第六話 『抱擁』 5. 特定危険人物
豪雨の中、光輔が傘もささずに病院を出る。
足を止め振り返った。
深夜の二時を過ぎた建物内からは、薄暗い非常灯の光しか確認できない。
静まり返ったその中では、今も複数の人間達が戦っていた。
手術中の忍と医師達。
そして夕季もまた。
キッと瞳に決意を込める。
横殴りに頬を叩く大粒の雨すらものともせず、光輔はメガルの方角を目指して歩き始めた。
それを待ちかまえていたように一人の男が姿を現す。
木場だった。
通りの角から光輔の姿を認めると、距離を保ったまま尾行を開始した。
「すいません、献血をお願いしたいんですけど」
聞き覚えのある声に、木場がゆっくりと振り返る。
木場は冷徹なまなざしでその男、桔平を睨みつけた。
「おりょ?」わざとおどけてみせる桔平。「何だよ、やけにガタイがいいと思ったらゴリラかよ」
「……」
「まぎらわしいんだ、いっちょ前に服なんか着やがって。ま、いいや、緊急時だ。ゴリラ百パーの血でもちったあ役に立つだろ。おまえの血液型、何だっけか?」にやりと笑った。「ガタガタの不渡手形か? それとも、進退きわまってカラカラに干からびちまった、どこぞの干潟ってとこか?」
木場の表情は変わらない。
その激情だけを眼前の男にぶつけ続けていた。
街の一角で光輔が足を止める。
その行く手をふさぐように、何人かの人間達が待ち受けていた。
光輔にはわかっていた。それが普通の人間ではないことを。
自分に何らかの接触をはかろうとしていることも。
避難勧告が出ているため、他に人影もない。
決断しなければならなかった。
「待ってたぜ、特定危険人物」
中の一人が声をかけてくる。揶揄するような口調だった。
雨で表情までは見えず、まるでもてあそばれているような感覚だった。
光輔は隙を見て逃げ出すつもりでいた。左手の路地まで約二十メートル。足には自信がある。それにこの視界なら、チャンスは充分あるはずだった。
するとその男は意外なことを口にした。
「柊さんの言っていたとおりだな」
ヘルメットを取って顔を見せる。にやっと笑った。
メック・トルーパー隊員、駒田かつみだった。
「まさかメガルまで歩いて行こうってんじゃないだろうな。何キロあると思ってる。 今時の高校生は逆算もできないのか?」
「今パイロットが到着しました……」
駒田の後方で別の隊員が通話を始める。
南沢紀之だった。
「はい、指示どおり例の物は確保してあります。……。ええ、別のトレーラーには鳳さんがついていますよ。……。はい? 何言ってんすか。俺達はいつまでもあんたの部下ですよ。たとえ俺達より階級が下になってもね」
光輔はほうけたような顔で駒田達を見続けた。
まだ事情がよく飲み込めていない様子だった。
それを察してか、駒田が近づいて来る。
「安心しろ、我々は君の味方だ」
「……」
「俺達はメックだ。今はメガルの管理下を離れ、自分達の判断で行動している。理由は言わなくてもわかるよな?」
真っ直ぐなまなざし。光輔を以前からの仲間のように受け入れようとしていた。
「おい、エスだ。早くしろ!」
別の声に振り返る二人。
駒田がまた光輔に向き直った。
「そこのトレーラーに海竜王が積んである。さあ、行ってくれ」
「……。どうして、こんな……」
「君と海竜王を保護するために、このトレーラーを占拠してきた」
「かっぱらってきたんだよ」南沢の合いの手が入る。駒田を親指で指して、あきれたように笑った。「こいつが」
絶句する光輔。
駒田が補足した。
「こうでもしなけりゃ、理不尽がまかり通ってしまうんでな。今のメガルに正義はない。俺達が信じられるのは、ともに命を張った仲間だけだ。夕季達を助けてくれてありがとう」
駒田が手を差し出す。握手を求めていた。
それを受ける光輔。
駒田が力強く握り返した。
「君も我々の仲間だ」
信頼するものだけに見せる表情だった。
「さあ、行け。行って俺達の本当の敵を蹴散らしてきてくれ。頼んだぞ」
その想いをくみ取り、光輔が重々しく頷く。
「はい」
すれ違いざま、光輔に声をかける南沢。
「俺達メックは、全力で君のバックアップにあたることを約束する。さあ、パパッと片づけてきてくれよ」涼しげに笑った。「家じゃ小さな子供がパパの帰りを待っているんだ。もう二日も顔を見ていない。気が狂いそうだ」
「おまえはさっきからそればかりだな」
別の隊員のつっこみに、つかの間の笑いがおこる。
つられて光輔も笑った。
隊員達の顔を一人一人眺め、光輔は海竜王へと向かった。
それに笑顔で応えるメック達。
「おい、エスが来たぞ!」
緊張が走る。
エネミー・スイーパーは車両で乗りつけるや、武器をかまえ、駒田達を威嚇し始めた。
「貴様ら、自分達が何をしているのかわかっているのか!」
凄みをきかせるエス。
だがメックはそれに一歩も引かなかった。
「貴様らこそいい加減に目を覚ましたらどうだ」エスの面々を見据え、静かに駒田が怒りをぶつける。「おまえ達がしたかったのは、本当にこんなことだったのか」
「……」
「何だと!」桔平から目をそらさずに、木場が部下からの報告を受ける。無線機を握りしめる手がぶるぶると震えていた。「海竜王が……。空竜王もか!」
通信を終了し、ギリギリと桔平を睨みつける。
「おまえのしわざか、柊!」
「俺のしわざだ」にやっと笑った。「ゴリラえもん」
くっと歯がみする木場。
それをおもしろそうに眺め、桔平は言った。
「いい加減、腹決めろよ。そろそろ、いっぱいいっぱいなんじゃねえか?」
「……」
「さあやろうぜ、木場」桔平がバッグを投げ捨てる。「十五年振りにな」
光輔が海竜王のコクピットに乗り込み、ハッチを閉じる。
シートにもたれかかり、瞳を閉じた。
「行くよ、りょうちゃん」
途端に海竜王の内部が息を吹き返したように光を放ち始めた。