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第八話 『終わりなき連鎖』 7. 霧崎礼也



 竜王の格納庫前で、礼也が追いつめられた獣のような瞳を泳がせる。

 メガルの指示により、野部塚市内全市民の避難が午前中に完了するよう政府からの通達が出ていた。加えて周辺都市をはじめ県内の約半分の地域が避難対象となっており、作戦決行時刻に合わせ、山凌市でも全面的に午後までの帰宅と避難勧告が発令される。

 直接関与する礼也に至っては、打ち合わせのため前日から基地内で缶詰め状態だった。

 礼也にとってこれが最後のチャンスだった。

 そう告げられたわけではない。だが、己のおかれた立場を見誤ることはなかった。

 攻撃対象は生体反応のない石像のようなものであり、単なる解体作業だと思って気楽にかまえていてくれればいい、とあさみは言った。

 しかし、その裏にある真意に礼也は気づいていた。

 今のメガルに必要なのはロボットを操縦できる者ではない。竜王を使いこなせる者なのだ。

 今回の作戦には、いまだ覚醒をはたしていない陸竜王の、覚醒をうながす意味合いもあった。そのため素行の悪い礼也の行動も不問とされたのだ。

 礼也は積乱雲を見上げるように、過去を思い返していた。

 幼少の時分、身寄りのない子供達を集めるガイアー財団に声をかけられた。

 そこで彼らの役に立てば将来が約束される。

 自分を見下していた輩を見返すために、礼也は死に物狂いで努力してきた。過酷な選定にも耐えて勝ち上がってきた。多くの競争相手達を蹴落としてきた。

 誰一人信じることなく。

 やがて礼也の周りにも、わずかではあるが一握りの心を許せる人間達が現れた。

 それが礼也にとってのすべてだった。

 兄のような陵太郎の強さを思い出す。

 雅の笑顔と優しさ。

 そして……


           *


 大声で泣き出した光輔に気づき、雅が走り寄って来た。

 光輔の目の前で礼也が怒り収まらぬ顔つきで仁王立ちしている。

 雅が礼也をたしなめた。

「どうして光ちゃんばかりいじめるの! 駄目じゃない」

 光輔をなぐさめる雅。その後ろで陵太郎が笑っていた。

「光輔が礼也に勝てるわけないよな」

「笑いごとじゃないよ。綾さんに思いっきり叱ってもらわなきゃ」

「そんなたいしたことじゃないだろ」

「駄目! 弱い者いじめは絶対許さない。謝るまで、あたし、礼也君とは口きいてあげない」

「だってよ。おい、どうする? 礼也」

 礼也は表情もなく二人を眺めていた。

 やり切れないまでの孤独感に心をくすぶらせながら。

「礼也君」

 雅とともに光輔をなだめていたひかるが礼也を呼ぶ。

 小学校低学年の礼也から見れば、五つも六つも年上のひかる達は大人と同じだった。

 叱られると思い、礼也がそっぽを向く。

 するとひかるの方から近寄って来た。

 殴られるものと身がまえる礼也。

 光輔の顔が目に映った。

 礼也には見えていた。

 光輔の周りに存在する、光あふれる輪のようなものが。

 近づくことさえためらわれるような眩しさが。

「ごめんね、礼也君」

 ひかるの優しげな声に、はっとなって振り返る礼也。

 ひかるは笑って礼也を見つめていた。

 礼也に手のひら大の模型を手渡す。

「これ礼也君のだよね。光ちゃんが取っちゃったみたいでごめんね。ちょっと触りたかっただけなんだって」

「……」

「ほら光ちゃん、ちゃんと謝って」

「……ごめんね」

 光輔がべそをかきながら謝った。

 雅が申し訳なさそうな顔をする。

「あたしもごめんね。礼也君もいけないんだよ。そうならそうとちゃんと教えてよ」

「おまえがいじわるだからだ」

「お兄ちゃん! でも、何も泣くまで叩かなくてもいいのにな」

 その様子を楽しそうに眺めるひかる。礼也に穏やかなまなざしを向けた。

「光ちゃんと仲良くしてあげてね」

 柔らかく暖かな光につつまれた、ひかるの笑顔が眩しかった。

 あふれ出しそうな涙をこらえるために、ぐっと歯を食いしばる。見下ろすように光輔を睨みつけた。

 多くの仲間達の笑顔を光の輪のようにまとう光輔。

 それを交わり合えぬものと自ら線引くように。


           *


 背中越しに聞こえてくる会話に礼也が耳を傾ける。

 半日授業を終えた、光輔と雅らしかった。

 建物の陰となり、二人から礼也の位置は確認できない。

「光ちゃん、お兄ちゃんの体鍛える道具とかいらない?」

「どんなの?」

「こおんなのとか」

「エキスパンダーね」

「こおんなのとか」

「あ、グリッパーね。握力のやつ」

「こおおんなのとか」

「腹筋鍛えるやつ?」

「こおおおんなのとか」

「何それ? エアロバイク?」

「違う。スキーみたいにしゃかしゃかするやつ。ひ弱でもてなかったお兄ちゃんが、たったの二週間で」

「もてるようになったの?」

「ううん。押し入れにしまっちゃった。忙しくてやる暇なかったみたい」

「……。りょうちゃん、全然ひ弱じゃなかったじゃん。もともとガッチリしてたしさ。もてなかったかもしれないけど」

「ねえ、もてなかったねえ。あつ苦しいから」

「腹筋のだけもらおうかな」

「全部持ってってよ。特にスキーのやつとか」

「俺の部屋、そんなでかいの置けないって」

「あと、ハリセンとかもあるよ」

「なんで! なんでそんなん買ったの! りょうちゃん」

「あたしが買ったの。お兄ちゃんシバこうと思って」

「なんでシバくの!」

「あつ苦しかったから。結局一度もシバけなかったけどね。今度、光ちゃんシバいてあげるね」

「……好意的な感じになってるのはなんでだろ」

「結構痛いみたいだよ。桔平さん、涙目になってたもの」

「あの人シバいたの! 怖いよ、おまえ!」

「桔平さんが言い出したんだよ。どれくらい痛いのか芸人として知りたいからって。お笑いのセンス全然ないのにね。失敗して顔削っちゃったんだけどねえ」

「なんでへらへら笑いながらそういう恐ろしいこと言えるの……」

「てへへ」

「いや、てへへ、じゃないだろ。てへへ、おかしいじゃん!」

「わあ、光ちゃん、ツッコミうまくなったよね。なんで、の連発はややいただけないところだけど。前みたいにすぐピーピー泣かなくなったのは立派、立派」

「いや、泣かないから、こんなことくらいで、いくらなんでも」

「そう?」

「そう! あ、そう言えば、俺もあの人シバいたんだった。今思うとコエー!」

「え? ノリツッコミ? 被せボケじゃないし、ツッコミノリツッコミって言うのかな。結構高度だよね」

「いや、俺、そういうテクニック、一切使ってないから……」

「ねえ、テンドンって知ってる?」

「知ってるよ、天丼くらい。あんまり食べたことないけど、おいしかったよ!」

「ねえ、おいしいよねえ」

「何それ……。雅、ひょっとして、自分にお笑いの才能があるとか思ってない?」

「え!」

「……」

「……なんだかショックだな。そういうふうに言われちゃうと」

「あ……。ごめん。そういうつもりじゃ……」

「光ちゃんのくせに」

「そっち!」

「桔平さんもよくスベってるから、ダメ出ししたりするんだけどね。実にせつなそうな顔してる。勘違いしてるんだよね」

「いいじゃん! 見逃してあげようよ、お世話になってんだから!」

「それとこれとは別でしょ」

「なんで!」

「言ってあげた方がその人のためなんだよ」

「そうかな……」

「夕季なんてひどいんだよ。見て見ぬ振り」

「いや、いや。それがあいつなりの優しさなんじゃないの! おまえの方がひどいって、やっぱ!」

「長いなあ。ツッコミはもっと簡潔にしてこうよ。こう、スパッと切れるようにね」

「何が!」

「今までは可哀想だと思ってスルーしてたところもあるけど、これからはビシビシいくからね。そういう点ではあたし、結構小悪魔だから」

「……いったいなんの話?」

「あ、そんなことどうでもいいんだけど、あたし、桔平さんに呼ばれてたんだ。行くね」

「どうでもよかったんだ……。ま、いいけどさ」

「ねえ、お昼まだでしょ。一緒に食べよ」

「いいけど」

「じゃ、あとでね。食堂で」

「あ、うん」

「カツカレー食べよ」

「カツカレーって! そこはカツ丼とかじゃないの! で、天丼でしょって感じで」

「もう、くどいなあ。その流れ、とっくに終わってるのに」

「ああ、ああ、くどいって、もうってさ。長いとか、ほんとに……」

「あっははは。ごめん、ごめん。冗談だよ」

「もういいって。なんでおまえってそんなんなの。いや、昔からイジワルだったけどさ」

「心外。イジワルとかじゃないよ。ただ人をからかって困らせるのが好きなだけ」

「そういうの、たぶんイジワル言うんだけど」

「ええ! びっくり!」

「こっちがびっくりだよ……」

「ほんと、ごめんって。泣かないでよ。こっちまで悲しくなっちゃう……」

「いや、泣いてないから! 泣きたくなってきたけど!」

「あはははは」

「あ〜あ……」

 突き刺すような視線を彼方に投げかけ、拳を握り込む礼也。

『いつだって、あいつは……』

『……かすめ取っていく』

『苦労して集めたものを……』

『ようやく手に入れたものを……』

『本当に欲しかったものを……』

『無意識に、そして無邪気に横取りしていく』

『それが当たり前のように』

『まるでそこに何もなかったかのように、すべて……』

『俺から奪っていく!』

 ギリッと奥歯を噛みしめた。





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