表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/104

第七話 『伝えられない言葉』 1. それぞれの事情



 会議室の最後部に鳳の姿があった。

 コの字型に並べられた机の正面に火刈聖宜が腰を下ろしている。

 凪野の姿はそこになかった。

 メガル幹部陣がずらりと顔を並べた審議の場で、鳳は緊張を隠せない様子だった。

「もう一度、今言ったことを繰り返し述べてくれ、鳳主任」

 ぞんざいに見下され、鳳は直立不動の姿勢で再度それを口にした。

「はい。誠に勝手ではありますが、敵の襲撃パターンが予測できない状況ならば、再度の襲来に備えてメック・トルーパーの柔軟な対応と、空竜王の速やかな運用が不可欠だと考えました」

「それで空竜王を黙って持ち出したというのか?」

「はい。有事に備え、常に古閑夕季の手の届く場所に空竜王を配置するのが最良かと……」

「それが何故君達の独断行動につながる!」

 別の幹部が拳で机を叩く。

「何故、報告もなく、申し立てもなく、勝手な行動に走った! それこそが問題だ。結果がよければ許されると思っているなら大間違いだ!」

 鳳が憮然とした表情でその男を眺める。

 鳳より十才以上も若い、政府から派遣されてきた人間だった。一流大学を優秀な成績で卒業し、合格率の低い国家試験をパスして、国を動かす人間の一人となった。工業高校を卒業後、即自衛隊に入隊した鳳とはまるで歩み寄る場所がなかった。

「お言葉ですが」じろりと睨めつける。「現場の判断と本部の意見に食い違いが多く見られます。我々の報告を有効に活用していただけているものとは、到底思えません」

「それがどうした!」また机を叩く。「貴様達にはそんな権限はないはずだ。越権行為だぞ! 貴様らは我々の下した判断に黙って従っていればいい! 貴様達がそんなだから、我々もそちらを信用できないということが何故わからない!」

「しかし……」

「何が正しい、何が間違っているという問題ではない! 厳密なルールが存在する以上、正式な経緯もなくそれが覆ることは、組織のあり方を根底から否定するということだ。誰もが歩調を合わせることなく、己の倫理や正義感を振り回すことがまかり通るのなら、この世の犯罪行為はすべて肯定されることになる!」

 正論を押しつけられ鳳が退く。

「……おっしゃるとおりです。申し訳ありませんでした。今後このようなことがなきよう、肝にめいじます」

「それですむとでも思っているのか!」

「まあまあ……」

 いきり立つ部下をなだめにかかる火刈。鳳に含むような笑みを向けた。

「彼も悪気があってやったことではない。あくまでも危機的な状況を憂慮し、よかれと判断して行ったことだ。我々に責めたてられることを承知でな。違うか? 鳳主任」

「……そのとおりです」

「しかし、だからと言って、それを許せば組織としての示しがつきません! それどころかさらに増長し……」

「君の危惧はわかった。だが今回は、彼の判断が正しかったものと言わざるをえない」

「しかし、それでは……」

「メックの迅速な対応によって被害を最小限に抑えることができた。当局からも感謝の一報が届いている。我々優秀なブレインと、それに頼らず独自に最良の選択を模索し続ける現場の人間。これこそがメガルが世界に誇るマンパワーだ」

 火刈に言いくるめられ、拳の行き場を失う男。

 火刈は満足そうに頷いて鳳に向き直った。

「しかし報告がないのはまずかったな。いくら優れた判断であろうと、我々の預かり知らぬところでは、行き詰まった状況をフォローすることもできない。以後気をつけてほしい」

「……はい。申し訳ありません」

 ふっと笑う火刈。

「もう一つ確認したいのだが」

「はい。何でしょう」

「空竜王はいい。何故操縦者もいない海竜王まで持ち出したのだ」

 鳳の目が据わる。

 それに対する答えはすでに用意してあった。

「海竜王が単体で動くことを知っていたからです」

 会議室全体がどよめき始める。

「パイロットがおらずとも、海竜王が単体で行動する場面を我々は目の当たりにしました。柊主任の報告は正直信じがたいものでした。ですが、実際それを目の前で見てしまったら、信じざるをえません。事実、一度ならず二度までも、我々はそれを確認しています」

 火刈の近くの人間が小声で告げる。

「メックやエス、そこにい合わせた人間のほとんどが同じ報告書を提出しています」

 火刈がちらと目線をやる。

「つまりは、海竜王は操縦者がいなくても単体でプログラムに対抗しうると、そう言いたいのか?」

「はい」

 鳳と火刈が睨み合う。それぞれの思惑を胸に抱きながら。


「ちくしょー!」

 メック待機室近くの通路で駒田が壁を蹴飛ばす。

「減給六ヶ月だと! ふざけやがって!」

 その横で南沢が暗い顔を向ける。

「おまえはいい。俺は所帯持ちだぞ」げんなり。「今だってボーナスでぎりぎり赤字補てんしているってのに……」

「バカ野郎! 俺だって先月クルマを買い替えたばかりだぞ。いとしのブラロン号……」頭をかきむしった。「またカップラーメン生活だ」

「しかし何で俺達だけなんだろうな?」

「仕方ないだろ。エスは司令のお気に入りなんだ。ま、今回はなりゆきっぽいところもあったからな」

「ふんまんやるかたない……」

 通路の向こうに駒田が見知った顔を認める。大声で呼びかけた。

「おーい、黒崎」

 駒田に顔を向ける黒崎。ぺこりと頭を下げ、近づいて来た。

「結構やるじゃねえか、おまえらも。見直したぜ」

 迷彩模様の戦闘服を着た、駒田達よりやや若い隊員は、申し訳なさそうにうつむいた。

 前回の戦闘で駒田の咆哮に発奮した隊員だった。

「おまえが気をつかうことはねえよ。あれは俺達が勝手にやったことだ。エスにはエスの事情があるんだろうからな」

「……」

「なあ、黒崎」南沢が参入する。「おまえら、エスを辞めてこっちにこれないのか」

「それはできません」

 即答する黒崎に迷いはない。

 それは駒田も南沢もわかっていたことだった。

「俺達は木場さんがいる限りエスを辞めない」

 抑揚のない声に振り返る三人。

 目つきの鋭い隊員が顔を向けていた。

「大沼、さん……」駒田が呟いた。

 大沼と呼ばれる隊員は少しだけ表情を曇らせると、黒崎を連れ、通り過ぎようとした。

「おまえ達にもわかっているはずだ……」

 二人には大沼の背中が泣いているように見えた。

「貴様ら何をしている」

 静かなる怒号に振り返る四人。

 駒田と南沢が怪訝そうな表情になった。

「これからミーティングだ。早く集合しろ」

 事務的にそう告げるとその男、尾藤は背中を向けて立ち去って行った。

 そこに駒田達がいたことなどまるで気にもとめない様子で。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ