表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/104

第七話 『伝えられない言葉』 8. 源流



「杏ちゃん、結婚決まったんだってな」

 桔平のほがらかな問いかけに、木場杏子は満面の笑顔で振り返った。

「ん。何とかなった」肩までのソバージュを揺らし、控えめに答える。それから柔らかな表情で、でへへ、と笑いかけた。

「何とかじゃねえだろ、コノヤロ。杏ちゃんなら、よりどりみどりじゃねえか」

「やっとこだよ、やっとこ」

「ウソこけ。でも杏ちゃんいなくなると淋しくなっちまうな」

「いなくならないよ、桔平君」

「マジ?」

「うん。家計を助けるためにも、ぜひ仕事は続けてほしいって」

「そっか……。でも、悲しむ野郎多いぜ。なっ、木場」

 別館の食堂で大盛りのカレーライスをかき込みながら、桔平の横で木場がじろりと目線だけをくれる。ものも言わず、終始仏頂面のままだった。

「またおまえわあっ、素直に喜べねえのか!」

「うるさい……」

「うるさいのはおまえのツラだ!」杏子に向き直る。「ほんっと、よかったよなあ。こんなネアンデルタール顔に似なくて。奇跡だ、まったく」

「やかましい……」

「やかましいのはおまえのツラだ!」

「……」

「杏ちゃんはこんなにハイクオリティだってのに、やっぱこいつの原始人みたいなフレームと、不細工なツラがネックだったんだろうな」

「あははは……」

「いや、マジ、家族が人間以外ってのは、でけえハンデだぜ。猿人ウーマンになってもおかしくなかったってのに、逆境に負けずによく頑張ったと俺は誉めてやりたいね。杏ちゃん細っちいから、ガチでこいつの中に入って操縦できるんじゃねえか。ゴリ竜王だな」

「いい加減にしろ……」

「てめえのツラこそ、いい加減にしやがれ! 生まれてきて申し訳ねえとか思わねえのか!」

「思うか!」

「思え!」

「貴様こそ申し訳ないと……」

「思うか!」

 二人のやりとりを眺め、杏子がおもしろそうに笑う。少し離れた場所から顔を向けている忍に気がついた。

「しの坊もこっちにおいでよ」

「あ、おめでとうございます」

「ありがとね」

 長身の忍と比べると、杏子は一回り以上も小さく見えた。顔立ちもかなり違う。それでも二人が並ぶとまるで姉妹のようだった。

「あの……」顔を上気させ、嬉しそうに忍が笑った。「尾藤さんなら大丈夫だと思います。優しそうだし、きっと杏子さんのことを幸せにしてくれると思います。あ、私なんかがこんなこと言うの、変ですけど……」

 まるで自分のことのように懸命に訴えかける様子を、杏子はこの上なく好ましいものだと感じていた。心からの笑顔を忍へ向ける。

「私もそう思う。お兄ちゃんは何も言ってくれないけどね」

「あ、木場さんもきっと喜んでいると思います。ああいう人ですから、口にはしないと思いますけど」

「ああいう人って?」

「あ……」

 いたずらっぽく杏子が笑った。

「お兄ちゃん、幸せ者だよ。桔平さんやこういう人がそばにいてくれるから、私も安心していられる。これからもお兄ちゃんのこと、よろしくね」

「あ、そんな、私なんて……」

「はは。しの坊も早く妹さんと仲直りできるといいのにね」

「あ、はあ……」

「大丈夫、必ず伝わるって」

「……」

「悪い子じゃないみたいだし、誤解してるだけだって。きっと今にわかってくれるよ」

 戸惑いの面持ちを隠せない忍に、丸い目がなくなるほどの笑顔を向ける。

「だって、こんなに綺麗な気持ちが伝わらないはずないもの……」

「おい、木場」

 桔平に耳打ちされ、木場が目線だけを向ける。

「心配してんのか。尾藤のこと」

「……」

 不安げに眉を寄せた木場に嘆息し、桔平も神妙な表情になった。

「うわさはいろいろと聞いてる。だが、それがすべて正しいとも言い切れねえだろ。尾藤は環境に流されやすい。野心家かもしれんが、チャンスを待つタイプだ。俺達がしっかり見ててやれば、滅多なことにはならねえだろ。そのうち奴も変わるかもしれん」

「わかっている」

「なら何も心配することなんてねえだろ。杏ちゃんは自分の力で幸せになろうとしている。俺達にできるのはそれを祝福することだけだ。おまえは、杏ちゃんの幸せを第一に考えろ」

「……わかっている」

「おめでとうくらい言ったのか?」

「……。いや、まだだ」

「何やってんだ、おまえは……」

「お兄ちゃん」

 あきれ顔の桔平の言葉を杏子の声が優しくさえぎる。

「今まで本当にありがとうね」

「……」

「いろいろ心配かけちゃったかもしれないけれど、もう大丈夫だから。お兄ちゃんは自分が幸せになるために頑張ってね。今度は私がお兄ちゃんを幸せにしてあげる」

「ばっ! 俺はだなあ!」顔を赤らめ、木場が杏子に食ってかかる。「俺のことはどうでもいいだろうが! おまえは自分のことだけを心配していれば……」

「大丈夫だよ」

「……」

「心配しないで。あたし、幸せになるから」

 満面の笑みで木場をつつみ込んだ。

「必ず幸せになるからね……」

 その時、すべてを押し流す不穏な警鐘が場内に鳴り渡った。


「……何、化け物がメガルに向かっただと!」

 木場が目を見開く。

 木場達メック・トルーパーはメガルとは反対側の海岸へ向かっていた。メガル本部からの出撃命令を受けて。

 プロジェクト・フィロタヌスが発動していた。

 初のプログラム発動ということと、すべてが極秘裏に進行していたこともあり、政府への報告は控えてある。

 全部隊が出撃したため、メガルに戦力は残っていなかった。

『おい、木場!』

 桔平からの無線を受ける。

「桔平、メガルはどうなっている?」

『ヤベーぞ。避難命令は出たみたいだがな、急なことだったし、あの人数だ。取り残された人間達もいるはずだ。俺達はこれからメガルに向かう。おっ、……鳳さん、残りまとめてくれ……』桔平の声が遠くなる。すぐに元に戻った。『おまえらも早く戻れ。そっちの方が近いはずだ』

「……」

『どうした? 木場』

「……いかん」

『はあ!』

「持ち場を離れるわけにはいかん。我々はここで待機するよう、隊長から命令を受けている。ここにも奴らは現れる可能性がある。この場所を死守するのが、我々に課せられた任務だ」

『バカ野郎! あんなボンクラの言うこと、いちいち真に受けるな! あいつは己の保身だけしか考えられない、ただの伝書鳩だ! 今何をすべきか、何が大事なのか、おまえならわかるはずだ!』

「だから俺は、ここに残る」

『バカ野郎! 杏ちゃんもメガルに残っているんだぞ! そんなこと言ってて、もしものことがあったらどうする』

「ここに奴らが現れないという保証はない。おまえにそれが断言できるのか」

『……おい』

「ここを化け物どもに突破されたら街へ被害が出る。何も知らされていない人達が苦しむ。それだけは避けねばならん。メガルはおまえにまかせる。頼んだぞ、桔平」

『おまえ……』

 しかし、いくら待てども、木場のもとへインプは姿を現さなかった。

 隊長クラスも含め、多くの犠牲者を出しながらも、残された桔平や鳳達が何とかインプを殲滅する。

 後にショート・プログラムと呼ばれたそれは、一度だけの襲撃で消滅した。メガル内部に多くの問題点を浮き彫りにさせて。


 メガルに戻った木場を待ち受けていたのは、妹、杏子の亡骸だった。

「満足そうに笑っているでしょう……」

 木場が振り返る。

 目を真っ赤に充血させた尾藤秀作が体を震わせていた。

「一度は逃げたんです。でも竜王のデータを取りに戻ったところを杏子は……」

「……」

「ずっと俺に言っていました。自分達がここにいられるのはメガルのおかげだからだって。少しでもメガルの役に立ちたいって。竜王が自分達の希望だって。たとえ小さな力でも、危険な任務についている俺やあなたの手助けになればいい。そう杏子は笑いながら……」

 込み上げる感情に押される尾藤。左手の婚約指輪を引き抜き、床に投げつけた。

「くそっ!」あふれ出る涙。

 悲しそうに表情を曇らせ、木場は背中を向けた。

「木場さん!」

 立ち止まる木場。

「知っているんですよね。本部が何もかもわかっていて、メックを見当違いの場所へ向かわせたこと」

「……」

「司令と副司令はメガルを私物化しようとしている。そのためには、自分達の思うままに動く部隊の存在が不可欠だ。その必要性を示唆するために、わざと今回のような指令を。そんなことのために、杏子は……」

 木場が尾藤の胸倉をつかむ。鬼のような形相で睨みつけた。

「それ以上言うな。それ以上言えば、たとえ妹の婚約者でも……」

「一緒にかたきを討ちましょう」

「……」

「杏子のかたきを……」

 木場が顔を伏せた。

 それを認め、尾藤がにやりと口もとをつり上げる。

 思いもよらず訪れたチャンスと、獲物が罠にかかったことを確信するように。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ