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第六話 『抱擁』 3. 不測の事態



「大変です!」波野しぶきがメガル司令部で声を張り上げる。「アスモデウスです。アスモデウスがまた山凌市に向かって進み始めました!」

『山凌市、並びに周辺市町村へ避難勧告を発令だ』画面越しに火刈司令官が冷静に対応策を示す。『国防省へも出動要請だ。断ってくるのならそれでもいい。メックを先陣に、エスをバックアップに向かわせろ』

「それが……」

 歯切れの悪いしぶき。困ったように眉を寄せた。

「先のアスモデウス撃退以降、メックとは連絡がとれません」

『何!』

「鳳隊長が独断で指示を出しているものと思われます」

『エスはどうした!』

「木場隊長の指揮で空竜王と海竜王の回収に向かったため、メックとは別行動をとっています」

『エスは今どこにいる?』

「古閑忍が搬送された救急病院の周辺で待機しているはずです。おそらくは進藤副司令の号令待ちで古閑夕季の確保に踏み込む予定だと」

『そんなことは聞いておらんぞ! ……。進藤副司令に伝達だ。ただちにエスにアスモデウス討伐の準備をさせろ、とな。それから……』押し殺した声。『至急私に連絡を入れさせろ』

「了解しました」

 ふう、と深く息を吐き出すしぶき。ボリュームのある金髪を揺らし、別回線に切り替えた。

「アスモデウスが来ました。あと一時間ほどでそちらへ向かうものと推測されます。……はい。言われたとおりに切り返しておきました。……はい、承知しています。そちらも頑張ってください。応援していますから」いたずらっぽく笑った。「柊もと主任」


「もう来やがったか……」携帯電話を折りたたみ桔平が歯がみする。

 午前二時。忍の手術はまだ終わらない。

 嵐が収まる気配もなかった。

 光輔が桔平の顔に注目する。

「アスモデウスが来たんですか?」

 重々しく頷く桔平。まなざしに力を込めた。

「俺は行く。妙な考えおこすんじゃないぞ、光輔」

「……」

 桔平に釘を刺され言葉を失う光輔。うらめしそうに顔をそむけた。

「そんな……」

 夕季の声に桔平が振り返る。重い体を持ち上げ、立ち上がるところだった。

「なんでこんな時に……」苦しそうな顔を桔平に向けた。「避難勧告が発令されたら、病院はどうなるの」

 言いにくそうに桔平が告げる。

「全員避難することになるな。患者も医者も」

「それって……」不安気に顔をゆがめる夕季。「お姉ちゃんは……」

 夕季の顔を表情もなく眺め、桔平が静かに言った。

「心配するな。手は回してある」

 光輔が夕季に目をやる。

 夕季の体が小刻みに震え始めていた。

「アスモデウスは俺達が何とかする。おまえらはここから動くな」

「でもどうやって……」懇願するように桔平に詰め寄る夕季。「あいつのすごさは、みんなわかっているはずじゃない。竜王だって倒せないのに。メックやエスじゃ歯が立たない……」

「倒せるかどうかはわからん。だが忍の手術が終わるまでは、何が何でもこの病院は守ってみせる」

「……」

「俺がいいって言うまで、おまえ達はここから出るな」じろりと二人を睨めつける。「エスが本格的に動き出したようだ。表向き優先目標はアスモデウスの討伐。裏のメインはおまえらの抹殺だ」

 はっとなる二人。

 夕季が悔しそうに唇を噛みしめた。

 その様子を静かに見守る桔平。

「奴ら、まだ何とかなると、たかをくくってやがる。この現状をまのあたりにしてなおだ。ボンクラどころか、自分だけは絶対安全だと思ってやがる」

 光輔が顔を向ける。

 桔平は見えざる敵を見据えるように、嵐吹き荒れる窓の外を睨みつけながら続けた。

「すぐ目の前でエレえことが起こってるってのに、まるでゲームの画面を眺めているような感覚でしかないんだ。誰かが何とかしてくれる。自分が何もしなくてもな。それが当たり前になっちまっているから、下っ端やガキどもを酷使しても何も感じねえ。コマがなくなりゃ、次持ってくりゃいいってな具合だ」ちらと夕季を見やる。「こんな大ゴマ、もうどこにも残ってねえのにな」

「……」

「チリメンジャコはてめえらの方だってのによ、ったく。死んじゃならねえ奴ほど、我先に覚悟決めるってのに、どうでもいいのに限って死にたくねえとかぬかしやがる」

「不謹慎じゃないですか」

 桔平が振り返る。

 拳を握りしめ、真剣なまなざしをぶつける、光輔の姿があった。

「……。おまえらから見たら、俺も同じか?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

 桔平が嘆息した。

「信じられねえだろうが、奴らにとってはそれも正義なんだ」

「……」

「この世の中に無数に存在する、枝分かれした正義の一つだ」

「……。大人の事情っていうやつですか?」

「そんな複雑なものじゃない」

 桔平が言いたくなさそうに続ける。

「もし俺の中で、どうしてもゆずれないものが一つだけあったとすれば、おまえらや他のすべてを犠牲にしてでも、必死でそれを守ろうとするだろう。そのうちわかるようになる、なんてことを言う気はさらさらねえ。でもな、嫌でもそんなふうに思えちまうんだよ」

「……」

「何かを背負っちまった人間が、口にしちゃならない言葉がある」

 光輔が桔平の顔に注目する。

 それを真正面から受け止め、平坦な口調で桔平は先につないだ。

「平等と世界平和だ」

 言葉もなく、ただ拳を握りしめ、踏み止まる光輔。

 桔平はただ、憤りのような毒を吐き出すだけだった。

「……。案外、プログラムってのも、いいセンいってんのかもな。こんなんじゃ、いっそ綺麗さっぱりなくなっちまった方が……」

「嫌だ!」

 夕季の声に二人が視線を向けた。

「そんなの、いや……」

 夕季の体が打ち震えていた。行き場のない怒りを拳に宿し、唇を噛みしめながら冷たい床をじっと睨み続けていた。

「俺も嫌です!」

 消え入りそうな夕季の声を、光輔が追いかける。

「そんなの嫌です。そんなの……」

 その顔をまじまじと眺め、桔平が面倒くさそうに受け答えた。

「……ばーか、冗談に決まってんだろ。俺だってゴメンだ。それにな、世界中がどうしようもねえボンクラばかりだとしても、俺のテリトリーの中にいる奴らだけは、あんなモンの好きにはさせねえ」

 光輔が口ごもり、バツが悪そうに顔をそむけた。

「どうでもいい命なんて一つもない……」

 ぼそりと告げた夕季の一言に、再び二人が注目する。

「どんな命だって、何かに求められて生まれてくる。そう、陵太郎さんが言ってた」

「野郎、また青くせえことを……」

「今なら、そんなふうに思える……」

「……。少なくとも、おまえらにはそれを口にする権利がある。俺にはまだないが……」桔平が腕組し嘆息する。窓の外を眺めながら、先につないだ。「……あいつにもな」





 読んでいただきまして、ありがとうございます。難しいです。ころころ変わるのは勘弁して下さい。

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