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第五話 『届かぬ想い』 5. 守るべきもの



 沿岸地域を炎で焼きつくし、アスモデウスが前進する。

 そのかたわらに転がるのは、ほんの数分ほど前まで戦車や装甲車であった残骸の山だった。

「行くぞ」

 静かに鳳が告げる。

 隊員達が頷いた。

「!」

 風を切り裂く羽音に振り返る隊員達。

 頭上に影を落とすその姿を鳳は目で追った。

 影の主は白い翼を広げ、疾風のように鳳達を追い抜いて行った。

「夕季……」

 アスモデウスの前に立ちはだかるように空竜王が舞い降りた。

 青く光り輝く両眼。

 土砂降りの中、全身が雨に濡れいっそう妖しくゆらめく。オリハルコン独特の色合いだった。

 翼を収め、隆起部分からブレードを飛び出させる。

 両手を傘のように広げ、一瞬でアスモデウスとの間合いを詰めるや、縦軸を中心に回転しながら切りかかった。

 大地を揺るがすアスモデウスの咆哮。

 空竜王の切先は、すべて左手の槍に阻まれていった。

 後方回転しながら空竜王が宙をかける。

 体を返し、頭部を地に向けた姿勢で、空にとどまったままブレードをなぎ払った。

 真空の刃はアスモデウスの硬い外殻に、傷すらつけずに弾かれる。

 大地に降り立ち、天高く指先を差し上げる空竜王。巻き起こる竜巻を振り下ろし、アスモデウスに叩きつけた。

 しかし、それはアスモデウスに到達する前に、竜の口から吐き出された熱風によって吹き飛ばされてしまった。

「夕季、応答しなさい!」

 司令部から波野しぶきが何度も呼びかける。

 夕季からの返答はなかった。

「マスターキーの管理はどうなっているんだ!」

「今の古閑夕季にマスターキーは必要ありません」ぶすりと突き刺し、火刈が凪野の顔色をうかがい見る。「博士もご存知のはずでは?」 

 遺憾そうに目を細め、凪野がぼそりと告げた。

「エスに指令を伝えてくれ。空竜王の回収を優先させろ」

 嫌悪感を隠さずに凪野に向き直る火刈。

「オビディエンサーはいくらでもいるが、空竜王の代わりはありませんからな」

 凪野がじろりと火刈を睨む。

 それすらものともせず、火刈は口もとをにやりとさせた。

「これより、古閑夕季の行動をメガルに対する背反行為とみなし、速やかにその排除にあたります……」


「よしわかった」

 本部からの指令を受け、木場が重々しく頷く。心配そうに様子をうかがう忍に顔を向けた。

「隊長……」

「古閑夕季に対する排除命令が出た。奴は、たった今メガルに害を及ぼす危険な存在として認定された」

 忍が眉を寄せた。

 激しく打ちつける雨がその表情を隠す。

 木場の目には、それが忍の涙のように映っていた。

「おまえは下がっていろ。俺と尾藤で指揮をとる」

 忍が物憂げに振り返る。

 彼方の街では、雨でも消えない猛火の中、反逆者が己の命を削り、怪物に立ち向かっていた。

「何だ、貴様ら!」

 仲間の声に呼び戻される忍の意識。

 エネミー・スイーパーの行く手を阻むように、メック・トルーパー達が道をふさいでいた。

「何の真似だ、鳳!」

 ありったけの凄みを込めて木場が咆える。

 しかし、腹を決めたメック隊員達は、誰一人としてその恫喝には屈しなかった。

「ここから先へは行かせん」

「何!」

「俺達にはあいつの戦いを見届ける義務がある。おまえらにもな」

「そんな必要はない!」鳳の襟ぐりをつかみ、木場が吐き捨てる。「古閑夕季はメガルに害をもたらす危険因子と認定された。我々は速やかにそれを排除しなければならない!」

「おまえらの敵は何だ」

「!」

「逃げることしかできない人達を追いつめ、街を焼きつくすあのバケモノか。それとも、自分の死を覚悟して、俺達の代わりに戦っている、今にも折れそうな女の子か?」

 鳳の言葉が忍の心に突き刺さる。

「そんなたわごとが通用するとでも思うのか! 貴様らのしていることはメガルに対する立派な背反行為だ。このままなら我々は貴様らも粛清せねばならんぞ!」

「やれるものならやってみろ」

 まるで見透かすように鳳が忍の方を見やった。

「俺達が守らなくて、誰があいつを守ってやれる……」


 メック待機所のディスプレイに映し出された光景を、光輔と桔平は固唾を飲んで見守っていた。

 物音に気がつき格納庫へ向かうと、すでに空竜王は飛び立った後だった。

 撮影班が配信する映像の中では、空竜王がアスモデウスに蹂躙され続けていた。

 まるきり歯が立たず、敗北は必至だった。

「夕季……」

 拳に力を込める光輔。

 それをちらりと見て、桔平が押し殺した声で言った。

「馬鹿なことは考えるな」

 キッとなって振り返る光輔。

「行けばおまえの命が危ない。それに……」眉を寄せた。「行ったところで、どうこうできる相手じゃない」

「でも、このまま放っておけって言うんですか? 夕季を見殺しにしろって」

「誰に強制されたわけでもないだろう」

「……」

「これが、あいつが望んだ選択なんだ……」


 アスモデウスに吹き飛ばされる空竜王。

 コクピットの中で夕季は苦痛に顔をゆがめた。

 息を荒げ、何度も唾を飲み込む。

 めまいがし、視界がぼんやりかすみ始めた。

「がああっ!」

 自ら計器パネルに額を打ちつける。

 バチン、と鈍い音がして、夕季の額が割れた。

 激痛が飛び始めた意識を再び呼び覚ます。強く輝く両眼のはざまを、鮮血が赤い筋となって流れ落ちていった。

「おまえなんかに! おまえなんかに……」

 忍の笑顔が脳裏をかすめる。

 それは、泣きわめく幼い夕季を慰めるように、優しくあたたかく見守ってくれていた。

「奪われてたまるか!」




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