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第七話 『伝えられない言葉』 2. 懸案事項



 光輔とみずきは並んで駅までの並木道を歩いていた。

 アスモデウスの度重なる襲撃は、主に沿岸地域に集中していた。そのため沿岸の地区から街の中心部にかけては復興でかなり慌しかったが、山側に近い山凌学園の周辺は嘘のように平穏だった。

 通りの屋台に立ち寄る二人。

 看板には『おばちゃんのうすうすロールケーキ』と書かれてある。

 薄く焼いたシフォンケーキをクレープのように巻き上げ、フルーツやチョコレートなどをトッピングしたものだった。

 みずきが光輔に一つを手渡す。

「サンキュー、篠原」

「どっちが? ごちそうさまです、穂村君」

 満面の笑みでかぶりつくみずき。ツーテールが潮風に揺れた。

 プップクプップップウー!

 下品なクラクションに光輔が振り返る。

 県道沿いの歩道に横づけされた、四輪駆動車の左側のウインドウが下りると、見覚えのある下品な顔が現れた。

「おい〜す! 光輔」

「桔平、さん……」

「元気がねえぞ。もう一回だ。おい〜す!」

「お、おい〜す……」

「そこのお姉ちゃんも、おい〜す!」

「……」

「……。あのな、光輔、レー何とかで今、ケーキバイキングやってんだけど行かねえか?」

「行きませんよ!」

 桔平が悲しそうに眉を寄せる。冗談だと思って流した光輔が軽く引いた。

 みずきが光輔の後ろにこそっと隠れた。

「あ、篠原。この人、りょうちゃんの先輩」

「……こんにちは」

「おう」光輔に向き直り、いやらしく笑った。「かわいい娘だな。おまえの彼女か」

 顔を赤らめるみずき。

 光輔が慌てて否定した。

「違うって、桔平さん。変なこと言わないでくださいよ!」

 光輔の後方で、みずきが少しだけ淋しそうな顔をする。

 それに気づき、桔平があきれたように嘆息した。

「いい人なんだけど、基本的にすごく変な人だから」

「おいおい、そういうこと言う時は、普通いい方を後から持ってくるべきだろ。それじゃ、基本的に、から先のことしか印象に残らねえだろっ。せっかくイケメンなのになあ!」

「そうすか?」

「あはは……」

「なっ、お嬢さん」

 みずきの愛想笑いを拾い上げ、桔平が両目でウインクした。

 光輔の顔を見上げ、みずきが目を見開く。

「ほんとだ〜! 変な人かも!」

「いやいや、あのな……」

「イケメンじゃないしね〜」

「ううん……」

「イケメンとかって言われても、なんだか今さらって感じだし」

「今さら……」

 光輔は困ったような表情で二人を交互に眺めるだけだった。

「……」予期せぬダメージにテンションを奪われる桔平。ふいにくわと目を見開いた。「おい、何だ、そりゃ?」

「……はい?」

「おまえが手に持っとるモンだ」

「ああ……」退きながら、ケーキと桔平を見比べる。「おばちゃんのうすうすロールケーキですけど……」

「何だと! おばちゃんのうすうすロールケーキだあ!」険しい表情で光輔を睨みつけた。「激的な感じじゃねえか!」

「劇的って……。ははっ、食べます?」

「食べます、じゃねえだろ。当然食うだろ。流れ的に。何わけわからんこと言ってんだ、おまえは!」

「ははっ……」

「お嬢さん、すまない。俺の分も買ってきてくれないか」みずきに振り返り、桔平が千円札を二枚差し出した。「三つだ」

「はい」顎を引きながら、みずきがそれを受け取る。

「桔平さん、俺ら、もういりませんよ」

「バカ野郎!」光輔を睨みつけた。「俺が三つ食うんだ。俺が! 一人で、三つっ! おーれーがっ!」

「はい、わかりました……」

 くすっ、とみずきが笑った。

 それを好意的に受け取る桔平。

「できれば違う種類のを買ってきてくれ。チョイスはキュートな彼女におまかせする」

「桔平さん、あのね……」

「もう一つ買えたら、おみやげに家に持って帰るといい」またもや両目でウインク。「俺からのハッピーなプレゼントだ」

「はあ〜い、わかりましたあ」

 ぷっと笑い、楽しそうにみずきがロールケーキを買いに向かう。

 その様子を眺めながら、桔平はおもしろそうに笑ってみせた。

「いい娘だな。大事にしろよ」

「あのね……」光輔がため息をつく。「本当にそんなんじゃないんだって。篠原と俺は別に……」

「おまえはなんでそんなに、バランスがアンポンなんだ?」

「……」

「突然正義のヒーローになったかと思えば、私生活の駄目駄目ボーイぶりは、もはや致命的だな」

「……何すか、それ?」わけがわからずむくれる光輔。

「本当、よく似てるよ。陵太郎にな」

「……」


 海岸沿いに車を走らせながら、桔平は光輔にことの顛末を説明していた。

「……とまあ、こんな感じだな」紙くずを丸め、後部座席に放る。すかさず二つ目に手をつけた。「今回の手柄はなんもかんも、全部自衛隊がかっさらっていった。ま、その方が俺達にとっても都合がいいわけだがな。ちなみにおまえは、体育館でみんなと一緒に体操座りしてたことになってる」

「はは……」

「安心しろ、誰もおまえのことはしゃべっていない。監視カメラの記録も修正済みだ」

「そうですか」

「みんなで決めたことだ。おまえに迷惑かけたくないってよ。ま、本音は仲間として迎えたがってるみたいだがな……。く、何てことだ!」険しい表情で、くわと目を見開く。「うめえな、チョコバナナ! ほっぺた落ちちまうじゃねえか! 俺を殺す気か! 美味い殺す気か! おい、美味い殺すって何だ、そりゃ。あっははは!」

「……」

「くそっ、おっせえ車だな。早く行けって。……くどいようだが、メガルには近づくなよ。メガルに関係するものすべてにだ。それが俺達にできる限界だ。……お、睨まれちまった」

「わかってますよ……」

 光輔が淋しそうな顔をする。

 それを気にかける桔平の表情も冴えなかった。やりきれない様子でロールケーキをもくもくと口に運ぶ。

「……」突然、想いが込み上げた。「何じゃ、こりゃああっ! ヤベえ! ストロベリー、激ヤバだ! ウメえもたいがいにしとけ! ははあ〜ん。さてはソ連の新兵器か! あのねー! ソ連って、おい!」

「……。テンション、高いすね」

「おうよ! 俺はいつだって前のめりだ!」

「……それ、意味わかんないす……」

「今にわかるようになる」

「いやいや……」

 ふっと笑いかけ、やにわに桔平が真顔になった。

「もう一つ気になる情報がある」

「……何ですか?」

 それを言うべきか否か、桔平は迷っているようだった。

 やがて意を決したように口にする。

「プログラムの反応がまだ残っているらしい」

「!」

「本体を倒したのに、カウンターの反応が消えてないんだってよ。それが誤動作かどうだか、今調べている最中だ」

「また、来るんですかね……」

「何とも言えないな。間違いの可能性だって充分ある。よその地域に逃げ出した輩も、ようやくこっちに戻り始めているところだし、不安をあおるような発表は政府としても控えたいところだろうな。ま、おまえさんは今までどおり、普通にしてりゃいい」

「俺、いつ呼んでもらってもかまいませんよ」

「おまえにばかり頼っていられねえ、って言いたいところだが、現実にそうなっちまったら頼らざるをえないだろうな。情けない話だが」

「そんな。……俺なんかで役に立てるなら、全然……」

「へ。カエルの子はカエルってな」

「はい?」

「バカ野郎の弟分は、輪をかけてバカだってことだ」

「……。人のこと、言えないすよね」

「それだけわかってりゃ上等だ」ふいに淋しそうな表情になり、窓の外へと視線を泳がせた。

「……」

 振り返り、いつもどおりの笑顔で桔平が光輔を迎え入れた。

「ま、そんなところだ。おまえには俺達が知りうる限りの情報を伝えておいた方がいいと思ってな。最後に判断するのは、結局おまえ自身だけどな」

 光輔が桔平の顔に注目する。その表情に偽りはないようだった。

「あとは、もう一人の大バカ野郎をどうすっかだな……」

 桔平のまなざしに浮き上がる厳しさを感じ取り、光輔がそろりと様子をうかがう。

「あの……」

「くそっ!」

「……」

 苦虫を潰したような顔になり、桔平が悪態をつく。

「もう一個買っときゃよかった。ブルーベリーが気がかりで仕方ねえ。へっ、俺もまだまだ足りねえ」

「……。桔平さん、ヤバイすよ、甘いものばっか」

「おまえ、俺の体の心配までしてくれるのか」

「いや、見ていてウップ、って感じなんですけど」

「実はそうやって、おまえの訓練も兼ねているわけだがな」

「なんの訓練すか……」

「ふ……」悲しげに表情を曇らせた。「人類にとって最大のプログラムは血糖値なのかもしれねえってことだ」

「……。いや、それ桔平さんだけでしょ……」

「そうとも言う。認めたくねえもんだな、甘さゆえの過ちを。って、昔どっかの誰かが言ってなかったか? 赤い人とか」

「言ってませんて……」





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