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第七話 『伝えられない言葉』 5. 雅の決心



 メック・トルーパー待機所の前には本部へと続く通路があり、途中、いくつかの喫煙所兼休息所があった。

 樹神雅はそこで飲料水を片手に、桔平と談笑していた。

 桔平の手だれた下品な話題に一歩たりと退くことなく、制服姿の現役女子高生、雅が真っ向から立ち向かう。

「だって」

「あっはっはっは、そいつはごあいさつだな」

「ねえ、ごあいさつだよねえ」

「ほんとによ。……あ~、腹減ったな。なんか食いに行くか」

「いいよ。どこへ行くの」

「んじゃ、こないだの激辛タンタン麺とかどうだ」

「ええ~、あんな辛いの、もういいよ」

「とか言って、激辛五十倍、ブリッと完食してたじゃねえか」

「後から大変だったの。陣痛とかきて」

「いや、陣痛はこねえだろ……」

「辛いのはもういいよ。なんで桔平さん、甘党のくせに激辛とか平気なの?」

「どっちもオーケーだからだ。俺はバイセクシャルだからな」

「あ、バイセクシャルなんだ。さすが」

「まあな」

「何それ」

「知らねえのか……」

「えっへん」

「誉めてねえからな」

「嫌いなものとかないの?」

「ん? ……ムカデかな」

「ムカデかあ。確かに食べにくそうだよね」

「何言ってんだ、みっちゃん。あんなもん食う奴いねえだろ」

「ねえ、いないよねえ」背中でまとめた長い髪に触れ、子供をあやすように笑った。「そういう顔してるけど」

「ごあいさつだな……。ま、んじゃ、激辛勝負、行くか」

「あ、あたし、ラーメンだったら他のがいいかな」

「他のって、何だ」

「ベトコンラーメンとか」

「いやいや、普通、女子高生はベトコンラーメンとか言わねえって。知らねえって、たいがいのモンは」

「そお? 前に夕季と一緒に食べに行ったけど、あの子も結構気に入ってたみたいだったよ」

「マジか」

「チャーシューおまけしてもらったのに、マスターを睨んでたけど」

「あっははは、何だ、そりゃ」

「お、おいしいです、だって」

「ま、らしいけどな」

「ねえ、らしいよねえ」

「げはははは!」

「あはははは!」

 会話の中身はほとんどない。

 通りかかった夕季が、表情もなく、遠巻きに二人を眺める。

 それに気づき、雅が手を振った。

「あ、夕季」

「お?」

「おいでよ。ジュース飲も。でね、桔平さんがベトコンラーメンおごってくれるって」

「激辛タンタン麺だっての」

 雅に小さく手を振り、夕季が拒絶を伝える。それから桔平をちらと見て、何も言わずにその場から離れて行った。

「何だ、あの野郎、愛想ねえな。何、怒ってやがんだ」

 不機嫌そうに眉をゆがめた桔平に振り返り、雅はどうということもなさげに告げた。

「別に怒ってなんかないよ。あの子はあれで普通なんだよ」

「あんな普通ねえだろ、普通」

「照れてるだけだよ」

「……。あんな挑戦的な照れ隠し、見たことねえぞ」

「まあね~」

「ネコ娘みてえなツラしやがってよ」

「あ~、わかる、わかる。髪型とかね~」

「おお、髪型とかな」

「うん、うん。でもすごいよね、あの子。一人であんな怪物倒しちゃうんだから。あ、しぃちゃんと二人でか」

「ん。ああ……」

「そうだ、桔平さん。明日、しぃちゃんのお見舞いに行かない?」

「ああ、いいけどな」

「光ちゃんにも言っとこ。あ、桔平さんにも紹介しなくちゃね、光ちゃん」

「……」

 楽しげに笑う雅の様子に、桔平の心も満たされる。

「ねえ、桔平さん」

「んあ?」

 桔平の様子を探るように、雅がうかがい見る。

「……」

「……?」

「……何でもない、かな」また笑顔に戻った。

 複雑そうな表情で雅を眺め、桔平はふいに真顔になった。

「引越し、終わったのか?」

「あ、……うん」

 雅の調子が平坦に変わる。

 それに気づき、桔平は腹の底に溜めた憂いを吐き出した。

「本気でプロジェクトに参加する気なのか」

「……。うん」

「せっかく、陵太郎の奴が止めててくれたのにな……」

「だからだよ」

「?」

「お兄ちゃん、あたしを心配させないように、ずっと無理してた。やらなくてもいいことまでやってた。みんなそうだと思う。夕季だって、しぃちゃんだって。もちろん桔平さんだってそうでしょ?」

「俺はそんな……」

「あたしにできることなんて、ささいなことなのかもしれない。でも、それで少しでもみんなの負担が軽くなるなら、あたしはそうしたい、かな」

「そっか」

「ついでになりゆきで女子大生にしてもらえることになっちゃったけど」

「ははっ、ちゃっかりしてやがんな」

「えっへへへえ」

「……」空になったコーヒー缶をテーブルに置き、深く息を吐き出す。「ガーディアン計画か。三大計画の中でも要だな。何やってんのか、下々の人間にはまるきり伝わってこねえが」

「参加してる人達ですら、自分達が何をしてるのかわからないことの方が多いって聞いた」

「知らない方がいいんだろうな。俺らクラスのモンなら。どうせ知ってても口外できないだろうしな」

「だね。正式なオファーはまだだけど、たぶん近々……」

「もう後戻りはできねえぞ」

「大丈夫だよ」

「……」

「ちっとも不安なんかじゃないし」

 心配そうに様子をうかがう桔平に、雅が口もとをニュッと上げて笑いかける。

「すぐそばに、こんなに頼りになるお兄さんもいるし」

 満たされたまなざしを向け、ふっ、と桔平が笑ってみせた。

「イケメンのな」

「イケメンじゃないけどね~」

「……。あら? 遠慮するなよ、みっちゃん」

「遠慮なんてしてないよ~」

「そうかあ?」

「そうだよ。桔平さんって、パッと見はそこそこだけど、実はそんなにイケてるって感じでもないし」

「おいおい、どうせ言うなら前後逆に言って……。あれ! ひっくり返しても、そこそこ! 普通! なんか、逆にせつねえ!」

「そうかな」

「いやいや、こう見えても結構イケてんだぜ」

「そんなことないよ」

「あ、そ」

「うん」

「でも、俺が攻められてんのに、みっちゃんが謙遜ぽくなってるのはなんでだろ」

「うん、なんだか、許せない感じだったから」

「あそ!」

「だいたい、イケメンって、もう死語っぽいよ」

「死語! ……だよな、俺もちょうど今そう思ってたところだし……」

「さすが桔平さん」

「いやいや……。ったくよ……」

「うん。……え?」

「……あ、いやな、はは……」

「……んん?」

「……あはははは」

「……うふふふふ」

「あはははは!」

「うふふふふ!」

「あははははーっ!」

「……?」やけくそ気味の桔平の顔をマジマジと眺める。「あれ? 鼻……」

「もういい、みなまで言うな!」

 突如、狂ったように桔平が鼻毛を抜き始めた。

「ぬあっ、ぬああ! ち、縮む……」

「何が?」

「タ、タマ……」

「タタマ?……」





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