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第八話 『終わりなき連鎖』 6. 再び

 


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 病院を出て、街灯の明かりに照らされ、駅までの道のりを並んで歩く光輔と夕季。

 通りの二車線道路は車両がせわしく行き交い、喧騒とライトが目まぐるしく交差していた。

「あ〜あ、またすぐに期末考査だな。こないだ中間が終わったばかりなのに」

 あくび交じりの何気ない問いかけを、夕季は表情もなく受け流す。

「おまえはいいよな。頭いいから。そういや、センター試験の問題やって、満点だったってホント?」

「……。誰がそんなこと言ったの」

「え? いや、うわさだけど」

「できるわけないじゃない」

「あそ……。やっぱ、都市伝説か。んじゃさ、五十メートル走が六秒台だとか、握力が五十キロ超えたとかいうのもガセ?」

「……」

「……そっちはガチなんだ」沈黙を恐れるように、話題を探求し続ける。「あ、でもさ、ずっとトップなんだろ、成績」

「……」

「違うの?」

「そんなの、入試の時だけ」

「……さすが選抜クラスだな。おまえより頭のいい奴もいるんだな」

「……あたりまえじゃない」

「何人くらい上にいんの?」

「……。三十五人」

「……あそ。さすが選抜クラス……」

 光輔がちらと夕季を見やった。

「だいぶ調子戻ってきたみたいだな。顔色もいいみたいだし」

「太っただけだよ」

「でもまだ前ほどは太ってないよな?」

 夕季の足が止まる。顔も向けずにぶすりと突き刺した。

「前がすごく太ってたみたいに聞こえる」

「いやいや、そういうわけじゃ」

「……。さっきから、何」

「や、別に、そんな……」焦ったように光輔が取り繕う。ふっと笑い、気を取り直した。「あのさ、無理に連れてって、悪かったかなって」

「何」

「昼間。ああいうとこ、嫌いなんだよな、おまえ」

「嫌いじゃないよ。別に」

「そっか。ならいいんだけど」

「苦手だけど」

「……だよな」

「……。あたしがいると雰囲気悪くなるし」

「なってないって。何、おまえ、勝手に空気読んじゃった感じになってんの」

「……」

「それ言うなら、あいたた発言とかでシラけさせてたの俺の方だって」

「……。すっかりなじんでたくせに」

「必死だったんだって。カラ回り全開。南沢さんとかのフォローに何回救われたことか」

「……」

「みんないい人達だよな。下品だけど。ま、おまえ的には鬱陶しかったりするんだろうな」

「……。そんなこと思ってない」

「八割方シモネタなのに?」

「……」

「……」光輔が何かに気づく。自嘲するように笑った。「そっか。そうだよな。そんなわけないよな」

 どこか様子のおかしい光輔に、ようやく夕季が怪訝そうな顔を向ける。

「何が言いたいの」

「いや、いや。何でもないけど、なんか、羨ましいかなって」

「……。何が」

「いや、おまえさ、あの人達にすごく信頼されてたみたいだから」

「……そんなことないよ」

 淋しげに顔をそむける夕季。

 それを笑い飛ばすように、光輔が続けた。

「あるよ、めちゃくちゃ。俺にもよくしてくれてたけど、やっぱり距離を感じたもんな。おまえ、すごいよ。ほんと、すごい」

「……すごく嘘くさい」

「全然嘘じゃないって。あ、こういうのが嘘くさいのか」夜空を見上げて笑った。「ま、いっか」

「……」

 流れ続ける車両のライトを見下ろすように、高架の上を列車が走り抜けて行く。県道を隔てた駅の周辺では雑踏の残り香が漂い、そこに生活のサイクルを感じとることができた。タクシー乗り場で並ぶ人々。ロータリーにたむろする若者達。待ち合わせの場所から動き始めるカップル。コンビニ。ネオン。笑い声。どこにでもある風景。それを夕季は別世界のもののように眺めていた。

 平和という日常に自分が埋もれることに違和感を感じながら。

 夕季にとって、平和という言葉は何ら意味をもたないものだった。自分が必要とされない世界。その方が怖かった。必要とされれば己の身を削ってでも応える。それだけが自らの存在意義だとかたくなに言い聞かせてきたからである。

 しかし、信じられる仲間をえて、愛する者の心を取り戻せた今、この穏やかな気持ちも悪くないと思い始めていた。

 求められればすぐにでも応じる覚悟はある。それでも、こうして気の知れた輩と他愛もない日常を共有することを望む心があることを、今は否定する気はなかった。かつて認められなかったその気持ちを、心地よいとさえ感じていたのだから。

「……あのさ、さっきのさ、話だけど」

 信号待ちの最中、夜空を見上げ、光輔が自嘲気味に切り出す。

「助けてもらったのに普通にしてろっての。それって難しいよな」

 何も言わず、夕季が光輔の顔に注目する。

「だってさ、死にそうなとこ助けてくれたんだぜ。頼んでもないのに。それってさ、やっぱ、嬉しいじゃんか。意識しないでいろって方が無理だよ」

「……」

「結局、俺だって夕季に助けてもらったわけだしさ。ほんとは普通にしてた方がいいってわかってるんだけど、なんか、やっぱさ」

「あた……」

「誰にでも苦手なことってあるけど、おまえは自分にしかできないことをちゃんとやってるから、すごいと思う。嘘くさいかもしれないけど、俺はそう思うよ」

「……」

 夕季も空を見上げる。

 梅雨時だというのに空は澄み渡り、満天の星が瞬いていた。


 闇の中、突如として大地が割れ、山が崩れ落ちる。

 淡い光にまみれた街を切り裂き、ビルを押しのけてそれは現れた。

 悪魔の顔を持つ、それらが。


「それは本当なのか?」

 司令部別室で桔平が顔をしかめる。

 かつて凪野専用だったその机の上で妖しげに手を組み合わせ、重々しくあさみが頷いた。

「いつからだ?」

「昨日の深夜、突然現れたの」報告書を桔平に差し出すあさみ。「全部で五十三体。日本中にまんべんなく散らばっているようね」

「これが……」報告書に釘づけになりながら、桔平がごくりと唾を飲み込む。「すべてアスモデウスだと言うのか」

「まだそうとは言い切れない。確かに先のものと同サイズ、同デザインだけれども、これらはいまだ何の動体反応も示していないから。いわば木偶ね」

「ガイア・カウンターは」

「反応なし」

「……五十三体のアスモデウス」

「確認できるものだけでね。人目の届かない山間部や海の底にもいる可能性を考慮すれば、それ以上と思う方がセーフティじゃない」

「……」

 報告書に貼付された数百枚に及ぶ現況写真を見比べる桔平。

 日本中の都市にアスモデウスをかたどった石像のようなものが出現していた。それは川の中に顔だけ出したものもあれば、巨大なビルを引き裂いて居座ったものもある。

 そのすべてが、自分達があいまみえた、あの狂猛な悪魔と同じ姿だった。

 違うのは石像のような色だけである。

「だからと言って……」

「だからと言って、黙って見ているわけにもいかないでしょうね」桔平の声にかぶせて言う。「政府も監視だけは続けるみたいだけれど、最終的な局面に至ってはメガルに出動を要請してきている。前の戦闘で相当懲りたみたいね。モンスターに対抗できるのは竜王だけと、向こうから言ってきた次第」

「……だからって、日本中に散り散りになった五十以上もの敵を、竜王とメックだけで倒せってんじゃないだろうな」

「仕方ないじゃない。それしか手段がないんですもの。実際、この近辺の方面隊の戦力はガタガタよ。これ以上彼らに頼ろうとすることこそ、酷というものじゃないのかしら」

「……」

 桔平が難しい顔で考え込む。

 それを見てあさみがふっと笑った。いたずらめいた、妖しい笑み。

「もし一斉に彼らが目覚めたら、こちらとしても対抗手段がないわね」

 ゆっくり顔を向ける桔平。

「そこで提案なんだけれど、彼らが目覚める前に私達が遠征して、一体一体討伐していくっていうのはどうかしら。もちろん、メックだけでなく竜王も配置させるけれど」

「……」不信そうにあさみを眺めた。「凪野博士は何て言ってる」

「博士は関係ありません。竜王の指揮権も、私達に一任されることになったから」

「!」桔平が目を見開く。「何だって?」

「博士からそう提案してきたの。私達の方が、より竜王を効果的に運用できるはずだからって」

「……」

「ここから一番近いポイントは約三十キロ北西の野部塚市ね。まずはここからつついてみましょうか」

 あさみの顔に注目し続ける桔平。その表情は変わらない。

 何を考えているのかまるでわからなかった。

 あさみの左手の薬指に、エメラルドが輝いていることに気づいた。

「婚約指輪か」

「あら、目ざとい。さすが恐ろしい男」ふっ、と微笑む。「まあ、そんなところかしらね」

「もの好きな奴もいたもんだな。そいつ、自分が殺されるかもしれないって知っているのか」

「失礼なもの言いね。でも残念ながら、殺されるのは彼ではなく私の方かもしれない」

「物騒な彼氏だな」

「ええ。やきもちをやくのなら、あなたも覚悟しておいてね」

「誰がやくか!」目を剥くように食いついた。「いっそ、そいつを副司令にしたらどうだって思っただけだ」

「あら?」面白そうににやりと笑う。「それができるくらいならとっくにしているわ。あなたなんかに頼らずにね」

「ああー! ああー! 俺なんかで悪かったな」

「仕方ないじゃないの。とりあえず我慢してあげるわよ」

「おい、こら、勝手に任命しといて、思っくそ不服そうじゃねえか。気に入らねえぞ。まさか今さらんなって後悔してんじゃねえだろうな」

「そうとも言えるわね」

「冗談じゃねえぞ! こっちだって好きで……」

 ノックの音に振り返る桔平。

「どうぞ」

 あさみがそう告げると一人の少年が姿を現した。

 鮮やかに流れる金色の髪と、触れるものすべてを切り裂きそうな鋭いまなざし。

 霧崎礼也だった。






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