第八話 『終わりなき連鎖』 5. バーベキュー大会
酔っ払い達の宴は絶頂状態だった。
桔平の退席後も、光輔と夕季を肴にお下劣な座談会が続いていた。
「おまえらつき合っちゃえばいいじゃないか」
ビールを飲みながら何の気なしに南沢が口走る。
すると目を倍以上に見開く光輔の隣で、夕季が顔を赤らめた。
「おうおう、いっそ結婚しちまえって」コンロで串ものをかえしながら駒田が楽しそうに笑った。
顔を引きつらせながら、光輔が夕季のご機嫌をうかがい見る。
「ははっ、あんなこと言ってる……」
見たこともないような凄まじい形相で、夕季が光輔を睨みつけていた。
「……頼むから俺のこと睨まないでくれる」
「睨んでない……」
「バカヤロウ!」
突然の怒号にびくっと体をすくませる光輔。
夕季の右隣で鳳がべろんべろんに酔っ払っていた。夕季の肩をぐいと抱き寄せる。
「こいつは俺の娘みたいなもんだ。こんなどこの馬の骨とも知れないような、へなちょんぱにやれるか!」
「へなちょんぱって、何」
知るか、という顔で夕季が光輔を睨みつけた。
「でもさ、鳳さん。こいつらの子供なら、すげえのが産まれると思うぜ」
「そうそう。素手でインプをしばき倒せるような」
駒田と南沢をくわっと睨みつける鳳。
「バカヤロウ!」
さらに強く夕季を抱き寄せた。
夕季の口がへの字に曲がる。
「俺はな、こいつがかわいくてかわいくて仕方がないんだ。娘の生まれ変わりだとさえ思っているのだぞ!」おろんおろんと涙を流す。「それはもう、食べてしまいたいくらいだ! 小遣いもやるぞ。いくらだ、いくら欲しい、おまえ」
「いらない……」
「二万円くらいでいいのか? だいたい相場はどれくらいだ? いくら渡せば納得して帰ってくれるんだ! 後でもめるのは勘弁してくれ」
「エンコーじゃないか」あきれ顔の南沢。「自分の娘、殺しちゃったし」
「泣いちまったよ。おっさん、へべれけだな」軽蔑顔の駒田。「くれるってんだから、とりあえずもらっとけよ、夕季」
「……いらない」
「おい、駒田、二万円貸してくれ」
「嫌だ!」
「たしかに鳳さんの娘さんよりは夕季の方が美人だよな」南沢が笑いながら言う。「かなりね」
鳳の腕の中で夕季が赤くなった。
「たわけが! どうみてもいい勝負だろうが! 甲乙つけがたいところだ」
「どこに基準をおきゃ、そんな強気になれるんだ……」
駒田が言葉を失う。
鳳が豪快に笑った。
「同率首位だ! 両校優勝だ!」
「わけわかんねえ!」
南沢がフォローに入る。
「鳳さんの娘も、女子プロだったら、普通かちょっと下くらいかもしれないけどな」
「何の女子プロだ!」
「全部言わせる気なのか? いいのか?」
ぺっと唾を吐き捨てる鳳。不機嫌そうな顔になった。
「もういい! おまえらにはもう、娘にも夕季にも近寄らせん!」
「あんたの娘は別にいいけどな」
駒田を睨みつけ、鳳が夕季にぐっと顔を近づけた。
「夕季、こいつらにはもう近づくな。バカが伝染る! 腐る! 心配するな、俺がおまえにふさわしい結婚相手を探してやる」
駒田があきれたように言った。
「どうでもいいけど、あんた、さっきから夕季にすごい顔で睨まれてるぞ」
「おおうっ!」
「睨んで、ない……」
夕刻、夕季と光輔は忍が入院している病室に足を踏み入れた。
その顔を確認し、忍が読んでいた週刊誌を放り出す。
「光ちゃんじゃない。久しぶりだね」
満面の笑みで出迎える忍に、くすぐったそうな顔を向ける光輔。
「ははっ、元気そうだね、しぃちゃん。夕季に頼んで連れて来てもらったんだ。本当はもっと早く来たかったんだけど、ごめん」
「何言ってるの。頭下げるのはこっちの方だよ。本当にありがとうね」
「いや、俺、そんな……」
忍の目尻が下がる。心から嬉しそうに笑った。
「なんか、カッコよくなったね、光ちゃん」
「どうだろ。背はしぃちゃんより高くなっただろうけど」
「ほんと? あたし七十くらいあるかも」
「ええ! マジ。……びみょー」
「はは」表情を正し、夕季へと顔を向ける。「夕季、光ちゃんにちゃんと謝った?」
「謝ったよ」
「ありがとうは」
「……言った、と思う」
「あんたねえ」
バツが悪そうにうつむいた夕季を気遣って光輔が言う。
「いいって、しぃちゃん。何か、こいつにそういうことされると、かえって気持ち悪くて」
「ほら、睨まないの」
「……睨んで、ない……」
「あ、はは……。ねえ、どれくらいかかるの?」
「ん? 来週の検査次第ってところかな。結構早く出れそう」
「そう。よかったね」
「ありがと。あ、光ちゃん、おなかすいてない?」
「ん、まあ」
「よかったら、冷蔵庫の中の物、食べちゃって。あたしも夕季もそんなに食べられないから。ほっとくと桔平さんが全部食べちゃうだろうしね」
「あたしの時もそうだった」口をへの字に曲げ、夕季が振り返る。「いつも両手いっぱいいろいろ買ってくるけど、結局ほとんど一人で食べちゃって。一人でくだらないこと、ずっとしゃべってるし、看護士さんとかにもエッチなことばかり言ってたし。来るたびに冷蔵庫の中、必ずチェックしてたし。何しに来てたんだろう、あの人」
「あの人らしいけどね」
「はは。らしい気がする、俺も」
「迷惑だよ」
「そう言いなさんなって」
「だって」
「来てくれるだけありがたいよ。気にかけてくれてるんだから」
「そう、だけど……。光輔、バナナ」
「あ、サンキュ」
突き出すように差し向けられたバナナを受け取るや、光輔がもふもふと食べ始める。
それを見て、忍が懐かしそうに顔をほころばせた。
「光ちゃんって、昔っからバナナ好きだよね」
「ん? んん、んん」
「泣いてる時だって、バナナあげると泣きやんだもんね。猿の子みたい」
「猿の子って……。いや、それは泣き終わってから、もらってただけみたいな……」
「だっけ?」
「ん、んん」
「お姉ちゃん、りんごの皮むこうか?」
「あ、お願い」
「あ、夕季、そこのメロンも」
「……」果物ナイフを片手に夕季が光輔をじろりと見やる。「皮むくの?」
「いや、切ってくれると、光輔、誠にありがたいかな、と」
「……。とっておこうと思ってたのに……」
「……。マジですか……」
「オレンジで我慢すれば」
「う〜ん……」
「あっははは」二人のやりとりを眺め、忍がおもしろそうに笑った。「いいよ、切っちゃえ、切っちゃえ。せっかく来てくれたんだもの。ね、光ちゃん」
「かたじけない」
「もったいない」
「マジで……」
「あっははは」
目尻の涙をこすり取りながら、忍が夕季へ向き直った。
「あ、そうだ、夕季。エスの人達、感謝してたよ。ありがとうって伝えてくれってさ」
皿やフォークを取り出し、夕季が何気なく顔を向ける。
「そんなのいいのに。頼まれたわけでもないし」
「だから余計にね。あんたがお目玉もらったこと、すごく気にしてたよ。また改めてお礼がしたいって」
「普通にしててくれれば」桔平の言葉を思い出し、手を止める。「……いいのに」
「いいじゃない。悪いことじゃないんだしさ。まあ、ぶきっちょだから仕方ないか」
「ぶきっちょって関係あんの?」
「さあ」
楽しそうに笑い合う光輔と忍。
照れたように背を向け、夕季も安堵の表情を浮かべた。
「こうやって見ると結構お似合いだね。つき合っちゃえば?」
「ちょっと、しぃちゃん!」
何気ない忍の一言に凍りつく光輔。おそるおそる振り返ると、夕季が光輔を睨みつけていた。
「だからあ」
にたにたとおもしろそうに眺め続ける忍に目をやり、夕季が口をへの字に曲げる。
「まんざらでもなかったりして」
「……。お姉ちゃんと木場さんもいい感じだよ」
「な! ちょっ! おまっ、ばっ、ちょっ、ちょ!……」
「理想的な上司と部下って感じがする」
「……。……ま、あね」
「あっははは!」
夕季が光輔を睨みつけた。
「だからあ……」