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第五話 『届かぬ想い』 2. 次の人物



 大会議室に百名を超すメガルの幹部連が集結していた。

 正面スクリーンには撮影班が持ち帰ったアスモデウスの映像が映し出されており、その圧倒的な存在にそこにいた全員が言葉を失う。

 空竜王が仮面の眉間に剣を突き立て、アスモデウスが後退する場面で映像は途絶えた。

 照明がともり、重苦しい雰囲気の中、進行係が補足説明を加えた。

「ご覧のように、今回は単に対象の撃退に成功したにすぎません。カウンターも反応を続けています」

 一人が挙手する。

「ではまた奴は現れるというのだな」

「おそらくは、かなり高い確率で」眼鏡をかけた、冷徹そうな進行係が頷く。「これまでと異なり、カウンターがリセットされておりませんので、明確なダウン表示は確認できませんが」

「つまりは、個別プログラムはいまだ継続中ということか?」

「はい」

「何か目安のようなものはないのか?」火刈聖宜だった。「いつ現れるのか見当がつかなければ、常時臨戦体制をしかねばならん」

「それについては考察のしようもありません。あれが獣のたぐいならば、傷が癒えた頃とでも定義できるのですが」

「機械ならば修理がすんだ頃合いと言えるな」

「はい」熱いまなざしを火刈に向ける。「対象の攻撃自体は極めて単調なものですが、その一つ一つの威力は、人類にとって脅威であるとしか言いようがありません」

「仕方あるまい。我々の考えの到底及ばない次元の怪物だ。人外のテクノロジーで作られた、未知なる生物兵器と言ってもいいだろう。インプ一つとってもどんな構造で動き、どんなメカニズムで湧き出るのか想像もつかない。あれを傷と見なすのなら、すでに回復しており、奴の気まぐれで我々は生かされていると考えた方がいいな」

 火刈の意見に頷く幹部連。彼らはみな、火刈のイエスマン達だった。

「凪野博士」火刈が凪野守人に振り返る。「次の空竜王のオビディエンサーの件ですが」

 凪野がじろりと火刈を見やる。眼鏡をはずし、その鋭い眼光をぶつけた。

 蛇のようなまなざしでそれを真っ向から受け止める火刈。

「当人に話は伝えたのですが、まだ色よい返事がきておりません。古閑夕季の搭乗権剥奪は早急すぎたのかも知れませんな」

「剥奪ではない。一時的に権利を返上させただけだ」

「同じことでしょう」にやりと笑った。「もう一度、穂村光輔を呼び出してはいかがでしょう」

 凪野は何も言うことなく、ただ火刈の顔を睨みつけていた。


「光ちゃん、どうしたの?」

 買い出しからの帰り道、考え込んでいた穂村光輔の心を樹神雅が呼び戻す。

 一時的に警戒状態が解除され、改めて避難勧告が出されるまで、市民達はみな自宅待機をするよう市から要請が出ていた。

 光輔の顔を覗き込む雅。その表情は常に穏やかだった。

「最近よくぼーっとしてるね」

 街は慌しく動き続け、その雑多な喧騒の中、雅の笑顔だけが浮き上がって見えた。

「……。ああ、今ちょっと悩んでてさ」

「何を?」

「茂樹から借りたギャルゲーの突破口が見つからなくて。あいつに聞くのも何かシャクだし。あいつ、全員にコクられたって大声で自慢して、女子にドン引きされたらしい……」

「嘘だ」

「……」

「光ちゃんあたしに何か隠してる」

 雅が背中を向ける。

 図星だった。

 メガルからの呼び出しがまたあった。ついさっき、光輔のもとを訪れたメガルの使いの者が、直接そう告げたのだ。

 雅には何一つ打ち明けられずにいた。

 先回は桔平の助言に従い、かたくなに心を閉ざし、海竜王を拒否し続けることで難を逃れることができた。

 もしやそれが露呈してしまったのだろうか、と心配になった。

「……あの、俺さ……」

「それを言うと、あたしがまた困ると思ってる。だから言わないんだよね」

「……」

 すべて言い当てられ、光輔はどうすべきかわからなくなった。

 雅の口調は変わらない。だがその笑みを含んだ調子の中に、時おり涙の色がかいま見える。

 雅が振り返った。

 それはこれまでと同じ、眩いばかりの笑顔だった。

「気が向いたら教えてね。一人で悩んでちゃ駄目だよ。あたしじゃ頼りないのかもしれないけれど」

「そんなことないけどさ……」

 雅を気遣うように光輔が顔を伏せる。

 それに気づいて、雅がふっと笑った。

「あたしね、今のアパートから出ようと思ってるの」

「……何で」

「メガルでね、何かできることがあるんじゃないかなって」

「そんな、雅がそんなことする必要……」

「必要あるよ」光輔を真っ直ぐに見つめる。「お兄ちゃんがあたし達を守るために命までかけたところだもの。きっとそこに何かあるんだよ。あたし達じゃなければできないことが」

「……」

 穏やかな表情の雅。にっこりと光輔に笑いかけた。

「明日、夕季のお見舞い、一緒に行こうか」

「……ああ」

「光輔!」

 その声に二人が振り返る。

 霧崎礼也だった。

「礼也」

 礼也は陵太郎が死亡してからずっと姿を見せずにいた。桔平からも、陸竜王の搭乗権を剥奪されたと聞いていた。

「何で、まだおまえがこんなところにいる!」

 獣のように荒い呼吸。頬はこけ、イエローブラウンの髪も振り乱したままだったが、その両眼は異様な光を放ち続けていた。

「おまえは疫病神だ。いるだけでわざわいが起こる。おまえのせいで陵太郎さんまで死んだ。なのに何故、おまえだけがのうのうと生きている!」

「違う、礼也君」

「違うものか!」雅の声をかき消す。「こいつはいつも俺から大事なものを奪っていく。俺が大切にしていたものを横取りしていく。こいつがいるだけで、俺は……」

「だったらそれはあたしのことだよ」

 雅の声に振り返る礼也。

 雅は礼也を悲しげに見つめ、先の言葉につないだ。

「あたしのせいでお兄ちゃんは死んだ。疫病神はあたしだ。責められなければいけないのは光ちゃんじゃなくてあたしの方だよ。あたしが礼也君の大切なものを奪ってしまった……」

「やめろよ、雅」

 光輔が雅の肩に手をかける。涙ぐむ雅を優しくなだめるように言った。

「おまえのせいじゃないよ。仕方がなかったんだ」

「仕方ないですませるつもりか」

 礼也の声に顔を向ける光輔。

 落ち着きは取り戻していたが、その押し殺した様子がかえってすごみを感じさせた。

「俺はおまえを許さない」

 激しい憎悪を剥き出しにし、去り際に礼也が吐き捨てた。




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