第七話 『伝えられない言葉』 11. 飲みに行きませんか
空竜王から降りたバトル・ジャケット姿の夕季を、桔平と光輔が出迎える。
「無茶しやがって」
夕季が桔平をじっと睨みつけた。
「どうやってクルーをたぶらかしたのか知らねえが、おまえ今、空竜王に近づくのも禁止なんだろ。帰ったらおこごとくらいじゃすまねえぞ」
何も言わずに夕季は歩き始め、光輔の笑顔の前で足を止めた。
「ナイス、夕季。助かったよ」
光輔に一瞥くれ、通り過ぎようとする夕季。顔も向けずにぼそりと言った。
「こんなことくらいで借りが返せたとは思ってないから」
「俺は、そんな借りだとか……」
とまどうように光輔が夕季に注目する。
光輔をちらと見やり、夕季は気まずそうに顔をそむけた。
「ありがとう、光輔……。いろいろ……」小声で言う。それから照れくさそうにこめかみを指でこすった。
光輔がふっと笑った。
「隊長、久しぶりに飲みに行きませんか」
満面の笑顔で大沼が言う。
左肩のかすり傷を押さえながら、木場が苦々しい顔を向けた。
「バカ野郎、俺は下戸だぞ」
「知ってますよ」涙のあとも消えぬまま黒崎が笑った。
「いいじゃないですか、たまには」ぐすんと鼻を鳴らす大沼。「ずっと前から考えていたんです。なかなか切り出せなかったんですがね」
「隊長のおごりすよ」
木場の目頭が熱くなる。こめかみを手で押さえた。
「あ、隊長が泣いた」
「泣いて、らい……」
「今、らいって言ったぞ」
「うるさい!」
巻き起こる爆笑。
みな楽しそうに笑っていた。
ほんの一時間前までは、誰もが想像すらしえなかった光景だった。
その様子を桔平は涼しげなまなざしで見守っていた。光輔の横で呟く。
「俺との約束は当分後になりそうだな」
「?」
「光輔、今夜飲みに行くか?」
「俺、めちゃくちゃ高校生ですよ」あきれ顔で桔平を眺める。「ちょっと前まで中学生だったす」
「バカヤロウ、そんなもんビビッててどうするか!」
「捕まるのは桔平さんの方ですけど」
「ふぅん……」淋しげに遠くを眺める桔平。かたわらの夕季に振り返った。「おい、夕季、ケーキバイキングでも行くか? おごってやるぞ」
「行かない」振り向きもせず即答。加えて冷たい口調だった。
さらに淋しそうな表情になり、桔平は光輔に情けない顔を向けた。
「んじゃ、おまえ行く?」
「いいですよ」
「あれ、即答……。今、俺のこと、かわいそうだと思ったろ?」
「はい」
「……ふぅん。……。お、そうだ、しの坊に電話しとかねえと……」
「桔平」
桔平と向かい合う木場。
二人が互いの信頼をぶつけ合った。
表情を正し、憂慮するように木場が口を割る。
「桔平。進藤には気をつけろ。あいつは本気でメガルの消滅を考えている。俺もおまえも関係ない。変えるつもりも毛頭ない。奴の頭にあるのは、跡形も残さない、すべての消滅だけだ」
「わかっている」桔平が遠くを見つめた。「あいつは俺達の敵だ……」
夕暮れのメガル基地で、雅は光輔を迎え入れた。
諦めたように笑い、紅く染まった顔を向ける。
「どうして教えてくれなかったの。駄目じゃない、何でも話してくれなきゃ」涙をぬぐった。
困ったような様子で光輔がうつむく。雅の悲しそうな顔を見ることができなかった。
「ごめん、雅……」
「駄目だよ、自分だけで悩んでちゃ」
はっとなり顔を上げる光輔。
雅は涙を浮かべながら笑っていた。
「一人で苦しまなくていいよ。あたしも一緒につきあってあげるから……」
火刈聖宜は司令部特別室の扉を開こうとしてその手を止めた。
振り返り、じろりと凪野を睨みつける。
「後悔することになっても知りませんよ、凪野博士」
凪野は何も答えようとはしない。
「この行為を、政府に対する絶縁状のようなものだと私は受け止めますが」
「好きに解釈すればいい」
「確かに私は、博士の意にそぐわないメガルにとって身中の虫かもしれない。更迭なさりたいお気持ちもよくわかります。ですが、これだけは覚えておいてください。私は、この国を汚そうとするモノすべてと、全力で戦う覚悟があります」
「国を辱めているのは、君達の方ではないのか」
ほう、という顔になる火刈。
「その言葉、心に刻みつけておきます。まあよろしいでしょう。今にわかりますよ」
そう言って火刈は部屋から出て行った。
入れ替わりに入室して来た人物が凪野の前に立つ。
「本当に私でよろしいのですね」
凪野がその人物を見上げる。
「よろしく頼む。進藤司令官」
進藤あさみが意味ありげに笑った。
了
地味な回が何とか終わりました。おつきあいしていただきまして、ありがとうございます。