第五話 『届かぬ想い』 6. 覚悟
波野しぶきは最悪の事態を回避すべく、何度も夕季に呼びかけていた。
「何をしているの、夕季。ただちにメガルに帰投しなさい」
返事はない。
「夕季、答えなさい! 夕季!」
その時、初めて夕季が応答した。
『……やってやる』
ぼそりと告げたその意味を、瞬時に理解できた者は一人もいなかった。
『刺し違えてでも、こいつを倒してみせる』
途端に広大な司令部全体がざわめき始める。
すぐにしぶきが口もとを引きしめた。
「馬鹿な真似はやめなさい、夕季!」
懸命にしぶきが叫び続ける。
それに答える夕季の口調は、先のものと変わらなかった。
『悔しいけど、こいつには勝てそうにない。だから……』
「夕季……」
そこにいた全員が夕季の声に耳を傾けていた。
司令部だけでなく、メックもエスも。
「夕季……」光輔が拳を握りしめる。
メックの待機室では桔平が無線を傍受し、様子をうかがっていた。
空竜王目がけて、アスモデウスが突進する。
かろうじて空中に逃げる夕季。
「こいつさえいなくなればプログラムは消滅する。それでいい」
「何を馬鹿な……」鳳が声を震わせる。木場から無線機を奪い取り、回線に割り込んだ。「夕季、聞こえるか、返事をしろ、夕季!」
鳳の声に気づく夕季。
「鳳、さん……」
『バカヤロウ! 鳳さんじゃねえ! くだらないこと言ってると本気でしばき倒すぞ!』
その心情に触れ、高空で滞空状態を持続しながら、安堵したように緊張を解く。
「夕季! 考え直せ!」立ちつくす木場や忍を置き去りにし、鳳がのどから血も吐かんばかりに叫び続けた。「誰もそんなことを望んじゃいない! おまえ一人犠牲になったって、何の意味もないんだぞ!」
『……鳳さん』
静かな夕季の声。覇気がないわけではなく、間近に迫った己の死をしっかりと受け止めていた。
『意味ならあるよ。そのためにあたしは、みんなに守られてきたから……』
「おまえ……」
『あたしなんかを信じてくれてありがとう。メックのみんなにもありがとうって言って、……おいてくれると嬉しい』
駒田達が歯を食いしばる。
忍はただ困惑したように、ことの成り行きを見守っていた。
その呼びかけに心を揺り起こされるまでは。
『後でいいから、お姉ちゃんにも伝えてほしい。今まで迷惑かけてごめんって』
「!」
『悲しむ必要なんてないから……』
くわと目を見開き、忍が鳳から無線機を奪い取った。
「夕季、やめて、夕季!」
『……お姉ちゃん』
「もういいから。そんなことしなくて、いいから……」
『……』
しばしの沈黙。
それから夕季は、素直な気持ちを並べ立てていった。
『自分でもわかってた。勝手にコンプレックスを感じて、一人でお姉ちゃんと張り合おうとしてたこと。本当はただ誉めてほしかっただけなのに。なんでこんなふうになっちゃったんだろ。……ごめんね』
「夕季……」
忍の心を阻んでいた壁が崩壊していく。不安そうに空を見上げた。
『こんなことくらいしか、思いつかなかった。他に何もできないから。でも、誰もあたしのことなんて……』
「……必要なの」
『!』
「あなたが必要なの。あなたがいなくなったら、私は……」
込み上げる想いが忍から言葉を奪う。
口もとを真っ直ぐに結び、鳳が忍から無線機を奪い取った。
「俺もだ! 俺もおまえが必要だ。仲間であり、娘でもあるおまえが。俺だけじゃない。駒田だって、南沢だって、他の奴らだってみんなそうだ」
鳳の背後で駒田と南沢が静かに頷く。他の隊員達も同様だった。
木場が少しだけ表情を崩しかける。ぐっと奥歯を噛みしめ、自らに喝を入れた。
「みんながおまえのことを必要としている。本気でおまえのことを心配している。生意気で意地っ張りで、どうしようもないおまえのことをだ。おまえが俺達のことをどう思っているのか、もう一度胸に手を当てて考えてみろ。それと同じだ。おまえがいなくなって、俺達や忍がどれだけつらい想いをするのか、もっとよく考えてみろ、このバカヤロウが!」
『……そんな言い方しなくてもいいのに。だから娘さんに煙たがられるんだよ』
「バカ、ヤロウ……」
空竜王のコクピットの中、夕季が満たされたように笑う。
ようやく本当に望んでいたものを手に入れたのだ。
「あっという間だったけど、こういうのも悪くない」
『何を……』
はるか眼下に標的を見据え、空竜王がその場で縦軸を中心にロールする。
わずかにも軸をぶらすことなく、ビシッ、ビシッと空気を切り裂き、己の精神力を高めているふうでもあった。
「やっとわかった。大切なことが。守りたいものも。だから……」
いくつもの顔が浮かんでは消えていく。
鳳の顔。
駒田の顔。
南沢の顔。
他のメック隊員達の顔。
桔平の顔。
光輔の顔。
雅の顔。
そして、忍の優しい笑顔。
「あんな奴には一つだって渡さない!」
肩口のインテーク状の窪みから空気を強制的に取り込み、脇や足首、展開した翼の無数の末端部から高圧縮させ噴出させる。
前傾姿勢で急降下を開始し、高速回転するドリルのようなきりもみを従え、夕季がアスモデウスに挑みかかって行った。
ここぞという時のBGMには、『魂のルフラン』を使用しています。例のアレの主題歌ですが、本編よりも本編をハードにイメージできる、稀有な曲だと思っています。だから何だと言われそうですが、脳内で気持ちよく盛り上がるためには、BGMは不可欠だったりもしまして……。他にも恥ずかしくて書けないようなBGMも多数あります。
いろいろな恥ずかしい嗜好の力を借りて、少しでも恥ずかしくないものを作れればいいかな、と自分を納得させています。どうもありがとうございました。