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第一話 『海より来たる禍』 6. 海竜王



 桔平は陵太郎達の待つ場所へと急いでいた。

 数えきれないほどのインプに足止めを食らい、それらを駆逐しながら前進する。

 援軍は望めず、予備の銃弾もつきかけていた。

 それでも進まなければならなかった。

 陵太郎達を助けるために。

「急げ、くそ、間に合わねえのか……」

 特殊車両を駆り、自問自答を繰り返すも、焦りばかりが積み重なっていった。

「あさみ……」思わず声がもれ落ちる。その後の言葉を飲み込んだ。『本当にそれでいいのか……』

 ガサガサ!

 気配を察知し銃口を向ける桔平。

 陵太郎達のことに気を取られ、わずかに反応が遅れた。

「ちっ!」

 己の失策を痛感し舌打ちする。

 しかし街路樹を割って飛び込んで来たインプは、桔平がトリガーを引き切る以前にその眼前で粉々に砕け散ったのである。

 大量の水を高所からぶちまけたような破砕音をともない、すさまじいまでの衝撃はインプの姿を霧状に昇華させた。

「!」

 白煙のごとき濃霧の彼方に光が宿る。

 一対の黄色い輝き。

 やがてその光の主は、霧の中から人の形を浮き上がらせた。

 それは全長六メートルの黒い人影。

「……海、竜王……」

 桔平が我が目を疑う。それもそのはず、甲冑はすべてはずされ、漆黒のように深い藍色の姿を初めて目にしたからだった。

 インプを澄み渡る鮮やかな海の青だとすれば、さしずめ海竜王は深海の暗闇を映し出す青だった。

「これが本当の海竜王の姿なのか……」

 鎧を取りはずした海竜王のフォルムは、もとより一回りもシャープで獰猛な容貌をさらけ出していた。

 甲虫類、或いは甲殻を持つ節足動物を思わせる艶やかな外殻。触覚のような一対の角からとがった顎のラインは鋭利な刃物を連想させ、切れ上がった両眼は上向きの両肩と相まって、攻撃的なイメージを存分に刻みつけていく。

 オリハルコンで形成されたボディは時に妖しくゆらめき、見る者を惑わせた。

 桔平ですら、目の前のこの巨人が、本当に自分達の味方か否か疑ったほどに。

 桔平の脳裏に浮かんだのは、『魔神』という言葉だった。

 海竜王の足もとに目を向けると、洪水の後のように水が積み重なっている。それはおびただしい数のインプを撃滅したことを物語っていた。

「陵太郎……」

 はっと思い返す。取り残されているはずの雅を救い出さなければならない。

 海竜王を横目で見ながら、桔平は街道の坂道を駆け上がって行った。

「!」

 再び目を疑う桔平。

 そこには冷たくなった陵太郎の亡骸と、そこから一歩も動かずに見守る雅がいたからだ。

 畏怖するように振り返る。

 しかし、すでに海竜王の姿はなかった。

「一体誰が……」


 インプの群れはメガルのすぐそばまで迫りつつあった。反対側の岸から上陸し、街をたいらげてここまで押し込んできたのである。

 基地の近隣の森林で二体の竜王が戦闘を続けていた。

 陸竜王と空竜王である。

 陵太郎の駆る海竜王よりもはるかにぎこちない動きのこの二体は、もっぱらメック・トルーパーの足かせとなっていた。

「くそっ……」陸竜王の中で一人の少年が歯がみする。光輔を殴り飛ばした少年、霧崎礼也だった。

『礼也、夕季、撤退しなさい。もうこれ以上は無理です』

 オペレーターからの指示を受け取る。

「しかし……」

『あとはメックに任せなさい』

「……」自分の無力さが口惜しかった。だがこれ以上続ければバックアップをするメックの存亡も危うい。「わかった。撤退するぞ、夕季」

『礼也』

「今の俺達じゃ、足手まといにしかならない」

『……』

 古閑夕季は空竜王のコクピット内で深く息を吐き出した。礼也同様、何もできずに後退しなければならないことが悔しくて仕方がなかった。撤退を告げられてもその強い目の光だけは失わずにいる。

 明らかな劣勢だった。

 メック・トルーパーの戦闘服は特殊な素材で作られており、至近距離から軍用ライフルの銃撃を受けても衝撃の大半を吸収する。装備も一見ただのサブマシンガンのようだが、弾頭には一撃で車両を撃破するほどの炸薬が実装されていた。それがインプの攻撃の前には手も足も出ない。このままでは全滅も必至だった。

 夕季が振り返る。木々の合間からメガルの上階の壁面が浮き上がっていた。

「エスは。エスはどうなっているの!」

『エスは動くことができません』オペレーターからの返答。『メガルの防衛を最優先するよう命令が出ています』

「メックを見捨てる気!」静かだが怒りは充分に伝わってきた。「最初からメガルだけを守るのが目的だったはずなのに何故。こうなることがわかってて何故!」

『……夕季』オペレーターの口調にやりきれない感情が表れる。『司令の命令よ。仕方がないの』

「博士は!」

『博士は急な用事で砦埜島へ出向いたわ。連絡がとれないのよ』

 夕季がキッと口もとを結び、鋭い眼光でメガル最上階を睨みつけた。司令部があるだろう、その場所を。

「ぐあああーっ!」

 悲鳴のした方向に目線を向ける。

 一人の隊員が倒れ込むのを確認した。

 空竜王が前進を開始する。

 それに気づき、礼也が呼び止めた。

「夕季、何をしている、撤退だぞ。夕季、聞こえているのか!」

 礼也の再三の呼びかけにようやく夕季が応じる。抑揚のない声で告げた。

『やっぱりみんなを置いていけない。礼也一人で帰って』

「……」ぐっ、と歯を食いしばり、礼也が吐き捨てた。「勝手にしろ!」

 負傷した隊員の間近にインプが迫りつつあった。

 マシンガンの連射がそのコアを吹き飛ばす。

 銃を下ろし、傷ついた隊員の体をかばうように膝をついて、空竜王が胸のハッチを開いた。

「大丈夫。今助けるから」

「何をしている。早く、逃げろ……」

 決死の形相で隊員が夕季を追い返そうとする。

 それでも夕季は表情一つ変えなかった。

 空竜王を取り囲むようににじり寄るインプの群。

 それに夕季が気づいていないはずはなかった。

 一斉に飛びかかるインプ達に振り返ることもなく、夕季は隊員へ手を差しのべた。

「くそ、夕季、夕季ー!」

 陸竜王のコクピット内に礼也の絶叫がこだまする。

 夕季の瞳は強い光を放ち続けていた。諦めではなく、すべてを覚悟するがごとく。

 ゴーグルを上げ、夕季が静かに笑う。

 隊員はそれに気づくと表情を整え、夕季の手をつかもうとした。

 その刹那。

 大量の海水が空竜王に降りかかる。

 思わず顔を向けた夕季が見たものは、にわかには信じ難い光景だった。

 そこには空竜王と隊員を守るように仁王立ちする、漆黒の巨人の姿があったからだ。

 海竜王だった。

「陵太郎さん……」陸竜王の中、呆然と呟く礼也。

 インプの群が海竜王目がけて襲いかかった。

 すその広がった足首から高圧の圧縮空気を噴出させ、魔物達の間隙をホバークラフトのごとく海竜王が滑り抜けていく。

 海竜王は両腕の突起部から伸びる長く鋭い爪状の武器を持ち、無数に押し寄せる高圧水流の矢もものともせず、手当たり次第に獲物を撃破していった。インプをはるかに凌駕するスピードで回り込み、鋭い爪を次々とコアに突き刺す。時には切り裂き、時には砕き折り、遠くの敵にはチェーンの付いた爪を射出して撃ち抜いた。

 驚愕すべきは、通常兵器ではコアへの攻撃しか意味をなさなかった魔獣達が、海竜王の前ではまるで実体を持つかのごとく、全身を弱点としてさらけ出したことだった。

 体を真っ二つに引き裂かれたインプはコアを残したまま海水へと還っていった。

 射出された爪で胸を貫かれたインプは、散々振り回されたあげくに別のインプに激突し霧散した。

 その攻撃のすべてが、インプに対して有効打となったのだ。

 魔物の軍勢を海竜王が軽々と蹴散らしていく。

 礼也や夕季達は、声も出せずにその凄絶なる光景を見守るだけだった。

 それはほんの数分の出来事だったに違いない。

 数時間にわたって一つの街を壊滅状態に追い込んだ元凶を、海竜王は瞬く間に殲滅してしまったのである。

 辺り一帯は土砂降りの後のような水浸し状態だった。

 海竜王の全身が返り血のような海水にまみれていた。

 それは海竜王の涙のようにも映った。

 それぞれの機体から降り、勇者を出迎える礼也と夕季。

 しかし海竜王はそれに応じることなく、二人の前から消え去っていった。

 次の獲物を求めて新たな死地へ赴く、獰猛な狩人のごとくに。


 脅威の消え去った静かなる廃墟で、桔平はいつまでも雅と陵太郎を見守っていた。

 声をかけることすらできぬまま。

「!」

 物音に気づき辺りを見回す。

 いぶかしげな表情で坂を下って行くと、乗り捨てられた抜け殻のような海竜王の姿を確認した。

 はっ、となり通りへ出る桔平。

 海竜王を持ち出した人間は、まだ近くにいるはずだった。

 だが桔平はその答えを見定めることはできなかった。

 そこには肩を落とし、うなだれたように歩き去る少年の姿しかなかったのだから。




                                      了

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