第八話 『終わりなき連鎖』 OP
氷のようなそのまなざしは、何も信じてはいなかった。
夜の路地裏に無様に横たわる男達の中で仁王立ちした今も、鎮まらない怒りのやり場を探し続ける。
高架の壁に張りつき怯える男女にギッと振り返り、霧崎礼也は吐き捨てた。
「消えろ」
呪縛から解放されたように、そそくさと逃げていくカップル。
無粋に悶え苦しむ十人以上ものチンピラ達を見下ろし、礼也は血も吐かんばかりの静かな怒りを押し出した。
「どうして、こんな奴らだけがのうのうと生きてやがる。こんな奴らだけが」
「てめえ、百人で囲むぞ……、があっ!」
精一杯の凄みを絞り出したリーダー格の横っ面を、礼也が躊躇なく踏み抜く。
地面を舐めるように、男が弱々しい呻き声をあげた。それは、これまでの人生を力だけで支配してきた彼が、おおよそ初めて発する女々しい響きだった。
「消えろ。どいつもこいつも、俺の前から消え失せろ」
「だったら、てめえっ、が、消えろ……」
「何!……」
『俺、が……』
脳裏に浮かぶのは少年時代の出来事だった。
小学生の礼也は、宿舎で五対一のケンカを繰り広げていた。中には明らかに礼也より年上の輩も何人かいたが、相手全員にケガを負わせ、三人が戦意を喪失して泣きわめいていた。
陵太郎が慌てて止めに入る。
「やめろ、やめろ、おまえら」
一人が礼也を指さして言った。
「こいつがいきなり殴りかかってきたんだよ」
「本当なのか、礼也」
礼也はギリリと奥歯を噛みしめ、陵太郎を睨みつけた。おまえもか、という表情で。
真っ直ぐな陵太郎のまなざしを受け、悔しそうに顔をそむける礼也。
それを見て陵太郎がピンときたようだった。
「おまえら、礼也に何か言ったのか?」
五人が顔を見合わせる。
別の一人が小声で答えた。
「別に、何も言ってないよ……」
「本当だな」
「……う、ん」
口ごもる五人を不信に思い、さらに問いつめる。
「おまえら、こいつに何言ったんだ。本当のことを言ってみろ」
「本当も何も、俺ら……」
「……」
「こいつがエンコーで産まれて、捨てられた子だって言っただけだ……」
礼也がぐっと歯を噛みしめる。込み上げる感情を懸命にこらえていた。
「バカ野郎!」
陵太郎の怒号にはっとなる礼也。
「二度とそんなくだらないことを口にするな! 今度言ったら許さんぞ!」
「だって本当のことだろ!」
「それがどうした。こいつが誰の子供だろうと、こいつはこいつだ。それ以上でも以下でもない」
「だって……」
「だったら俺達は人殺しの子だ。これからそう呼べ。いいな」
「……。なんでこんな奴、かばうんだよ! こんな奴、いなくなればいいんだよ! すぐ暴力ふるうし、みんな嫌ってるし、必要ないんだよ、こんな奴」
「おまえ達にそんなことを言う資格があるのか。こいつよりがむしゃらに努力してるって、胸を張って言えるのか」
「……」
「おまえ達はこいつを妬んでいるだけだろう。見下してるこいつが、自分達にできないことができるのを認められないだけだろう。違うって言えるのか!」
陵太郎の迫力に言葉を失う五人。シュンとうつむいた。
「こいつはここにいてもいい。ここに必要な人間なんだ。誰も認めなかったとしても、俺は認める。こいつは、俺達にとって、必要な人間だ」
礼也は瞬きも忘れ、陵太郎の背中に見入っていた。
眩しくて正視できずに目を細める。
涙が出そうだった。
「大丈夫?」
優しげな声に振り返ると、雅が手をさしのべて笑っていた。
「全然、気にしなくてもいいよ。あたしも認めてあげる」
眼前の光景が、じわりとぼやけ始める。
『俺が欲しかったものは』
雅の手を振り払う礼也。
すべてを拒絶するように固く口もとを結び、そこから顔をそむけた。
『俺が欲しかったものは……』