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第一話 『海より来たる禍』 4. 異形の軍団



 光輔は街道の坂から街を見下ろしていた。

 怒号と爆音。

 いたるところで火の手が上がり、街はすでに焼け野原と化していた。銃弾や迫撃砲が途切れることなく飛び交う。

 後退しながら砲撃を続けていた戦車が、突然黒煙を噴き上げ立ち往生する。ハッチから慌てて乗員が飛び出した直後に爆発した。

 それはテレビで見る戦争の映像と酷似していた。

 ただ一つ、一方からの感情がまるで伝わってこないこと以外は。

 視力のいい光輔が見ても、彼らが何と戦っているのかわからなかったのである。

 透明な何か。

 きらきらと光り輝く何か。

 人の形をした何か。

 彼らの倍はあろうかという大きさの何か。

 それが人の力では決してはかりきれないものであることは容易に想像できた。

「うっ……」

 雅のうめき声に光輔が振り返る。

 雅は背中と右足にケガを負っていた。深手ではないが自らの足で逃げるのはつらそうだった。ここまで光輔が担いできたのだ。

 まだ学校までは二キロメートル近くはある。

「雅、痛むか?」

 光輔が顔を覗き込む。

 あぶら汗を浮かべながら雅が笑ってみせた。

「大丈夫……」

「もう少しの辛抱だよ。りょうちゃん来てくれるってさ」

「来ないよ」

「……」

「お兄ちゃんにはもっと大切な仕事があるから」

「大切な仕事って……」光輔が拳を握りしめる。「大切な仕事ってなんだよ。これより大切なことって、他に何があるんだよ!」

 感情を抑えきれずにつめ寄る光輔。

 眉一つ動かすことなくそれを受け止め、雅は穏やかに笑ってみせた。

「大切なことだよ。これ以上、光ちゃんみたいな悲しい人達をつくらないための」

「……」

「光ちゃん、一人で逃げて」

「!」思いがけない雅の言葉に光輔が目を見開く。「何言ってんだよ、おまえ」

「あたしがいると足手まといになるから。光ちゃんだけでも逃げて……」

「バカなこと言うな! そんなことできるかよ!」

 雅の肩をがっしりつかみ、ゆさぶる。

 雅が苦痛に顔をゆがめた。

「あ、ごめん……」

 苦しそうな表情のまま何とか目を開ける雅。平静を装い、光輔へ笑顔を向けた。

「前に約束したじゃない、ひかるちゃんのお墓の前で。あたし達が光ちゃん守るってね」

「そんなの関係ないだろ!」

「駄目だよ。光ちゃんに何かあったら、あたし、ひかるちゃんに顔向けできない。お兄ちゃんにも……」

「……」

 ガガガガガッ!

 すぐそばで戦闘が始まったようだった。大口径の機銃を乱射する轟音と、何かが弾ける音が聞こえてくる。

 バシャン、バシャンと大量の水をぶちまけたような音も。

 ゴトッ!

 何モノかが光輔達のもとに近づきつつあった。

 悪意をもつと思われる何かが。

 雅の表情が一変する。焦ったように言い放った。

「光ちゃん、逃げて。早く!」

「嫌だ」

「……」

「逃げるなら一緒でなきゃ嫌だ。俺は絶対におまえを連れて行く」

「光ちゃん……」

 光輔が雅を隠すように身をかがめる。きょろきょろと辺りを見回した。

 その時。

「!」

 ガードレールをわしづかみにして、それが姿を現す。身の丈三メートルはあろうかという巨体を揺らしながら。

 ぬっと顔を出したそれは透明にゆらめく人の形をしていた。


「くそっ、何体いるんだ」

 海竜王のコクピット内で陵太郎が吐き捨てた。

 きらきらと光る透明の巨人をマシンガンで撃ち続けるが、それはバシャンと音を立てて飛び散るや、すぐに集束し人の姿を形作った。

 弾倉を交換し、続けざまに撃ち放つ。

 巨人の頭部には青い球体があり、そこに弾丸が当たるやただの水たまりへと姿を変えた。

 後部に衝撃を感じ陵太郎が振り返る。

 別の一体が海竜王を背後から攻撃していた。腕の先を鋭く尖らせ、槍のように突き刺す。それはすさまじい圧力で撃ち出される、水の弾丸だった。

「うおおおおーっ!」

 マシンガンの集中攻撃を受け、巨人が粉々に砕け散った。

 水の入った風船を真上から地面に叩きつけたような光景だった。

「?」

 呼び出しに応じ、陵太郎が無線を受ける。

 桔平だった。

『バカ野郎、てめえどこにいやがる! ポイントを全然はずれてんぞ!』

「すみません。民間人を見かけたもので」

『そっちにゃインプどもがうじゃうじゃいるんだぞ。早くこっちに戻って来い!』

「しかし民間人が……」

『放っとけ。おまえまで死んじまうぞ』

「……」

『……。くそったれ! すぐそっちに行くから、それまで無茶すんじゃねえぞ!』

「すみません、桔平さん」

『やかましい! おまえと海竜王を守るのが俺達の任務なんだ! そんな危険な場所に好き好んで行くか、バカたれ!』

「ありがとうございます」陵太郎が笑う。「二回おごりますから」

『アホ! 十回おごれ! 借金してでもおごれ! 死ぬ気でおごれ!』

「わかりました。死ぬ気でおごります」

『ったりめーだ!』

 通信を終了し、街の一角から山のような坂を見上げる。

 光輔の言うとおりなら、この坂の反対側に二人がいるはずだった。

「!」

 街道の側面から壁づたいに、巨人が坂の頂上目がけて這い上がろうとしていた。

 マシンガンをポイントし、弾切れであることに気づく。予備の弾装もすでに使い果たしていた。

 急いで追いかけようとする陵太郎。しかし二、三歩進んだ後、海竜王がふいその動きを止める。

 コクピット内の照明が照度を落とし、無線やゴーグルへ電力を供給する補助電源に切り替わったことを陵太郎は知った。先の巨人の攻撃で燃料パイプが切断されたのだ。

「くっ」

 海竜王に膝をつかせ、胸のハッチを開ける。

 サブマシンガンを手に持ち、陵太郎はコクピットから飛び降りた。

 海竜王を見上げ、すまなさそうに呟く。

「悪いな、相棒。せっかく俺を選んでくれたのに、おまえの信頼に応えることができなくて」

 陵太郎が坂の頂上目がけて走り出した。


 光輔と雅は工事看板の裏で息をひそめていた。

 透明な巨人との距離は約二十メートル。目と鼻の先だった。

 巨人は周辺を探るように、何度も頭を振った。それが本当に頭なのかはわからなかったが、中心には野球の硬式ボールほどの青色の球体があり、まるで目玉のごとくに四方八方に動き回っていた。

 獲物を探し求めて。

 一歩動くと、人形のフレームの中で水が波うち踊った。光に反射してゆらめく。それが影となり、表情や感情を映し出すように光輔には見えた。

 インプと呼ばれる彼らの正体は雅から聞いていた。プログラム発動によって召喚された使い魔。成分はいくら調べても海水以外の何ものでもなかったらしい。ただ一年前とまるきり違っていたのは、そのサイズと数だった。

 かつての倍近い身の丈と、比較できないほどの大群が、すべてをたいらげながらメガルを目指していた。

 物音を察知しインプが高圧水流を撃ち放つ。

 それは猫が逃げ去った場所に直径五十センチの大穴を穿った。

 弾き飛ばされたアスファルトのかけらが、雅の傷ついた足を痛打する。

「うっ!」

 雅の声にインプが振り返る。

 ギロギロと青い目玉を動かし、二人の居場所を特定したようだった。

「くそっ!」

 決意のまなざしで光輔が立ち上がる。鉄パイプを手に持ち、雅をかばうようにインプの前に立ちはだかった。

 インプは狙いを定めるや、わずか二歩でトップスピードとなり、光輔目がけて飛びかかってきた。

「駄目、光ちゃん、逃げてっ!」悲痛なる雅の絶叫。「殺される、早く逃げて、逃げてーっ!」

 涙が波しぶきのように飛び散った。

 光輔は瞬きもせずにインプを睨みつけていた。鉄パイプを両手でかまえ振りかぶる。

 何もかもが遅すぎた。

 だが自分の体が貫かれるその寸前まで、光輔は決してインプから目をそらそうとはしなかった。

「光ちゃーんっ!」

 バシャッ!

 光輔の全身に大量の海水が降りかかる。

 インプの姿は消滅していた。

「……」

 わけがわからずに辺りをきょろきょろと見回す光輔。

 ようやく坂の上からサブマシンガンをかまえる陵太郎の姿を確認した。

 緊迫した状況に銃撃音さえ聞こえなかったのだ。

「何とか間に合ったな」にやりと笑う。「どうした、雨にでも降られたのか、光輔」

「りょう、ちゃん……」

 ほっとした途端に力が抜け、膝から崩れ落ちる光輔。鉄パイプで体を支えた。

「お兄ちゃん……」雅がぼろぼろと涙をこぼし始める。張りつめていた状況から解放され、心よりの安堵から出たものだった。それから嬉しそうに笑った。「駄目じゃない。こんなところで油売ってちゃ」

「また桔平さんに怒られるな。たまらんな、いい歳して毎度、毎度。ま、慣れっこだけどな」

 光輔も笑った。

 太陽を背に受け、陵太郎が二人へと近づいて来る。

 その姿が眩しくて光輔は直視できなかった。

 光輔が目を細める。何より陵太郎の笑顔が眩しかった。

 陵太郎の言葉を光輔は心の内で思い返していた。

『これからはいつでも一緒だからな』

 光輔の目からじわりと涙が滲み出た。喜びの涙。光と希望がそこにはあった。

「りょうちゃん……」

 バシッ!

 ふいに何かが弾けるような音が鳴り渡り、陵太郎は前のめりに倒れていった。




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