第七話 『伝えられない言葉』 1. それぞれの事情
会議室の最後部に鳳の姿があった。
コの字型に並べられた机の正面に火刈聖宜が腰を下ろしている。
凪野の姿はそこになかった。
メガル幹部陣がずらりと顔を並べた審議の場で、鳳は緊張を隠せない様子だった。
「もう一度、今言ったことを繰り返し述べてくれ、鳳主任」
ぞんざいに見下され、鳳は直立不動の姿勢で再度それを口にした。
「はい。誠に勝手ではありますが、敵の襲撃パターンが予測できない状況ならば、再度の襲来に備えてメック・トルーパーの柔軟な対応と、空竜王の速やかな運用が不可欠だと考えました」
「それで空竜王を黙って持ち出したというのか?」
「はい。有事に備え、常に古閑夕季の手の届く場所に空竜王を配置するのが最良かと……」
「それが何故君達の独断行動につながる!」
別の幹部が拳で机を叩く。
「何故、報告もなく、申し立てもなく、勝手な行動に走った! それこそが問題だ。結果がよければ許されると思っているなら大間違いだ!」
鳳が憮然とした表情でその男を眺める。
鳳より十才以上も若い、政府から派遣されてきた人間だった。一流大学を優秀な成績で卒業し、合格率の低い国家試験をパスして、国を動かす人間の一人となった。工業高校を卒業後、即自衛隊に入隊した鳳とはまるで歩み寄る場所がなかった。
「お言葉ですが」じろりと睨めつける。「現場の判断と本部の意見に食い違いが多く見られます。我々の報告を有効に活用していただけているものとは、到底思えません」
「それがどうした!」また机を叩く。「貴様達にはそんな権限はないはずだ。越権行為だぞ! 貴様らは我々の下した判断に黙って従っていればいい! 貴様達がそんなだから、我々もそちらを信用できないということが何故わからない!」
「しかし……」
「何が正しい、何が間違っているという問題ではない! 厳密なルールが存在する以上、正式な経緯もなくそれが覆ることは、組織のあり方を根底から否定するということだ。誰もが歩調を合わせることなく、己の倫理や正義感を振り回すことがまかり通るのなら、この世の犯罪行為はすべて肯定されることになる!」
正論を押しつけられ鳳が退く。
「……おっしゃるとおりです。申し訳ありませんでした。今後このようなことがなきよう、肝にめいじます」
「それですむとでも思っているのか!」
「まあまあ……」
いきり立つ部下をなだめにかかる火刈。鳳に含むような笑みを向けた。
「彼も悪気があってやったことではない。あくまでも危機的な状況を憂慮し、よかれと判断して行ったことだ。我々に責めたてられることを承知でな。違うか? 鳳主任」
「……そのとおりです」
「しかし、だからと言って、それを許せば組織としての示しがつきません! それどころかさらに増長し……」
「君の危惧はわかった。だが今回は、彼の判断が正しかったものと言わざるをえない」
「しかし、それでは……」
「メックの迅速な対応によって被害を最小限に抑えることができた。当局からも感謝の一報が届いている。我々優秀なブレインと、それに頼らず独自に最良の選択を模索し続ける現場の人間。これこそがメガルが世界に誇るマンパワーだ」
火刈に言いくるめられ、拳の行き場を失う男。
火刈は満足そうに頷いて鳳に向き直った。
「しかし報告がないのはまずかったな。いくら優れた判断であろうと、我々の預かり知らぬところでは、行き詰まった状況をフォローすることもできない。以後気をつけてほしい」
「……はい。申し訳ありません」
ふっと笑う火刈。
「もう一つ確認したいのだが」
「はい。何でしょう」
「空竜王はいい。何故操縦者もいない海竜王まで持ち出したのだ」
鳳の目が据わる。
それに対する答えはすでに用意してあった。
「海竜王が単体で動くことを知っていたからです」
会議室全体がどよめき始める。
「パイロットがおらずとも、海竜王が単体で行動する場面を我々は目の当たりにしました。柊主任の報告は正直信じがたいものでした。ですが、実際それを目の前で見てしまったら、信じざるをえません。事実、一度ならず二度までも、我々はそれを確認しています」
火刈の近くの人間が小声で告げる。
「メックやエス、そこにい合わせた人間のほとんどが同じ報告書を提出しています」
火刈がちらと目線をやる。
「つまりは、海竜王は操縦者がいなくても単体でプログラムに対抗しうると、そう言いたいのか?」
「はい」
鳳と火刈が睨み合う。それぞれの思惑を胸に抱きながら。
「ちくしょー!」
メック待機室近くの通路で駒田が壁を蹴飛ばす。
「減給六ヶ月だと! ふざけやがって!」
その横で南沢が暗い顔を向ける。
「おまえはいい。俺は所帯持ちだぞ」げんなり。「今だってボーナスでぎりぎり赤字補てんしているってのに……」
「バカ野郎! 俺だって先月クルマを買い替えたばかりだぞ。いとしのブラロン号……」頭をかきむしった。「またカップラーメン生活だ」
「しかし何で俺達だけなんだろうな?」
「仕方ないだろ。エスは司令のお気に入りなんだ。ま、今回はなりゆきっぽいところもあったからな」
「ふんまんやるかたない……」
通路の向こうに駒田が見知った顔を認める。大声で呼びかけた。
「おーい、黒崎」
駒田に顔を向ける黒崎。ぺこりと頭を下げ、近づいて来た。
「結構やるじゃねえか、おまえらも。見直したぜ」
迷彩模様の戦闘服を着た、駒田達よりやや若い隊員は、申し訳なさそうにうつむいた。
前回の戦闘で駒田の咆哮に発奮した隊員だった。
「おまえが気をつかうことはねえよ。あれは俺達が勝手にやったことだ。エスにはエスの事情があるんだろうからな」
「……」
「なあ、黒崎」南沢が参入する。「おまえら、エスを辞めてこっちにこれないのか」
「それはできません」
即答する黒崎に迷いはない。
それは駒田も南沢もわかっていたことだった。
「俺達は木場さんがいる限りエスを辞めない」
抑揚のない声に振り返る三人。
目つきの鋭い隊員が顔を向けていた。
「大沼、さん……」駒田が呟いた。
大沼と呼ばれる隊員は少しだけ表情を曇らせると、黒崎を連れ、通り過ぎようとした。
「おまえ達にもわかっているはずだ……」
二人には大沼の背中が泣いているように見えた。
「貴様ら何をしている」
静かなる怒号に振り返る四人。
駒田と南沢が怪訝そうな表情になった。
「これからミーティングだ。早く集合しろ」
事務的にそう告げるとその男、尾藤は背中を向けて立ち去って行った。
そこに駒田達がいたことなどまるで気にもとめない様子で。