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第一話 『海より来たる禍』 5. いつでも会える



「くそっ、次から次へ、うじゃうじゃうじゃうじゃと」

 桔平がサブマシンガンでインプを蹴散らす。

「キリがねえ!」

 目の前にぬうっとインプが現れ、青色のコアをうごめかせる。それは無力な人間達をあざ笑っているようにも見えた。

 眉も動かさずに見据え、桔平がコアを正確に撃ち抜く。

 声一つ立てずにインプが四散し、土砂降りにあったように周辺が水びたしになった。

 桔平が車両の無線を受ける。

 陵太郎からだった。

「どうした、陵太郎。……。おう。……。……。ああ、わかった。……。ああ、すぐに行く。心配するな。……。ああ。……。そんなことどうでもいい。待ってろ。すぐ行くからな」

 無線を切る桔平。

 その表情からは先までの余裕が消え失せていた。


「これでいい……」陵太郎が無線機をかたわらに置く。横たわる自分を心配そうに覗き込む雅に告げた。「もう安心だ。桔平さんがすぐ近くまで来ているらしい。よかった……」

「ごめんなさい、あたしのせいで……」

 雅が苦しそうに声を絞り出す。

 それを気遣うように陵太郎は笑いかけた。

「そうじゃない。俺が甘かっただけだ。桔平さんにもよく言われていたんだ。詰めが甘いってな。……おまえは何も悪くない」

「お兄ちゃん……」

 雅の後ろで、光輔が立ったまま二人を見守っていた。

 光輔の目から見ても、陵太郎がかなりの深手であろうことは察することができた。

 考えたくもない結末が脳裏をよぎる。それが顔に出ないように歯を食いしばって耐えていた。

 陵太郎が光輔に目をやる。

 光輔は陵太郎のサブマシンガンを両手で保持したまま立ちつくしていた。

 眩しそうに目を細める陵太郎。

 インプの攻撃は背中から陵太郎の体を貫いていた。

 陵太郎が倒れた後、光輔が銃を拾い上げ、二体目のインプを撃ち取ったのである。

「まさか、おまえに助けられるとはな……」

 陵太郎の優しげな声に、張りつめていた光輔の表情が崩れていく。

「……りょうちゃん……」

「なんて顔してるんだ。せっかく久しぶりに三人一緒になれたってのに」

 陵太郎の声がかすれ始める。

「これからは嫌でも顔を合わせなけりゃならんわけだがな……」

 声を出すのもやっとだった。それでも二人を心配させまいと陵太郎は懸命に笑ってみせた。

「雅。おまえ、桔平さんに全部話したろ。服買ってやることとか。俺、今のであの人に二十回酒をおごらなけりゃならなくなった。金欠もいいとこなのにな。でも心配するな。借金してでも約束は守る。頑張ったご褒美に、おまえにももう一着服買ってやるよ。なあに、死ぬ気になりゃ、なんだってできる。死ぬ気になれば、なんだって……。怖い目にあわせてすまなかったな。頼りない兄貴で……」ぐっ、とうめき、血を吐き出す。

「お兄ちゃん、もうしゃべらないで」

 重い瞼をこじ開け、陵太郎が雅の頭をいとおしげに撫でる。それから光輔に目をやった。

「光輔、ありがとうな。雅を守ってくれて」

「りょうちゃん……」

「おまえ、強くなったんだな。もう俺が心配しなくたって大丈夫そうだ。もし俺に何かあったら、これからもこいつのこと……」目を閉じ、満足そうに笑った。「頼む……。……」

 そして陵太郎は何も言わなくなった。

「お兄ちゃ、ん……」

 硬直する雅の体。すぐにすべてを理解し、陵太郎の体に覆い被さり、大声で泣きわめき始めた。

 受け入れ難い現実を拒絶するように。

「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん……」

 光輔の体が打ち震えていた。

「なんだよ、それ。なんだよ……。いつでも会えるって言ったのに。これからは嫌でも毎日顔を合わせなきゃならないって、ふざけんなよ……」拳を握りしめ、子供のようにぼろぼろと涙をこぼす。「どうやって、顔合わせりゃいいんだよ!」

 光輔が歯を食いしばる。もっとつらいのは雅の方なのだから。

 今朝家を出る時、雅と陵太郎はたわいもない日常会話を交わしたにすぎない。また生きて会えることを当然のように思っていたのだから。

 光輔も同じだった。ほんの数時間前までは、永久に陵太郎に会えなくなるなどとは考えもしえなかったことなのだ。

 日常に平和を感じ取ることは難しい。

 だがそれがどれだけいとおしいものだったかを、今改めて思い知ったのである。

 ぐいと涙をぬぐい取った。光輔にはまだやらなければならないことがある。

 陵太郎との約束だった。

「雅、行こう。ここにいちゃ危険だから」

 平静を装い、光輔が上ずるような声を絞り出す。

 雅からの反応はなかった。

「雅……」

「嫌っ!」

 肩にかけた光輔の手を雅が振り払う。

 振り向きもせずに雅が告げた。

「ここにいる」

「でも」

「光ちゃん一人で行っていいよ。あたしここにいるから」涙と嗚咽でその声が聞き取りづらくなる。「お兄ちゃん、一人でかわいそうだもの。もう少し一緒にいてあげたい。だから……」

 光輔にはわかっていた。こんな時、雅はてこでも動かないことを。たとえどんな危険が迫ったとしても。

 ごそごそという物音に気づき、光輔がガードレールへと身を乗り出す。

 下の街からインプの大群が迫りつつあった。

 それは街全体を覆いつくし、すべてが海の中に閉じ込められたかのように妖しくゆらめいていた。

 雅へ振り返る。

 その結末は容易に想像できた。

 キーン!

「!」

 ふいに誰かに呼ばれた気がして光輔が辺りを見回す。

 巨大な音叉を激しく震わせたような呼びかけは、坂の下から響き続けていた。

 ゆっくりと坂を下って行く光輔。

 そこには陵太郎が乗り捨て、抜け殻となった海竜王の姿があった。

 キーン! キーン! キーン!

 主を失い、泣いているようにも思えた。

「おまえにもわかるのか。主人がいなくなったことが……」

 光輔が海竜王に手をかける。

 するとそれはいっそう激しく主張し始めた。

 キーン! キーン! キーン! キーン! キーン!

 しだいに光輔の鼓動が高まっていった。





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