚かな自分の姿をそこに投影するように。

 暴力的な光の交錯と爆発に目を細める。

 メックトルーパーの一斉攻撃がアスモデウスを足止めしていた。

「くっ……」

 徐々に意識が遠のき始めていた。

「何故こんなことになった……」朦朧とする意識の中、うわずるようなその声がひとりでに押し出されていく。「俺はただ、あの人のようになりたかっただけなのに……」淋しげにその先を飲み込んだ。『……ただ笑って欲しかっただけなのに』

 手を伸ばし何かをつかもうとした。何もつかめないことを知りながら。

 広がる闇の彼方に陵太郎の笑顔が浮かび上がる。

(諦めるな)

 はっとなる礼也。

 陵太郎の声が聞こえたような気がした。

 礼也の目の前で、懐から飛び出した写真の中の陵太郎が笑っていた。雅や光輔、仏頂面の礼也と並び、ひたすら真っ直ぐで眩しい笑顔。それはそこにいるすべての人間に平等に向けられたものだった。

(諦めるな、礼也)

「陵太郎さん……」

『諦めるな!』

「!」

『礼也ーッ!』

 ドン!

 空を割り、礼也の前に降り立つ黒く艶やかな機影。

 海竜王だった。

「光輔……」

 黄色い両眼を妖しく輝かせ、漆黒の巨人がアスモデウスに挑みかかっていった。


「よーしゃ! ナイスだ、光輔!」

 机に足をかけ、ぼさぼさの頭を振り乱しながら、興奮気味に桔平がまくしたてる。その姿はさながらロックバンドのボーカルというところだった。

 ディスプレイ越しに畏怖するように桔平を見続け、おそるおそる木場が問いかける。

『おい、桔平、おまえが呼んだのか……』

「知るか、バカヤロー!」

『……』

「夕季ー! 夕季ー! いたら返事しろ! いるんだろ、ゆーきーっ!」

 不機嫌そうな声がぼそりと返る。

『……うるさい』

「聞こえてんなら、とっとと返事しやがれ!」

『そんな大きな声出さなくても聞こえる……』

「バカヤロー!」

『……』

「今から指示を出すからしっかり聞け!」

『……』

「返事は!」

『聞き取りづらいから回線切ります』

 焦ったように桔平が待ったをかけた。

「いや、切るな、切るな。もう二度とバカヤローとか言わねえから。ちょっと興奮しちまっただけだ。もう大丈夫だ。反省した。かなり反省した。おまえらが頼りなんだ、頼む」

『……』

「いいか、夕季。礼也が動けないようだ。ケガしてるかもしれねえ。ハッチひっぺがしてもいいから助け出せ」

『了解』

 ディスプレイへ振り返り、木場と向かい合った。

「木場、ここは俺が指揮する。おまえは陽動部隊連れて、引っかき回してくれ」

『了解した』

「すき間あけんじゃねえぞ。次から次だ」

『おう! 任せておけ』

 再び無線機を取り、戦闘中の光輔を呼び出す。

「光輔、一分我慢しろ。礼也の無事を確認したら、すぐに夕季を向かわせる」

『はい』

「メックもサポートさせる。踏ん張れよ、おまえならできる」

『はい!』

『陸竜王の回収は?』

「バカヤロー!」

 横入りしてきた夕季に対し、桔平が露骨に嫌悪感を剥き出しにする。

『バ……』

「んなもん、後まわしだ。ほっとけ!」

『……』

「余計なこと考えるな。キビキビ動け」

『……。はい』

「よし!」

 一通りの指示を出し終わり、夕季からの無線が途絶える。満足そうに一息つき、ふいに桔平が目をつり上げて無線機を睨みつけた。

「何だと! ちょっと待て、夕季、おい、コラ、てめえ!」

 ただならぬ様子の桔平に画面の中から木場が怪訝そうな顔を向ける。

『どうした。何を怒っている』

 今にも噛みつかんばかりの形相で桔平が振り返った。

「いや、今、あいつ、変なこと言いやがったからよ」

『何を言った』

「何をって、おまえ、『はい』ってよ」

『それがどうした』

「いや、おかしいだろ!」

『何がだ』

「ああ! 何がって、何が?」

『だから何故それがおかしい。なんでおまえは怒っているんだ』

「……。なんでって……」

『……』

「……。そんなこと俺に言われても……」

『……』


 高密度クローを射出し、アスモデウスの槍を封じる海竜王。

 チェーンを巻きつけたまま陸竜王へ振り返り、光輔が叫んだ。

「礼也、大丈夫か! 早く逃げろ!」

 陸竜王は動かない。

 気をとられた隙をつかれ、海竜王が引き倒される。

「うわっ!」

『光輔ー!』

 空から急降下してきた空竜王に仮面を切り裂かれ、アスモデウスが退いた。

『光輔、大丈夫!』

「ああ、サンキュ」

 空竜王に目をやる光輔。竜王は頭部で認識した映像をハッチ裏へと映し出す。その視界は後方にまで及び、オビディエンサーが振り返ることによって全周囲を掌握することが可能だった。さながらガラスの器の中にいるようだった。

 立ち上がり、再びクローをかまえ、光輔は難敵に挑みかかかった。

「夕季、早く礼也を頼む」

『わかった』

 羽毛のようにゆるやかに大地に降り立ち、空竜王が陸竜王を引き起こそうとした。

『礼也、礼也、無事なの』

 夕季の声は礼也の耳へ届かなかった。

 眼前で己を守って奮闘する海竜王の雄姿に心を奪われていたからである。

 その姿に陵太郎が重なった。

「……陵太郎さん」

(礼也、しっかりしろ)

 遠く彼方から、追いかけるように陵太郎の声が聞こえてくる。

「俺はただ追いつきたくて、触れたくて」(もうとっくに追いついているだろう)

「ただそこにいたくて」(追い越してみせろ。おまえならできる)

「俺は……」(今度はおまえの番だ。おまえがつないでいけ)

「……あがいていただけなのかもしれない」

(おまえ達がいる限り俺は死なない。おまえ達が受け継ぎ、それを他の誰かへつなげる限り、俺の心はみんなの中で生き続ける。永遠に)

「陵太郎、さん……」

 じわりと視界がぼやけ出した。

「礼也、礼也!」

 反応のない礼也に何度も夕季が呼びかける。無線を通じ、かすかに、『陵太郎さん……』と聞き取ることができた。

「礼也、どうしたの、礼也!」

 槍の直撃を受け海竜王が吹き飛ばされる。陸橋を折り崩し仰向けに倒れる海竜王にゆらりと近づき、アスモデウスが更なる攻撃を加えようとした。

 くっ、と歯がみし、夕季がアスモデウス目がけて切りかかっていった。

 大地を踏みしめ、袈裟切りのようなバックブローを下方から矢継ぎ早に繰り出す。息をもつかせぬ連続攻撃で相手を圧倒した。

 距離を取り、ようやくアスモデウスが踏み止まる。

 獣のような咆哮。

 体勢を戻したアスモデウスと夕季が正面から向かい合った。

 降りそそぐ太陽の光を浴び、空竜王の全身が白銀の輝きを放つ。

「夕季、無茶するな!」

『わかってる』

 ハッチ裏の大型ウインドウ越しに睨み合うアスモデウスと空竜王を見据えたまま、光輔が夕季からの返答を待つ。

『次で確実に仕留めてみせる』

「……」

 その時、光の波が光輔と夕季を追い越していった。

 背中から覆い被さるような、視界を奪うほどの光の放射。

 眩しさに手をかざし振り返った二人の前に、それが姿を現していた。

 真なる王者の姿をともなって。





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