第五話 『届かぬ想い』 8. 踏み出した一歩
忍はパームバズーカをかまえ、アスモデウスに狙いを定めていた。
一撃目は足もと、二撃目でかろうじて背中に当たった。
しかしまるで手ごたえがない。
プラズマ砲弾を使用し、用途に応じてランチャーだけでなく小型のキャノン砲の役割も果たす、エネミー・スイーパー御自慢の特殊兵器も、未知なる怪物の前では頼りない限りだった。
必ず急所はある。
空竜王の攻撃を受け、一度ならずアスモデウスは苦しみもがいているからだ。
空竜王が傷を負わせた箇所を集中して攻撃すれば、突破口は開けるはずだった。
今はまだ間合いが遠い。
何より空竜王からアスモデウスを引き離すことが先決だった。
「!」
無線の呼び出しがかかる。
一瞬躊躇し、忍はそれを手に取った。
「……はい」
『古閑、何をしている!』
木場だった。
「勝手なことをするな! ただちにその場所から離れろ!」
『……』
「古閑! 返事をしろ!」
『……木場隊長』落ち着き払った忍の口調。そこに迷いは感じられなかった。『命令違反を犯し、申し訳ありません。先日の誓いを破った件と合わせて、深く謝罪いたします』
「悪いと思うのならば、早くこちらへ合流しろ!」
『それはできません』
「何!」
『現時刻をもって、私はエネミー・スイーパーから脱退致します』
「古閑……」
『恩を仇で返す形になってしまい、大変申し訳なく思っています』
木場が無線機を握りしめる。
「待て、古閑!」
『……お元気で』
「……」両目をかっと見開く木場。無線機を握り潰さんばかりに力を込めた。「待て、忍!」
忍からの応答はなかった。無線の電源を落としたことに気づく。
木場が土砂降りを仰ぎ見る。怒りをぶつけるように黒い空を睨みつけた。
アスモデウスが周囲を見回した。
自分を攻撃した敵を探しているのだ。
素早い身のこなしで忍が建物の陰に隠れる。
通りの向こうからアスモデウスが顔を出した。
パームバズーカをかまえ照準を合わせる忍。
トリガーにかかる指先に迷いがあった。
この位置からなら当てることは可能だった。だが相手を脅かす距離ではない。
切り落とされた竜の首跡を攻撃するためには、壁のような左手の盾をかいくぐる必要があった。
眉を寄せる忍。
迷いを払拭するように指先に力を込めた。
低い弾道を描き、プラズマ砲弾がアスモデウスの右肩に炸裂する。
それを微塵にも感じず、アスモデウスが振り返った。
右側にある牛の首が、忍のいた方角をなめるように見まわしていた。
再度建物の陰に隠れ、難を逃れる忍。
このままでは近づくことすら困難だった。
「!」
アスモデウスの後方でゆらめき立つ人影を確認する忍。
空竜王だった。
もはや戦える状態ではない。
ただ最後まで立ち続けようと、それだけを望んでいるように忍には見えた。
アスモデウスが空竜王を視界にとらえる。
雨の中、今にも消え入りそうな、それでも気高く輝く一対の青い光に、咆哮を投げつけた。
「夕季……」
キッと口もとを結び、物陰から飛び出す忍。
全速力でアスモデウスに駆け寄って行く。
その表情に悲痛な決意を刻みつけて。
近距離でプラズマ砲弾の直撃を受け、アスモデウスが振り返った。
振り向きざま、忍の放った次弾がアスモデウスの仮面にヒットする。
のけぞるアスモデウス。
朦朧とする意識の中、夕季はその姿を確認した。
アスモデウスの目と鼻の先で、正面から向かい合う忍の姿を。
「お姉ちゃん……」声にならない声。瞼がひとりでに下がり始めた。
忍はアスモデウスを睨みつけていた。わずかに退く様子もみせずに。
それどころかもう一歩前に踏み出して行く。
心の中でその決意を刻みつけていた。
『届かないのなら近づけばいい。諦めずにもう一歩踏み出して近寄ればいい。何故こんな簡単なことに気づかなかった。私はもっと早く、そうすべきだったのに』
幼い夕季の泣き顔が脳裏に浮かんだ。
ふいに穏やかな表情になる忍。
「ごめんね、夕季……」
そう呟き、トリガーにかけた指先に力を込める。
アスモデウスが忍を確認するように、ぬうっと顔を近づけてきた。
『あなたは私が守るからね』
至近距離から放たれたプラズマ砲弾が、アスモデウスの股間の傷跡に直撃し、肉壁を抉り飛ばす。
爆風と振り下ろされた旗による突風にあおられ、迷彩服が宙を舞った。
束縛から解放され、長い黒髪がふわりと広がる。
まるで風の中を自由に泳ぐようでもあった。
『夕季……』
静かに目を閉じ、忍は満足げに笑った。
街中を、触れるものすべてを、震撼せしめる異体の叫び。
それが夕季の意識を揺り起こした。
「お姉ちゃん!」
体勢を立て直し、アスモデウスは地に横たわる忍に襲いかかろうとしていた。
「ああああああああーっ!」
血も吐かんばかりの夕季の絶叫。
怒りに打ち震えるも、すでに精神力を使い果たし、空竜王を動かすことすらかなわなかった。
ギシャアアアアーン!
黒きとばりをも切り裂く咆哮とともに、アスモデウスが絶望の槍を振りかざす。
切先が傷ついた肢体を叩き潰そうと加速していく。
が、数瞬の猶予を残し、その確定は阻まれることとなった。
ガギン、という打撃音が湿った空間に響き渡る。
寸前で凶悪なる処断を受け止めたのは、長く鋭い銀の爪だった。
猛烈に叩きつけられる洪水の闇間、鈍い輝きを放つ黒い腕の下から、一対の妖しげな光がのぞく。
「海竜王です!」
その報告を受け、凪野守人は思わず席から立ち上がった。
取り組みコンセプトは『○○○○ メガリューオー!』という原題の、ややシリアス系ラブコメでした。当然、主人公はハーレム状態です。ハードな展開に方向転換してしまったのは、そんなモテモテの主人公が許せなかったからかもしれません。結果、自分の首を締めているわけですが(自爆)。名残はタイトルの一部と、悪ふざけだけです。気に触ったらすみませんが、どうかご容赦願います……