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第一話 『海より来たる禍』 3. 海より来たる禍

 


 それは巨大な人型のロボットだった。

 全長約六メートル、総重量三トン弱。中世ヨーロッパの鎧騎士を思わせる風貌で、エプロンを地響きを立てながら歩き始める。

 三体のロボットを眺めながら、柊桔平はいぶかしげに眉を寄せた。カーキ色の戦闘服を身にまとい、肩からサブマシンガンを吊り下げていた。

「ついに出動ですね」

 部下の声に桔平が顔を向ける。

「しかし、何故今まで彼らには何も知らされていなかったのでしょうか」

「さあな……」表情も変えずにタバコの煙を吐き出す。「司令官にでも聞いてみろよ」

「俺らじゃ相手にもしてもらえませんよ」

「……。俺も同じだっての」

「エスはどうしたんですかね」

「メガルの警護を優先させるってよ。バケモノ退治は俺達だけにやらせるつもりだ」

 振り返り、メガル司令部がある辺りを桔平は見上げた。

「バケモノ、か……」


 光輔と雅は人気のなくなった街中を駆け抜けていた。

 いつもなら多くの若者達でにぎわう通りも、行列ができる洋菓子屋も、まるで映画のセットのように人の匂いが感じられない。駅も、コンビニも、学校も、アミューズメントも、工事現場も、すべてが放棄された状態だった。

 街中いたる場所で車が乗り捨てられ、煩雑な雑多音がなければこれほど静かなのかと驚かされる。

 バスや鉄道など、すでにあらゆる交通網が停止していた。

「雅」光輔の額に浮き上がる汗は疲労や暑さとは別の類のものだった。「なんなんだよ、あれ。人の形してたぞ」

「プログラムが発動したみたい」

 光輔の問いかけに顔も向けずに雅が答える。呼吸はせわしかったが浮き足立つ光輔とは対照的に、雅は冷静にそれを受け止めていた。

「プログラム……。なんだよ、それ?」

「詳しくはわからない。でも地球を汚染しすぎた人類を排除するためにつくられたものらしいの」

「……。誰が?」

「ずっと昔の人。人間かどうかもわからない。光ちゃんは知らないだろうけれど、一年前にも同じようなことがあったの」雅の表情が曇る。「その時メガルは、壊滅するところだった」

「……」

「でも腑に落ちないことがある。プログラムが発動する時には、ガイア・カウンターって呼ばれるセンサーみたいなものが反応するから前もってわかるはずなのに、私達には知らされていなかった。メガルを守るために働いている人達ですら知らないみたい。今回も、前回も……」

「!」

 耳をつんざくような砲撃音に二人が立ち止まる。

 そこいら中から機銃の音が鳴り響いていた。

「始まった……」

「普通の装備じゃ通用しないよ。あれには」

「……」

「急ごう、光ちゃん。早く学校まで行かなくちゃ」

「学校って。そんなところに逃げたって……」

「大丈夫。私達の高校、そのためにつくられたの。財団の要請でね」

「え……」

「ぎゃああああー!」

 悲鳴に身をすくませる光輔と雅。二人からかなり近い場所のようだった。

「ここも危ない……」

「逃げるぞ、雅」

 光輔が雅の手をしっかりと握りしめる。覚悟を決めた表情だった。

 黙って頷く雅。

 その時、視界の隅をロケット弾がかすめ飛んでいくのを確認し、雅が光輔を突き飛ばした。

「光ちゃん、危ない!」

 制服のプリーツが波のように揺れる。

「雅ーっ!」

 すさまじい爆発音と衝撃。

 光輔がおそるおそる目を開けると、粉塵にまみれた雅の体が覆い被さっていた。痙攣するようにその全身が震えている。

「雅、大丈夫か!」

 光輔が雅の肩をつかんでゆさぶる。

 すると苦痛に顔をゆがめながら雅が目を開いた。

「……光ちゃん。ケガなかった?」

「ああ」

「そう、よかった……」

 ぐらりとする雅。瞳が裏返り、頭から後ろへ倒れ込むのを光輔が支えた。

「雅、雅、しっかりしろ! 雅!」


 陵太郎はコクピットの中にいた。

 海竜王と呼ばれる人型のロボットの内部の。

 ライダースーツのような戦闘服を着込み、ゴーグルとヘッドホン型無線機を装着する。

 陵太郎が操縦桿を握り、ゆっくりと海竜王が歩行を開始した。

 女性オペレーターからの通信を受け入れる。

『あと距離約千でエネミーと遭遇します。自衛隊はほぼ壊滅状態。残った部隊も撤退を始めています。コイルガンの準備を』

「コイルガンは駄目だ。磁気が漏れて使い物にならない」

『そんなはずは。ガンには五重ものシーリングが施されているのに』

「だが実際そうなんだから仕方がない。先週テストした時は良好だったのに変だけどな」わずかにも取り乱した様子はない。「多弾倉マシンガンに装備を変更するよ」

『了解しました。健闘を祈ります』

「了解、波野さん」無線のチャンネルを切り替える。「これより戦闘領域に入る。バックアップよろしく」

『了解だ、任せろ!』それからその声はおもしろそうに笑いながらつないだ。『ションベンちびんじゃねえぞ、陵太郎』

 するとそれまで張りつめていた陵太郎の表情がふっと和む。振り返ると、遠くに桔平の意地悪そうな笑顔が見えた。

 ゴーグルは頭部のメインカメラと連動し、直接陵太郎の目で見るような視界が得られるようになっていた。

「勘弁してくださいよ、桔平さん。俺今日からガッコの先生すよ」

『そうだったな。まったくなんて日に発動しやがんだろうな』

「仕方ないですよ。奴らにこっちの事情わかれって方が無理ですからね」

『よりにもよって、今度は基地の反対側とはな』

「メガルだけが目的じゃないみたいですね、奴ら」

『ああ。それにおかしいことだらけだ。おまえら三竜王のオビィに一切連絡が取れてなかったことや、まだ動かすのがやっとの竜王に突然出撃命令を出したりとかな。今日の今日、発動したってのも疑わしいわけだが、何か別の思惑が存在しているとしか思えん』

「疑い出したらきりがありませんよ。今は信じられるものだけをしっかり信じていきましょう」

『ま、んなこたあ、わかりきってることだがな』

「はは」

 桔平の話に相づちをうちながら、陵太郎が真顔になる。

「とにかくだ」せわしく動き回る部下達を横目で見ながら、桔平はタバコに火を点けた。「あんまり無茶はするな。ヤバそうなところは俺達メックに任せておけ」

『でも、この時のために俺達は財団に……』

「バカ野郎。そんなずんぐりむっくりに飛んだり跳ねたりできるわきゃねーだろが。これがいい機会だ。凪野のオッサンにわからせてやるよ」

『……』

「はなからおまえらのことなんて、あてにしてねえからな。おまえらは自分が生きて帰ることだけを考えてりゃいいんだ。あとは俺らの足手まといにならないようにおとなしくしてろ」

『相変わらず口が悪いすね、桔平さんは。だから夕季に嫌われるんすよ』

「うるっせえ、突然痛いとこつくんじゃねえ。別に嫌われてるわけじゃない。好かれてないだけだ」

『同じでしょ。いくらちょっかいかけても、あいつは簡単にはなつきませんよ』

「やかましい、クソガキ!」

 桔平が無線機に向かって怒鳴りつける。周囲にいた部下達が反応した。

「ははっ」海竜王の中でおもしろそうに陵太郎が笑う。

『陵太郎』桔平が声のトーンを変えた。『冗談抜きだ。この戦いは俺達の戦いじゃない。無駄死にだけはするな』

 その真意をくみ取り、陵太郎も真摯な態度で受け答えた。

「わかってますよ、それくらい。俺だってまだまだやりたいことが山ほどありますからね」

『初任給でみっちゃんに服買ってやるんだろ?』

「あれ、なんで知ってるんすか。まあ、詳しくは買わされるって方が正確なんですがね」

『喜んでたぞ、みっちゃん。なんだか、もう一人家族が増えるとかも言ってたな』

「……そんなことまで話したのか、あのおしゃべりは」

『頼りにされてんだ、おまえは。俺から見たらまだまだウンコタレだがな』

「鼻タレ、でしょ?」

『同じだ、同じ』

「ははっ、かなわないな、桔平さんには」

『あんないい娘、泣かせるような真似するな』

「わかってますって。あんなのでも可愛い妹ですからね」

『終わったら飲みに行くぞ』

「今日は駄目です」

『何!』

「その例の新しい家族が来るんすよ。俺の弟が」

『……。なら仕方がないな』

 陵太郎が嬉しそうに笑った。

『今度オゴれ!』

「ええ、初任給でね」

 ははっと笑いながら桔平が無線を切った。

 陵太郎が大きく息を吐き出し、表情を整えた。その両眼は、まだ見えざる敵を見据えているようだった。

 携帯電話の着信に気づき目をやる。雅との連絡を取るためにこっそり隠し持っていたそこには、見覚えのない番号が表示されていた。

 何かを予感しながら手に取る陵太郎。

『りょうちゃん!』

 光輔からだった。

「どうした、光輔」

『雅が、雅が!……』




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