第七話 『伝えられない言葉』 6. 伝えられない言葉
夕季が病室に入って来た。口をへの字に曲げて。
それにすぐにピンとくる忍。
「何やらかしたの?」
すると、夕季がびくっと体をすくませる。わかりやすいリアクションだった。
「……別に何も」
「嘘言いなさんな。なんかやらかしたような顔してるよ」
「……光輔に謝ってきた」
「それから?」
「……。それだけ」
「お礼は?」
「い、いいい……、そびれた」
「それで?」
「それで、って……」
あきれたように息をつく忍。
「あのね、あんたのことは私が一番よくわかってるの。隠しても駄目。なんかやらかした時は必ずそんな顔になってるの。てかね、鏡見てごらん。誰にでもわかるって、そのへの字口なら」
「への字じゃない」
「への字だよ。なんで反射的に何でも否定するの?」
「……」忍に刺し込まれ、夕季が困ったような顔になる。「あのね……」
その時、野太い声が夕季の声をかき消した。
「入ってもいいか?」
「どうぞ」
忍がよそいきの声で答えると、その男、木場雄一は岩のような顔をぬっと押し出すように入室してきた。
途端に豹変する忍の表情。
「ドアが開いていたんでな。どうだ、調子は?」
「はい。順調です」口もとを引きしめ、姿勢を正す。「あの、輸血、どうもありがとうございました」
「そんなにしゃっちょこばるな。治るものも治らなくなる」
「はい」
木場が夕季に気づく。
夕季は身がまえるように木場を見上げ、何も言わずに一度深く辞儀をした。
「夕季、お湯取って来て」
「うん」
木場にちらちらと振り返りながら、夕季がポットを手に部屋を出ようとする。
「気を遣わなくていい」
夕季を見守り、木場がまた忍に向き直った。
「たいしたものだな、おまえ達姉妹は。二人だけで世界を救ってしまった。それに比べて俺達は、ふがいなさだけが露呈してしまったようだ」
「いえ、私達は……」
「いや、三人か」
忍が目を見開く。複雑そうな表情になった。
「……隊長。あの……」
「安心しろ。夕季への特定コードは解除された。しばらくは空竜王に近づくことも厳禁だがな。だが穂村光輔のものはまだだ。俺はエスの責任者として、彼に会わねばならん」
「……」瞳に決意を込める忍。「隊長、穂村光輔は決して見返りを求めることなく、自己犠牲の精神を持って、自らの意志で強大な敵に立ち向かっています。これは我々メック・トルーパーの信念に通ずるところであり、むしろ尊ぶべき存在であるかと……」
「そんなことはわかっている」忍の顔を涼しげに見据え、木場が笑う。すぐさま表情を正した。「だが俺はエスの隊長だ。あくまでもこの立場で彼と会わねばならん。会って確かめなければならないことがある」
遠くを見つめるような木場のまなざし。
忍は心配そうな様子でそれを見続けた。
「すまなかったな、邪魔をして」
ふっ、と笑い、椅子から立ち上がる木場。
「あ、すぐにお茶をお入れしますから、もう少しお待ちください」
「いや、行かなければならんところがあるのでな、失礼する。……花を」思い出したようにそれを口にした。「花を買ってこようと思ったんだが、おまえの好きな花が思い出せなかった。何をやってもこのざまだ。まったく、何の役にも立たん」
「……」
「かすみ草だったか?」
「はい……」
「わかった。今度来られたら、たっぷり買ってくる」背中を向け、穏やかな口調で告げた。「早くよくなれよ、忍」
「!」忍の心を揺り動かす感情。「隊長、木場隊長!」
木場は振り返らなかった。重い足を引きずるように部屋を出て行く。
その背中に悲痛な決意を刻みつけて。
焦ったように忍は、連絡用の携帯電話へと手を伸ばした。
「桔平さんですか? 私です、忍です。……はい、あの、木場さんの様子が変なんです。……。そうじゃありません。本当に何か変なんです。いつもとは違う様子で……」
部屋の外で夕季が聞き耳を立てていた。
これほどまでに取り乱した忍の姿を、夕季は見たことがなかった。
「お願いします。助けてください。木場さんを助けてください……」
「はい、わかっております、火刈司令」尾藤が携帯電話に相づちを打つ。「はい、必ず。それがたとえ、この身を引き裂かんばかりの苦渋の選択だとしても……」
通話を終え、ものものしい表情で尾藤は立ち上がった。
その後ろ姿を不安げに眺める黒崎。
明かりが消え、誰もいなくなったエスの武器収納庫で、尾藤は振り返りもせずに言った。
「行くぞ」
黒崎が生唾を飲み込み、顎を引く。
「メガルに弓を引き、混乱を引き起こす反逆者を許すわけにはいかない。メガルだけではない。この国の平穏すら脅かすことになりかねないからだ。そのために……」
「……」
「我々はこの手で、敬愛すべき木場隊長を粛清しなければならない。つらいのは俺も同じだ。だが誰かがやらなければならない。止めなければならないんだ。これ以上あの人に罪を重ねさせないためにも。わかってくれ、黒崎」
「……はい」
「すまんな。ワリを食わせるようで。だが、悪いようにはしない」
しっかりとした足取りで、尾藤は確かなる一歩目を踏み出していく。
「悪名はすべて俺が背負おう」
そのまなざしに異様な光を宿して。