第七話 『伝えられない言葉』 10. 命令拒否
「くそっ!」
廃工場の屋根の上で桔平が吐き捨てる。
「どこから撃ちやがった!」
銃をかまえ、四方八方を見渡す。が、それを特定することはできなかった。
「どうしてこんなことに……」
不安そうに表情をゆがめる光輔に振り返りもせず、桔平は抑揚のない調子でそれに応答した。
「結局、全員揃ったところで、どうにもならなかったのかも知れねえ。だが、自分が駆けつけられなかったことを、あいつは悔いている。幸せを願う言葉の一つすらかけられずに、最愛の者を見殺しにする選択しかできなかった、ふがいない自分を憎んでいる。これが、あいつ自らが望んだ、戒めなんだ」
「……。桔平さん、あそこ!」
光輔が指さす方角に目を向ける桔平。
反対側の建物の陰から二つの人影が様子をうかがっているのが確認できた。
桔平達の位置からは障害物が多すぎる上、手持ちの銃では有効射程圏外だった。
木場までの距離は数百メートル。反対側からの目視は極めて困難であり、かつアクセス・ルートが限定されるため、一流の狙撃手なら近づく敵兵をことごとく葬り去ることができるだろう。
「黒崎、か? あいつなら一キロ先からでも……。野郎、ドサクサに紛れて、おまえまで殺そうとしているはずだ。全部、部下に責任おっ被せるつもりでな。踊らされて用無しになるのがてめえだってことも知らねえで」
「……。行きましょう」
「くそったれ!」
桔平が身をひるがえした。
「木場さん!」
「来るな!」
近づこうとした隊員達を一声で制する木場。荒れたコンクリートの地面に仰向けになり、左肩を押さえ、苦しそうにうめいた。
「おまえ達まで撃たれるぞ。早く散れ!」
木場の絶叫を受け流し、わき目も振らずに大沼が駆け寄る。両手を広げ、決意のまなざしで木場の前に立ちふさがった。
「大沼!」
誰一人申し合わせることもなく、次から次へ隊員達が木場の周囲に集結していく。木場を覆い隠し、両手を広げ、全員で輪を描くように人の壁を作った。
「貴様ら……」
「尾藤!」大沼が大声で叫ぶ。「これ以上この人に手出しはさせん! まだやると言うのなら、俺達を撃ってからにしろ!」
「やめろ、おまえら、命令だ!」
「聞きませんよ」にやりと笑って大沼が振り返った。「あなたがもう一度、俺達の隊長になるって言うまでは……」
集音マイクでその一部始終を把握し、ぎりぎりと奥歯を噛みしめる尾藤。
充血したまなこで、狙撃銃をかまえる黒崎へと振り返った。
「かまうな、撃て!」
しかし、黒崎は動かない。
「何をしている、貴様!」
「……」
「奴らは反乱分子だ。木場に洗脳され、メガルを、この世界を破滅に導こうとしている。ためらうな、黒崎!」
「撃てません……」涙で顔をくしゃくしゃにし、静かに銃を引き離した。「俺には、あの人達を撃つことは、できません……」
鬼のような形相で、尾藤が黒崎を睨みつける。
「貸せっ!」
黒崎から銃を奪い取る尾藤。大沼の額に照準を定め、トリガーにかけた指先に神経を集中させた。
それを押しとどめようと、黒崎が覆い被さる。
「やめろ!」
「はなせ、馬鹿者が!」
「はなすものか!」
「貴様から粛清してほしいのか!」
黒崎を蹴り飛ばし、銃をかまえ直した尾藤が、凶弾を導くべくトリガーを引き絞っていく。
その時だった。
突如として、尾藤の視界が白く染まったのは。
尾藤と木場の空間を隔てるように、空から巨大な白い人がたが舞い降りたのだ。
空竜王だった。
スコープ内で銃弾が白い壁に弾き返されたのを確認し、焦った尾藤が銃を乱射する。
それらはすべて、木場達をかばうように立ち膝にかまえ、白銀の翼を広げた空竜王によって阻まれることとなった。
傾きかけた陽の光を浴び、薄茜色にきらめくその背中を、畏怖するように木場達が見上げていた。
「ぐぅ!」
空竜王の放ったトルネードによって、パームバズーカに手をかけた尾藤が吹き飛ばされる。
らせんを描きながら立ち上がるや、滑るように空竜王が間合いを詰めて行く。弾道から位置を特定し、一瞬で尾藤の眼前まで巨影を躍らせた。
尾藤は尻もちをつき、不気味に光る青い両眼に見据えられると、小動物のように震え出した。
追いつめられ、狂ったようにパームバズーカを乱射する尾藤。その激しい閃光と爆風は、己の体をコンクリートの表層へと叩きつける結果となった。
プラズマ砲弾もものともせず、噴煙の間隙から空竜王がぬうっと顔を押し出す。
「ひ! ひいっ!」
ガチガチと定まらない噛み合わせで、怯えるまなざしの尾藤が、空竜王へ向けてパームバズーカを突き出した。
顔をそむけ、やみくもに撃ち放った流れ弾が、木場達のすぐそばの屋根を吹き飛ばす。
このままでは甚大な被害を招くおそれもあった。
尾藤を貫くため、夕季がフェザーブレードを振りかぶる。夕陽色の艶やかな光が空竜王の全身に流れ落ちていった。
恐怖に凍りついた尾藤は、ただただ空竜王を仰ぎ見るばかりだった。
「く、ああっ……。一年待った。この日がくるのを、一年。一年だ。それを! こんな奴らに……。こんなわけのわからない奴らに!……。……お……」
「!」
尾藤の異変に気づき、夕季がその手を止める。
「やめろ、夕季!」
桔平の声に夕季が振り返った。
そこには、哀れむような桔平のまなざしがあった。
「そんな奴、殺す価値もない」
もう一度夕季が尾藤に向き直る。
尾藤は失禁し、気を失っていた。