表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/104

第八話 『終わりなき連鎖』 OP



 氷のようなそのまなざしは、何も信じてはいなかった。

 夜の路地裏に無様に横たわる男達の中で仁王立ちした今も、鎮まらない怒りのやり場を探し続ける。

 高架の壁に張りつき怯える男女にギッと振り返り、霧崎礼也は吐き捨てた。

「消えろ」

 呪縛から解放されたように、そそくさと逃げていくカップル。

 無粋に悶え苦しむ十人以上ものチンピラ達を見下ろし、礼也は血も吐かんばかりの静かな怒りを押し出した。

「どうして、こんな奴らだけがのうのうと生きてやがる。こんな奴らだけが」

「てめえ、百人で囲むぞ……、があっ!」

 精一杯の凄みを絞り出したリーダー格の横っ面を、礼也が躊躇なく踏み抜く。

 地面を舐めるように、男が弱々しい呻き声をあげた。それは、これまでの人生を力だけで支配してきた彼が、おおよそ初めて発する女々しい響きだった。

「消えろ。どいつもこいつも、俺の前から消え失せろ」

「だったら、てめえっ、が、消えろ……」

「何!……」

『俺、が……』

 脳裏に浮かぶのは少年時代の出来事だった。


 小学生の礼也は、宿舎で五対一のケンカを繰り広げていた。中には明らかに礼也より年上の輩も何人かいたが、相手全員にケガを負わせ、三人が戦意を喪失して泣きわめいていた。

 陵太郎が慌てて止めに入る。

「やめろ、やめろ、おまえら」

 一人が礼也を指さして言った。

「こいつがいきなり殴りかかってきたんだよ」

「本当なのか、礼也」

 礼也はギリリと奥歯を噛みしめ、陵太郎を睨みつけた。おまえもか、という表情で。

 真っ直ぐな陵太郎のまなざしを受け、悔しそうに顔をそむける礼也。

 それを見て陵太郎がピンときたようだった。

「おまえら、礼也に何か言ったのか?」

 五人が顔を見合わせる。

 別の一人が小声で答えた。

「別に、何も言ってないよ……」

「本当だな」

「……う、ん」

 口ごもる五人を不信に思い、さらに問いつめる。

「おまえら、こいつに何言ったんだ。本当のことを言ってみろ」

「本当も何も、俺ら……」

「……」

「こいつがエンコーで産まれて、捨てられた子だって言っただけだ……」

 礼也がぐっと歯を噛みしめる。込み上げる感情を懸命にこらえていた。

「バカ野郎!」

 陵太郎の怒号にはっとなる礼也。

「二度とそんなくだらないことを口にするな! 今度言ったら許さんぞ!」

「だって本当のことだろ!」

「それがどうした。こいつが誰の子供だろうと、こいつはこいつだ。それ以上でも以下でもない」

「だって……」

「だったら俺達は人殺しの子だ。これからそう呼べ。いいな」

「……。なんでこんな奴、かばうんだよ! こんな奴、いなくなればいいんだよ! すぐ暴力ふるうし、みんな嫌ってるし、必要ないんだよ、こんな奴」

「おまえ達にそんなことを言う資格があるのか。こいつよりがむしゃらに努力してるって、胸を張って言えるのか」

「……」

「おまえ達はこいつを妬んでいるだけだろう。見下してるこいつが、自分達にできないことができるのを認められないだけだろう。違うって言えるのか!」

 陵太郎の迫力に言葉を失う五人。シュンとうつむいた。

「こいつはここにいてもいい。ここに必要な人間なんだ。誰も認めなかったとしても、俺は認める。こいつは、俺達にとって、必要な人間だ」

 礼也は瞬きも忘れ、陵太郎の背中に見入っていた。

 眩しくて正視できずに目を細める。

 涙が出そうだった。

「大丈夫?」

 優しげな声に振り返ると、雅が手をさしのべて笑っていた。

「全然、気にしなくてもいいよ。あたしも認めてあげる」

 眼前の光景が、じわりとぼやけ始める。

『俺が欲しかったものは』

 雅の手を振り払う礼也。

 すべてを拒絶するように固く口もとを結び、そこから顔をそむけた。

『俺が欲しかったものは……』





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ