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第六話 『抱擁』 6. かけがえのない命



 病院の前の歩道では、桔平と木場が殴り合いを続けていた。

 すでに二人ともふらふらだった。

「いい加減にっ、目を覚ませっ!」

 桔平が振りかぶり左フックをくり出す。木場の顎にパチンとあたった。たいした力はない。それでも木場はそのダメージすら受け止められずよろめいた。

「おまえに何がわかる!」

 木場のスローな右ストレート。

 桔平のこめかみをかすり、その体をフェンスに叩きつけた。

「わかるわけっ、ねえだろっ……」はあはあと息を切らせ、体当たりをする。「ゴリラえもんの考えることなんてな!」

「その呼び方はやめろ!」

 自分より軽い桔平の体重に押され、木場が尻もちをついた。

 取っ組み合いになる二人。抱き合うように、上に下に体勢を変え続けた。

「鼻毛出てんぞ、おまえ! あーもー、最悪! 史上最低だ!」

「ふざけるな!」

 生も根も尽き果て、並んで大の字になって寝転ぶ桔平と木場。

 桔平がタバコを取り出し、口にくわえた。

「おい、火ぃ持ってねえか」

「……。俺が吸わんことは知っているだろう」

「だっけか?」へへっと笑う。「一年近く、ろくに話もしてなかったんで忘れてたわ」

「……」

「何で右側攻めてこなかった? 俺の傷がまだ治ってないこと、知ってたはずだ」

「……。それで勝っても、おまえは認めんだろう」

「たりめえだ。てか、おまえなんぞに負けるか、アホ」

 桔平がふいに淋しそうに笑った。

「忍がな」

「……」

「俺に頼んできやがった。おまえを助けてくれってよ」

 木場が雨空を見上げる。雨粒が全身に激しく突き刺さっていた。

「夕季のことが心配で、それどころじゃなかったはずなのにな。あいつ、何か勘違いしているんじゃないのか。おまえのことを優しい兄貴か何かだと思ってやがる。こんな救いようのねえゴリラえもんだってのに、あいつはおまえを見捨ててない。見ていて切なかったぜ」

「……。あいつは今……」

「緊急手術中だ。予断を許さない状況らしい」

「そうか……」

「緊急警報が発令されれば、ここにいるすべての奴らが自分達の仕事を放棄して逃げ出す。それは責められるようなことじゃない。余計な被害者を出さないためにも、そうしなければならないからな」

「……当然だ」

「彼らはそれをしないだろうがな」

「……。どういうことだ?」

「俺が頼んだ。あんた達の安全を保障するかわりに、最後まで手術してやってくれって」

「貴様!」木場が顔を上げる。目をつり上げ、桔平を睨みつけた。「何をしている! そんなことをして責任がとれるのか!」

「ま、そんな必要なかったわけだが」

「……」

「あの人らは最初からそのつもりだった。逆に怒られちまったよ。目の前で苦しんでいる人間がいるのに放っておけるか、だってよ」桔平の瞳が暗い空に吸い込まれていった。「何でも、かけがえのない命を見捨てて、逃げ出すことはできないそうだ。ケガ人の雨あられで、ろくに寝る間もねえだろうによ。医者なんてみな、ごうつくばりのクソジジイばかりだと思ってたが、いるんだな、あんな猛者どもも」

 木場の心に楔が打ちつけられる。その体のどのダメージよりも強烈だった。

「患者や他の人間達は昨日から避難しっぱなしだ。もちろん、いざとなったら手術室にいる奴らも俺が退避させる。何て言うかは知らんが、忍がそれを望まないだろうからな」

「……おまえ一人で何ができる」

「一人じゃない」

「……」

「光輔がいる」

「穂村光輔か!」木場が重い体を起こす。「奴が何故……」

「何故もクソもねえ」伸びをしながら桔平も起き上がった。「忍や夕季が苦しんでいるのを黙って見てられねえんだろ」

「だが、奴は……」

「そんなことは百も承知だ」涼しげなまなざし。遠くを見つめ、口もとに笑みをたたえた。「昨日もそうだ。あいつは自分が死ぬことなんて何とも思ってない。もっと大事なものがあるらしい。おまえらなんて、はなから眼中にないんだ」

「……」

「人を殺すのに覚悟はいらねえ。一本ネジがぶっ飛んでりゃ、その辺のコゾウにだってできる。だが、自分が殺されるのを覚悟できる人間には滅多に行き会えねえ。俺が知っている限りじゃ、おまえくらいだ」

「……おまえも、じゃないのか」

「ふざけろ! 俺はてめえと違ってやりたいことが山ほどあるんだ。死んでたまるか!」

「……」

「木場。心を偽るのはやめろ」

 真剣な口調の桔平に木場が顔を向ける。

「あいつらが必死になって守ろうとしているものを、誰よりも失いたくないのは、おまえの方なんじゃないのか」

 木場が拳を握りしめた。固く固く、その拳の中に何かを封じ込めるように。


 大荒れの海から激しい波が打ち寄せる。

 それは海岸に乗り上げ、人の姿を形作った。

 濡れた山の斜面から、黒い人影が浮き上がる。

 その集団は一つの大きな塊となって、人影途絶えた街を目指し進軍を開始した。

「何、黒インプもだと!」携帯電話を手にし、鳳順一郎が大声を張り上げる。「青だけじゃないのか。……。よしわかった。ただちに向かう。何が何でも街への侵入は阻止しろ!」

 通話を終え、後方のトレーラーを見上げた。

 そこには空竜王の姿があった。

「もう引き返せんな。おまえも、俺達も……」

 鳳が不敵な笑みを浮かべた。


「おいおい、何て数だよ……」

 雨で濡れてぐしゃぐしゃになったタバコを口にくわえたまま、桔平が呟く。

「絶望的なんじゃねえか? こいつぁああ……」

 その言葉とは裏腹に、表情は歓喜に満ちていた。にやりと笑う。

「行くぞ、木場」

 病院を背負い木場が重々しく頷いた。

「ああ、きっ……、柊」

「……」桔平がため息をつく。「木場、エスをやめろ。したら、また前みたいに呼ばせてやる」

「それはできん」

「なら仕方がないな。いいな、木場、ここが俺達の砦だ」

「おう!」

「ここから先はゴリラの子一匹通さねえ」

「……。それは俺のことか?」

「そうだ! 行くぞ、ゴリラえもん!」

「うがあっ!」

 仰々しい武器を全身に携え、二人が土色のインプに挑みかかった。




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