第八話 『終わりなき連鎖』 3. 独断場
メガル本棟、大会議室内に桔平の姿があった。
議長席のあさみの横で、気のなさそうな表情でぶちぶちと鼻毛抜きにふける。
張りつめた空気も意に介さず、ふわあ〜、と大あくびをした。
嫌悪感をあらわにする他の面々。
進行係を一瞥し、一人の男が自信に満ちた面持ちで挙手した。
「エネミー・スイーパーも含めたメック・トルーパーの近頃の独断行動は目に余るものがありますが、進藤局長はどうお考えでしょう」
百人もの人間達であふれ返る大会議室。その中で桔平とあさみは群を抜いて若かった。
もともとは火刈のとりまき連達であり、みな、若造の新司令官達にガツンと食らわせてやろうと、はなからのんでかかっていた。
「その件に関しては柊副局長がお答えいたします」
妖しく笑うあさみ。
すると桔平は面倒くさそうに顔を向けた。
「んあ?」
「早くお答えいただけませんか!」
なめた態度の桔平に苛立ち、語気を荒げる男。かつてこの会議室でドンドンと机を叩き、桔平や鳳を威圧した人間だった。
「そうだな……」今考えていると言わんばかりの表情。
「まさかとは思いますが、ペナルティなしですませようというおつもりではないでしょうな」意地悪そうにニヤつく。「私達事務職とは違い、直接部隊を率いていた経験もおありでしょうし、お気持ちは察しますが、それでは示しがつきません。馴れ合いと言われても仕方がない。我々としても大元への報告をどうすべきか頭が痛いところでしてね」
「おう、そうだな。あんたなんかに言われなくてもわかってるって。心配しなさんな」
「!」横柄な桔平にカチンとくる。「我々の納得のいく説明をしていただきましょうか! 柊副局長!」
「ガンガンがなりたてんじゃねえって。あ〜、うるせえ」桔平が口うるさい母親を見るような顔をした。「でっけえ声出しゃ、思い通りになるとでも思ってんのか? 案外ここの連中もレベルが低いんだな」
ざわめき立つ会議室。
一瞬ですべてを敵にまわした。
「局長! 彼は副局長としてふさわしくないのではありませんか!」
男が立ち上がる。
「このような人間に我々を牽引することができるとは到底思えませんが」
「落ち着きなさい。大城室長」
「資質の問題です。彼にはそんな大役を担う器がない」
「控えなさい」
「いいえ、彼を増長させれば、今にメガルにとって必ず不利益となります。私はそれをさせないためにも、あえて苦言を呈します!」
火刈の傘の下、分不相応な権力を振りかざしてきたあさみを、彼らは快く思ってはいなかった。火刈なき今、実のともなわない人間に従う理由はどこにもない。
「ガタガタうるせえぞ! 座れ!」
「な……」桔平の一喝に男の血の気がさあっと引いていく。すぐに気持ちを取り戻した。「そんな安っぽい脅しに屈するとでも……」
「座りなさい」
冷たいあさみの一撃。
その瞳の奥を覗き、男の背筋が凍りついた。絶句して着席する。
「ほんと、せっかちだな、あんたら。口開きゃ、自分のことばっかだ」広大な会議室全体を見渡すように桔平が切り捨てた。「ふんぞり返って威張ってるか、弱いモンいじめして悦に入ってるかだけで、中身はスカスカだ。社長さんがいなくなった途端にこれかよ。こんなぼんくらどもばかりじゃ、人類を破滅に導くわけだな。焦るんじゃねえっての。順を追って説明してやるからよ。キャンキャン、キャンキャン、犬っコロじゃあるめえし、しばらく口つむってろ」
「それは問題発言だぞ! 我々を犬っコロ呼ばわり……」
「黙ってろっつったんだ! 日本語も通じねえのか、ここの能無しどもは!」
「……」
ざわざわと室内に不協和音が響き渡る。それすらものともせず桔平は続けた。
「メックやエスのやったことは、決して誉められたものじゃない。いくら結果を出したからって、組織の中ではあってはならないことだ。こんなことを続けていれば、いつか組織は崩壊するだろう」
意外な常識論に幹部連が戸惑いをみせる。
「したがって苦渋の選択ではあったが、奴らを全員解雇することにした」
静まり返る室内。
おそるおそる、古株の一人が発言した。
「それがメガルの意向なのか」
「いや」ぐっと睨みつける。「俺の独断だ」
「な……」
「副司令官に就任したとは言え、これからも部隊を率いるのは俺だ。俺はあんな命令違反ばっかで上を上とも思ってないアンポンどもを使うつもりは毛頭ない。それじゃ、こっちの命がいくつあっても足りねえからな」
「だが、エスはともかくとして、メック・トルーパーは国の所有物でもある。こちらの都合で一方的にそれを解体した、では、政府も黙っておらんだろうに」顔をしかめ、責めたてるように桔平を睨み返す。「再編が必要になる。どうするおつもりだ、これから」
「心配するな。次の手は考えてある」にやりと笑った。「あんたら全員をメック・トルーパーとして登録しておいた。ニュージェネレーションの誕生だ。明日からと言わず、午後からでも早速訓練を始める。俺のしごきはきついぞ。覚悟しとけ、ジジイども」
一瞬の沈黙。すぐに場内が爆発した。
「ふざけるな、何様のつもりだ!」
「横暴にもほどがある!」
「早速報告させてもらおう!」
「いったいどんな権限があってそんなでたらめを!」
「権限ならある」
全員が桔平の顔に注目する。
「あんたらの大元の上司には、すでに許可はとってある」
「嘘を言うな!」大城が立ち上がった。「そんな馬鹿げた決定に誰が賛同すると言うのだ!」
「嘘じゃねえよ。信じられねえなら、今すぐ確認してみな」席を立ち、ぐいと顔を近づける。「あんた、向こうじゃ、『切れたナイフ』、なんて呼ばれて、一目おかれてるらしいな」
ムッとする大城。
「違う! 『研ぎ澄まされたナイフのような鋭い切れ味を持つ、怒れる若き荒獅子』、だ! 間違えるにもほどがある!」
「イタイな、あんた。自分で言っちまってよ。結構気に入ってるみたいだな、そのキャッチ。俺には使いこなせねえ。恥ずかしすぎて」
「ん、な……」
「ほんと、つくづくだ。まあ、いい。センスがねえのはどうしようもねえ。でな、親方のみなさんにあんたらの仕事っ振りと、なんだか中にはとんでもねえことしてる輩もいるみたいですぜ、って世間話してやったら、例外なく向こうから、よろしくお願いします、っと頭を下げてきちまってさ」大城の顔をしげしげと眺める。「安藤さんだっけ? あんたの親分。何とぞ穏便にお願いしますって、そればっかだったぜ。なんかやましいことでもあるのかね。俺にゃ、さっぱりなんだが」
言葉を失う大城。怒れる肩を荒げ、背中を向けて退室しようとした。
「ふざけるな、やってられるか!」
「出て行くのは勝手だが、もし何らかの心当たりがあるんだったら、やめといた方がいいんじゃねえのか?」
大城がゆっくりと振り返る。桔平に青ざめた顔を向けた。
「とりあえずこの先、座ってできる仕事はねえやな。ここにいたって同じかもしれねえが、キッツイ監視ついて、何するにも制限いっぱいで、給料が十分の一になるよか、まだましかもってことだ。や、その前にブチこまれちゃたりしてな。結局自分の身を守るためにも、そいつらメガルにしがみつくしかねえんだな、かわいそうに。でも仕方ねえよな、自業自得なんだもんな。げっははは!」
げらげら笑う桔平。薄笑みを浮かべ、大城と向かい合った。
「ま、あんたはそういうのとは関係なさそうだから、嫌ならここから出てってもいいよ。安藤さんには俺から話しといてやる」
塩をかけられたナメクジのように縮こまり、大城が青白い顔を伏せる。
ふいに桔平の表情に険が浮き上がった。
「ここにゃ、そんなフザけた野郎は一人もいねえだろうが、何もしねえで上にゴマばっかすってやがった奴等も同罪だ。三田圭一、中西徳茂、小木守数の三名を除く全員は、これよりメックと現行の仕事を兼任してもらう。どうせ今まで仕事らしい仕事もしてこなかったんだから、ヒマつぶしにゃちょうどいいだろ。訓練服はすでに各自の仕事場に届けておいたから、戻ったらすぐに着てみろ。サイズが合わなかったら言ってくれ。今日中なら交換を受けつける」
完全に毒気を抜かれ、室内は通夜のように静まり返っていた。
見かねてか計算ずくか、それまで静観していたあさみが救いの手を入れる。
「弱い者いじめはそのくらいにしておいたら、副局長。みなさん完全に信じ込まれていらっしゃるわよ」
ほっと胸を撫で下ろす幹部連。
しかし、桔平がいちるの望みを撃ち砕く。
「おいおい、俺は本気だぜ。本気でこいつらにインプと戦ってもらう。上司の命令には服従する義理堅い連中なんだろ。死ねって言や、死んでくれそうだし。こんなにもってこいの奴らどこにもいねえだろ。適材適所ってやつだ。もともとあんたら一人分の給料で、兵隊、三、四人は雇える計算だから、それくらいやってくれてもやりすぎってこたねえだろ。仮にぶっこ抜いた分入れることがありゃ、もっと働いてもらわなきゃなんねえけどな」
その声は耳をふさいでも彼らの心の中に侵入してきた。
「無理だとわかっているのに?」
「無理でも何でもやってもらわなくちゃ困る。何せ、メックは今俺一人だけなんだからよ。あるモンでしのがなくちゃならねえんだ。本当は隊員の急募でもしたいところだが、残念なことに俺は忙しすぎて、そんなことをしているヒマはねえ。てめえらが仕事をまともにやらねえツケが、全部こっちにまわってきやがんだ。そんなに簡単に前くらいのレベルが揃うとも思えねえしな。とりあえず、捨てゴマモードでだましだまし使っていく所存だ。もしどうしても嫌だってのなら、俺のかわりに明日までに前と同じくらいの猛者どもを連れてきてくれや。やっつけで集めてきたって駄目だぜ。そんないい加減な奴ら雇うつもりは、ケツの毛ほどもねえ。俺が使い物にならないと判断したら、代わりに自分らに穴を埋めてもらうからな」
げっそりする幹部連。
大城も十も老けたような顔つきで、足もとばかりを見続けていた。
ドンと机の上に足を投げ出す桔平。
弾かれたように顔を向けた連中を激しく睨みつけて、桔平は言い放った。
「ガチだ! よく聞け、ボケジジイども! 明日までに直筆で始末書百枚書いてこい。徹夜してでも書いてこい。代筆は認めない。内容は自分で考えろ、って言いたいところだが、むしろ、あんたらのことを冷静に見てた部下とかに考えてもらった方が的確かもしんねえな。もし俺の意図と違ったこと書いてきやがったら、その都度倍にして書き直しだ。それと自分らの足で百人の嘆願書を集めろ。身内じゃない。ここで働く人間のものだけだ。一人一人頭を下げて、丁寧にお願いしてこい。自分達の無能さのせいでメックを失ってしまいました、何としても復帰していただきたいのですが、申し訳ありませんがお力をお貸しいただけませんか、ってな。期限は今日一日。その様子をきっちりビデオに収めて提出しろ」
「しかし、我々にも他にすべきことが……」
「安心しろ。あんたらがいつもどおり仕事をサボってても、いつもどおり世の中は回っていく。忙しい職務の合間を見て、何日かかっても俺が全部見てやる。ちなみに俺が納得してハンコ押すまでは、あんたら全員給料ねえと思っとけ。一人でも不合格者がいるうちは連帯責任だ。気に入らねえんなら、労組でもストライキでも好きにしろ。俺が全力で叩き潰す。あ、それからな、もう一つ教えておいてやる。俺のガキの頃からのあだ名だ、覚えておけ」にたり。「とても恐ろしい男だ」
窓の外、青空の下を、自由の鳥が飛び立っていく。
一人が呆けたように呟いた。
「……そのままじゃないか」