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第六話 『抱擁』 1. 雨



 雨はますます激しさを増していた。

 夜のとばりが落ち、時おり光る雷が夕季の顔に不安な影を落とす。

 明かりの消えた待合室で夕季は背もたれのないソファに腰かけ、うなだれていた。頭に包帯を巻き、表情もなく、満身創痍の体は起きているのがやっとなほどだった。

 その隣で眉間にしわを寄せ、桔平が腕組みをしていた。足音に気づき顔を向ける。

 光輔だった。

 息を切らせ、桔平にたずねる。

「桔平さん。しぃ……、忍さん、どうなんですか?」

 その声に反応したのは夕季だった。

 ギリッと歯を食いしばり、目を剥いて光輔を睨みつける。

 立ち上がるやいなや、夕季は光輔の頬を力任せに平手で殴りつけた。

 突然の出来事に言葉も出ない光輔。

 桔平も同様だった。

 夕季の体は怒りに打ち震えていた。血走った目で光輔を激しく睨み続ける。

「何でもっと早く来なかった。海竜王に乗れること、何で黙ってた!」

 涙目のまま、その憎悪だけを真っ向から叩きつけていく。

「おまえがもっと早くそのことをみんなに打ち明けていたら、こんなことにはならなかった! おまえのせいだ! 全部、おまえのせいだ!」

 収まらない怒りは続けて光輔に襲いかかってきた。

 先と同じ箇所に夕季の平手がヒットする。力は先の半分程度だった。三発目はバランスを崩し、先端だけがかすめていく。四発目で空振りし、足がもつれて崩れ落ちた。

「夕季……」

「触るな!」

 手をさしのべようとした光輔を振り払う夕季。顔を上げることもできずに、ぜえぜえとあえぎ続けた。すでに体力の限界だった。

「何でもっと早く来てくれなかった。もっと早く来てくれたら、お姉ちゃん、こんな目にあわなくてもすんだかもしれないのに……」

 声に張りはない。それでも怒りは持続していた。

 夕季に責めたてられ、責任を感じ、うなだれる光輔。苦しそうな声を絞り出した。

「……ごめん」

「そうじゃない」

 二人のやりとりを静観していた桔平が、ようやく横入りしてくる。

「光輔は悪くない。何度も出て行こうとしたのを、俺が無理やり止めたんだ」

「桔平さん……」

 複雑そうな表情で桔平に目をやる光輔。

 桔平は夕季を見下ろし、静かに告げた。

「海竜王を覚醒させた人間を見つけ次第殺せ。そんな信じられない命令が俺達の内部の一部に出ている。今回の件で、またことは表面化するだろう。真実が露呈すれば光輔は即座に殺される。それを承知でこいつは飛び出して行ったんだ。一人で苦しんでいるおまえを放っておけずにな」

 はっとなる夕季。苦しそうに顔をゆがめた。

「……あたしのせいだ。あたしが勝手なことをしたから……。あたしがお姉ちゃんをこんな目にあわせてしまった。全部、あたしのせいだ……」

「おまえのせいじゃない。おまえは自分がやれることを精一杯やった。おまえがやらなければもっと多くの命が失われていただろう。忍もだ。誰も悪くない。ただそれが及ばなかっただけだ」

 夕季が落ち着きを取り戻す。力なく、かすれた声を押し出した。

「光輔、ごめん……」

 光輔が切なそうに目を細めた。

「いいよ。本当のことだから。俺にもっと勇気があれば、しぃちゃんを助けられたかもしれないのに」

「違う……」

「違わない。俺、また大切な人を見殺しにしてしまうところだった」

「光輔……」

 二人を眺め、桔平が嘆息する。

「夕季」

 桔平に呼ばれ、夕季がゆっくり顔を向けた。表情もなく、桔平が見下ろしていた。

「おまえ、ちょっと横になってろ」

「……でも」

「でもじゃねえ。ボロボロじゃねえか、おまえ。こんなんじゃ、おまえの方が先に……、どうにかなっちまうぞ」

「……」

「何かあったら俺が起こしてやる」

 夕季が悔しそうに唇を噛みしめた。


 待合室で桔平と光輔が向かい合って座る。ともに表情はなかった。

 昨日の避難命令で病院の中はからっぽだった。いるのは光輔らと、忍の手術のために臨時で集まった人間達だけである。

 夕季は疲れ果て、ソファで横になり眠ってしまっていた。もともと細面の顔立ちが、極度の疲労からかなりやつれて見えた。

 忍の手術が始まってからすでに三時間が経過していた。時計の針は午後十時四十分をさしている。

 アスモデウスは海へ逃げたものの、またいつ攻撃してくるのか皆目見当もつかなかった。

「記憶が戻ったのか?」

 桔平の問いかけに光輔が頷く。

「はい」

「そうか……」気の毒そうに眉を寄せる桔平。「記憶を飛ばしちまうくらいだ。相当ショックだったんだろうな」

「ええ」

「だが、いつまでもごまかせるようなことじゃない。むしろそれでよかったと考えろ」

「わかってます……」

 淋しそうに顔を伏せる光輔。過去のことを思い返しているようだった。

 その頭を整理させるように桔平が補足する。

「おまえがどこまで思い出したのか知らないがな。俺が調べた記録ではこうなっていた。六年前、おまえがまだ十か九つくらいのことだ。海竜王の第一オビディエンサー最有力と思われた、穂村ひかる、おまえの姉さんのことだな。その弟であるおまえの感応数値を調べてみたら、驚くほど異常な値が出たらしい。で、多くの反対意見を押し切って、感応研究部の一人が嫌がるおまえを無理やり海竜王に乗せた。その時、事故が起こったらしいな」

「……」

「突然海竜王が暴れ出し、一瞬のうちにメガルは壊滅寸前まで追い込まれた……」

 光輔の頭の中を多くの想いがかけめぐっていた。




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